将門記(二)
8、 おちん… いや、もういいんだ…
しゃらんらしゃらんらー きゅーてぃーちぇんじ!!
信濃の山中で、道範は何度も「女体変化」の術を試みた。
「魔法の美女・ぷりぷり道子でーす!! てへっ」
着物の前を、はだけてみる。
白いなだらかな腹部、キュッと締まったウエスト、
ピチピチした太もも… しかし、その間には…
プリッとしたオティンティーンが「こんにちわ」していた。
「憎い… オティンティンが憎い…」
どうして、完璧な女になれないのか?
いや、それよりも、いつから道範は「女になること」
に執着するようになったのか?
それは、「女体変化」の使い道を
思いついてからであった。
かつて警護していた、宮中の貴婦人たちの住まう御殿…
男子禁制のあの聖域に、女となって紛れこんでみたい…
こんなマンガやアニメのような発想を、すでに
平安時代にもっていた道範であった。
「憎んでも仕方ない。オティンティンを否定
することは、俺自身を否定すること」
道範は決意を固め、変身を解くと、都へと帰還した。
そして夜… 勝手知ったる宮中に忍びこむ。
警護の役人だっただけに、警備の薄い箇所、
身を隠すに最適の物陰など熟知している。
(よし、いくぞ…)
しゃらんらしゃらんらー しゃらららら−
きゅーてぃーちぇんじ!!
ぷりぷり道子に変身した道範は、用意した女もの
の装束に着替え、渡殿(わたどの=渡り廊下)を
ススス… と進んでいく。
「これ、そこのお前。こっちを向いてみなさい」
ビクッとして振り向く道子、そこには…
懐かしい高子が立っていた。
(あ…)
「お前… 道範?」
「え…」
氷のような高子の瞳に、フッっと温かさが宿る。
「そんなわけないか… 気にしなくともよい。道範と
いうのは、昔かわいがっていた警護の若武者で…
今は行方知れずになってしまったが…」
高子は道子の手を取ると、自分の御殿まで連れていく。
(ああ… 高子さまが、私の手を…)
「お前、気に入りました。少し、話し相手になっておくれ」
いつもいっしょにいた妙子が帝の女御となり、別の
御殿で暮らすようになったので、時々寂しくなるらしい。
(といっても、同じ敷地内にはいるのだが)
「道… いえ、えーと… おちん… 「おちん」と申します」
「おちん… かわいいけど、ちょっと身分の卑しい者のように
聞こえます。宮中では、「子」をつけて格調高く呼びましょう。
おちん子… 今日からお前は、おちん子ですよ」
(いやあああっ 高子さまの口から、そんなお言葉が…)
とつぜん、高子は道子の肩を優しく抱くと…
そっと唇を重ねてきた。
(えええええええっ 女同士なのに…
こんなことされたら、オティンティンが…)
このままでは、「オッタッタチンコミーレ!」になってしまう。
幸い、そうなる前に高子は顔を離し、いたずらっぽい目で
「ほんとうに… お前を見ていると、道範を
思い出してしまう… なぜだろう…」
「きょ、今日のところは、下がらせていただき
とうございます…><;」
「おちん子、明日もまた会っておくれ。
お前のことが… 好きになってしまったみたい」
その目には、親しみと優しさ、そして
寂しげな影と、愛情への渇きがあった。
無理もない… 最愛の恋人・業平が逝き、
夫である清和帝も、すでに亡く…
こうして道範は、「おちん子」となって、
高子のもとへ通うようになった。
碁の相手をしたり、物語を読んで聞かせたり、
髪のお手入れをしてあげたり…
そしてある日、
「お上のようすを見てきておくれ…
タエとうまくいってるかどうか」
と頼まれ、帝のおわす御殿へ潜入。
このころ、帝と摂政・基経の関係は悪化、
基経は職務をボイコットしていた。
その隙に帝は、「鳴神上人」と名乗る
怪しい道士を御所に引き入れ、
「世継ぎができる祈祷」を依頼する。
世継ぎの誕生を焦るあまり、帝は妙子の
他にも、数人の娘と関係を結んでいた。
そのため妙子はすねてしまい、
帝との間がギクシャクしてるらしい。
「とにかく頼むぞ、鳴神とやら…
世継ぎさえできれば、雲の絶間1人を
かわいがってやれるのだ…
あいつを悲しませるのは、本意ではない」
基経が次期天皇の候補を探し始めた
らしく、世継ぎさえ生まれれば、基経も
軽々しく天皇をすげかえることなどできまい…
まだ中学生くらいの歳だが、基経の操り
人形となることを拒み、ここまで考えて
子作りに励んでいる少年天皇であった。
このやりとりを立ち聞きした「おちん子」は、
早速、妙子が引きこもってる御殿へ。
「あんた、だれ?」
「皇太后さまの使いの者です… 実は、かくかしかじか」
「お上ったら、そんなことを…」
妙子の顔は、目に見えて明るくなった。
「でも心配… そのナントカって道士、大丈夫かなあ?」
その鳴神と妙子はやがて対決する運命に
あること、そして鳴神こそ道範にとっては
「師匠の師匠」であることなど、彼らは知らない。
「まあ、いいや。気分が良くなったから、
久しぶりに湯浴みでもするか…
おちん子さん、お湯もってきて」
いきなり、妙子がガバッと着物を
脱いだので、「おちん子」は、
「オッタッタチンコミーレ!」
(※昔の高貴な女性は、使用人の
前で平気で裸になったらしい…
身分の低い使用人など人間と思って
いないから、という説もある。)
その夜、道範は御所を抜け出し、
某所にある隠れ家へと戻った。
「ふうううう、今日はあせったなあ… まさか、
「雲の絶間」さまの生まれたままのお姿を…
そして… この手で、お体を洗ったり
さすったりすることになろうとは…」
「女体変化」を習得して、ほんとうに良かった…
「さて、変身を解くか…」
むさむさむっさーい やろうにもどれー
だが、しかし… 何も起こらない。
「あれ…?」
何度やっても、同じことであった。
((((((;゚Д゚))))))ガクガクプルプル
「男に戻れないッ!!!」
11月、日本海の荒波にもまれ、渤海使の船が進む。
船上には辟邪(へきじゃ)の4人と、「星」の姿もあった。
あれから4年… 新世代の辟邪チームは、
渤海における疫病の流行を終わらせ、
ようやく日本への旅路についたのだ。
「疫病に命を奪われた民の怨嗟、大いなる怒り、
深い悲しみ… それらの思いが1つとなり、
我らのような異形の者を生み出したのです…
いわば、どうにもならない災いに対する人類の復讐…
それが、我ら辟邪四神!」
四神の1人、「栴檀乾闥婆(せんだんけんだつば)」が、
「星」と話しこんでいる。
「それは渤海の地で拝見しました…
あなた方は疫病を憎み、怒り狂って殲滅した…
疫病だけでなく、世情の混乱に乗じてはびこる
盗賊どもも、むごたらしく殺戮しておられた」
「星」はこの4年、辟邪チームにぴったり
貼りついて、その活動を見守ってきた。
「民に苦しみを与える者は、疫病だろうと
賊だろうと許せない… 特に、幼い子供の
命を奪い、母親を悲しませる者は…
誰であろうと、地獄に落とす!
私の母は、さらわれた幼い私を追って国中をさすらい…
強盗に全てを奪われたあげく、犯され、熱病で目も耳も
潰れて、ボロボロの老婆のようになって死んだのです…」
4人の中で最も容姿端麗な男だが、つらい
過去を思い出す時の栴檀乾闥婆は、
憎しみに燃え上がる復讐鬼だった。
ちなみに「栴檀(せんだん)」は、芳しい香りの
植物で、果実や樹皮が薬用になる。
「乾闥婆(けんだつば)」は、インド神話に登場する
半神半獣の楽士「ガンダルヴァ」のこと。
長いので以後、単に「乾闥婆」と呼ぶことにする。
「ところで… カカセオさん。我らのことばかり
聞いて、ご自身のことはまったく話されない…
皇室につながる、さる高貴なお方に仕えている
とのことですが、日本に着いたら、その方と
会わせていただけるのでしょうか?」
「カカセオ」と呼ばれた「星」は、目を伏せた。
「申し訳ありませんが、その方は世捨て人
同然に、世間から隠れておいでなので…
疫病神スサノオに、決して見つかってはならぬゆえ…」
「ふうむ… で、そのスサノオもまた、
あなた方から身を隠していると…
あなたの占いでも、居所がわからないのですか?」
「スサノオは、この宇宙の因果との
一切の関わりを断っている…
いかなる占いにも、あの男に関する
情報はまったく現れないのです…」
乾闥婆は改めて、今回の敵は厄介そうだと感じた。
「難物ですな… だが、まあ、さして広くもない国。
歩き回っていれば、見つかるでしょう」
11月14日、加賀(かが)の国
(=石川県)に、渤海使が到着。
ついに、「辟邪四神」が日本へと上陸した。
元慶6年が、暮れようとしている。
道範、いや「おちん子」は1人、暮れなずむ賀茂川の
水面と、股間にぶら下がるモノを眺めていた。
「おちん… いや、もういい… もういいんだよ…」
涙が、あふれてくる。
こうして道範は、「ちんちんのついた女」として、生涯を送ることに。
数奇な運命に翻弄された、1本のちんちんであった。