将門記(二)





4、 辟邪四神(へきじゃししん)




8人のオロチの死体は、斐伊川に流された。
雲南市木次町の「斐伊神社」近くの八本杉が、
ヤマタノオロチの死骸が流れ着いた場所、
及び墓所といわれる。

ちなみに斐伊神社を関東に分霊したのが、
埼玉県大宮の氷川(ひかわ)神社。
(斐伊川(ひいかわ)は昔、肥河(ひのかわ)といった。)

斐伊神社及び氷川神社は、スサノオと
イナダ姫を祭神として祀る。
埼玉県には氷川神社が160以上もあるんだって。
代表的な関東の出雲系の神社です。

そして孝王が愛用していたムラクモの剣は、
スサノオの戦利品となり、紆余曲折あって
天皇の皇位の象徴である「三種の神器」の1つ、
「天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)」
として現在に伝わっている。

オロチを皆殺しにして、出雲のアウトロー集団の
頭となったスサノオは、出雲全土に君臨する
王へと成り上がっていく。

いつしか、自分を海に流した故郷に対する
恨みも忘れ、この新天地におのれの全てを
賭け、命の炎を燃やすのであった…



「ぐはあっ ま、待て… お前に言っておくことがある…」
床に押さえつけられたGODは、必死の
形相でモゴモゴと口を動かす。
天空の神のごとき巨人の肉体も、スサノオの
前では赤子同然、なすすべがない。

「俺の術を盗んで、疫病神を継ぐ者となれば… 
奴らから狙われるぞ!」
「奴ら?」

「疫病を憎み、疫病神を地上から殲滅せんと企む奴ら…
人というより神、辟邪(へきじゃ)の四神… 
俺は、奴らの追及から逃れるため、このような奥地に
隠れ棲んでいるのだ… お前も、奴らの標的となるぞ」

「ほう」
スサノオは、GODの頭に優しく手を置く。

「生きながら神に近い超人となった者が、
お前だけだなんて自惚れるなよ!
あの4人は、お前より上をいく… 
絶対に勝ち目はない」

GODは青くなってガタガタ震え、
しゃべり出したら止まらなくなっていた。
「なあ、だからあきらめろ! 疫病神なんかに
なっても、いいことなんか1つもない!」

バリイイイイィィン!!
すさまじいまでの握力でGODの頭蓋は砕け散り、
スサノオの手には、生暖かいプリプリした脳がのっていた。
それを、モロゾフのプリンでも丸呑み
するかのように、ひと呑みにする。

「そうはいっても、こっちにも都合があるんでな。
いつまでも「荒ぶる神スサノオ」では、田舎臭いし
大衆受けしないし、神として、もう1つハクがほしいんだ」

胃袋が脳を消化するにつれ、記憶情報が
細胞を通して、転送されてくる。
「なんだ、疫病を操るといっても、やはり因果の逆転か…」
菅原道真の「雷」と、似たような原理である。
(天神記(四)「九重」参照)

人間が修行の末に到達する超能力、そのほとんど全てが
因果の逆転によるものといって、過言ではないだろう。
「だが、この俺の極限まで鍛え抜いた肉体はちがう。
本物の奇跡を起こせるのは、本物の生命の力のみ…」

GODが最後の瞬間にわめいていた、
「辟邪の四神」なるものの情報もあった。
「ほう… なるほど…」

断片的な情報でしかないが、その4人はスサノオと同じ…
因果の逆転ではない、本物の奇跡を起こせる連中らしかった。
こいつは、久しぶりの強敵になりそうだ…



時は流れ、貞観18年(西暦876年)、
第56代・清和(せいわ)天皇の御世。
「意宇魔(おうま)」が誕生した翌年である。
それぞれの人物が、それぞれの思いを
胸に、正月を迎えていた。

出雲の刀鍛冶・天国(あまくに)の邸では、
どうにか一命を取り止め、容態が安定してきた、
片目片足の不憫な赤ん坊を、この家で育てるか
どうかについて、親族会議が開かれていた。

「あの傷は、刀傷だ。いったい、どこの
どいつが、こんな非道な真似を…」
「1つ目、1本足… 天目一箇神(あめのま
ひとつのかみ)の化身かもな…」


一方、都では… 新婚ホヤホヤの菅原道真が、
新妻の島田宣来子(しまだ の のぶきこ)と
ともに、ちょっとアツアツな新年を迎えていた。
「子供、たくさん作ろうな」
「はい…」


道真のライバル、三善清行の邸では。
清行の幼い弟(12才)が、家族と過ごす
最後の正月を噛み締めていた。
この後、弟は出家することになっている。

後に、道真の怨霊とコンタクトして、「日蔵夢記」を
記す日蔵(にちぞう)である。
(天神記(四)「日蔵夢記」参照)


御所では清和帝が、事務的に新年の行事をこなし、
妃である藤原高子は、なんの愛情も感じないまま、
帝にあいさつをする。
「毎年毎年、同じことの繰り返しだな… いっそ、お前の兄
(藤原基経 )が、帝になればいいものを」

「お上(かみ)、そういうお言葉は… 
いえ、もう、どうでもよろしゅうございます」
高子の凍りついた瞳には、いまだ忘れえぬ恋人、
在原業平の幻影が、映っていたかもしれない。
そんな帝と妃の冷えきった関係は、宮中の
空気にも影響を及ぼしていた。

宮中の警備を勤める、源道範(みなもと の みちのり)
という、若い武士がいる。
ちょっと抜けたところもあるが、顔立ちの美麗な好男子。

「帝も皇后さまも、おつらいことだろうが… 
この冷え冷えとした雰囲気、どうにかならんか」
いっそ、こっそり業平どのを、ここにお連れして…

「道範、正月早々、お勤めご苦労なことです」
「こ、これは… 皇后さま! おそれ多い事で…」
ばったり出くわした高子は、道範にニッコリ微笑む。
どういうわけか、このところ道範は、
高子に気に入られているようだ。

「お前を見ていると… あの方の昔のお姿を
見るようで… いえ、なんでもありません。
今のは、聞かなかったことにしてください」
道範を見て、業平の若いころを偲んでいるらしい。

高子と業平が出会った時、すでに業平はけっこうな
おじさんだったのだが、「武士」で「美男子」という
点が共通してるので、道範の姿に、若かりし日の
業平のイメージを見ているのかもしれない。
実際、道範も右大臣・源融 (みなもと の とおる)の親類
であり、血筋の高貴さは、業平に劣るものではない。


その右大臣・源融は、左大臣・藤原基経の邸へ、
新年のあいさつに来ていた。
「源氏物語」主人公のモデルと言われる、
風雅な貴公子である。

この時、「河原院(かわら の いん)」という邸の
自慢をさんざんしたのだが、そのため後に、
例の「法力御上覧」の会場として使われるハメに…
(天神記(一)「天狗誕生」参照)


太岐口獣心は、音信不通の妹(恋夜)について、
「死んだな…」
と、考え始めていた。
昨年、死水尼と相討ちになって死んだ
父の喪も、まだ明けぬというのに…


獣心の考えは当たっており、また外れてもいた。
というのは去年の神無月、おしらに刺された
瀕死の恋夜は、たくましい肩にかつがれ、
とある場所に運びこまれていたから…
命こそ取りとめたが、脳の酸素が欠乏し、
意識は回復しなかった。

恋夜の横には、うっすらと目を開けた
円仁が横たわっている。
再プログラミングされた新たな人格も安定し、
まもなく動けるようになるだろう。

だが復活した円仁は、「久遠の民」には
加わらず、ひたすら東北地方における
天台仏教の布教に邁進するのだが…

2人を見下ろしながら、スサノオは141年前の、
GODとの戦いを思い出していた。
いや、正確には、「辟邪の四神」のことを…

「疫病神」を追いかけ、討ち滅ぼすという四神… 
だが、まったく姿を見せない。
まあ、もともと中国大陸の神であるし、
辺境の日本まで来ることもないのだろう。

四神についての情報は、GODの
脳内にも、わずかしかなかった。
確かなことは、4名とも因果の逆転によらない… 
すなわち、意識や記憶を操作する術ではない… 
物理的な実体のある術を使うということ。

1人は、見ただけで殺す… 鍾馗(しょうき)
1人は、触れただけで死ぬ… 天刑星(てんけいせい)
1人は、嗅いだら死ぬ… 神虫(じんちゅう)
1人は、聴いたら死ぬ… 栴檀乾闥婆(せんだんけんだつば)

奴らの術の正体を知らないまま出会えば、
さすがにまずいことになるかもな…
そんな気がしないでもないスサノオであったが、そもそも
150年近く過ぎた今でも、生きてるのか?
俺のように不死なのか、それとも
「月」や「星」のように転生するのか?

「まあ、この国にいる間は、出会うこともあるまい」
ゴロリと横になるスサノオ。
とりあえず情報だけは集めておくか…



4月10日、内裏の大極殿が炎上。
「雲太(うんた)、和二(わに)、京三(きょうさん)」
雲太=出雲(の大社)が1番、
和二=大和(の東大寺)が2番、
京三=京都(の大極殿)が3番、
と、謡われた巨大建築である。

この年、備中権守(びっちゅうのごんのかみ)と
して善政を敷いた藤原保則が、都に帰還。
備中を出立する際、別れを惜しんだ民衆が
道をさえぎり、泣いたという。

後の「元慶の乱」でも、先住民を救済する保則。
京に戻ってからは、右衛門権佐(うえもんのごんのすけ)及び、
検非違使(けびいし)となって、都の治安維持にあたる。

皇后高子は、大原野神社へ行幸。
この時、かつての恋人・在原業平が随行した。
いったい、誰の手引きでこういうことに
なったのか、久々の再会である。
詳細は「小町草紙」に書くので、ここでは省略。

11月29日、帝がとつぜん譲位、出家する。
わずか9才の皇太子・貞明親王が受禅、
第57代・陽成(ようぜい)天皇となる。
「物狂いの君」と呼ばれるほどの暴君で、
摂政となった基経を悩ますことに…



12月、渤海(ぼっかい)からの使者が、出雲に漂着した。
「渤海」という国は、中国東北地方(満州)を中心に、
ロシア沿岸部から朝鮮半島北部にいたる国土をもつ。

現在、中国と韓国の間で、「渤海は中国だ」
「いや韓国だ」と論争になってるいるが、
まあ渤海は渤海であって、現在の国家の枠に
収めようとするのは無意味だろう。
とりあえず韓国の領土とは、まったくかぶっていない。

「渤海使」は日本との貿易が目的だが、
天皇に対する「朝貢」という形を取っている。
貢物を贈られた皇帝は、数倍の量の
返礼の品を下賜しなければならない。

それが中国大陸における「朝貢」のルールであり、日本も
それにならっていたので、渤海との交易は日本にあまり
利益がないどころか、大きな負担になっていた。
そこで、「渤海使は12年に1度」などのルールを決めたが、
これを破って、ちょくちょくやって来るのが渤海使である。

さて今、その渤海使の船を見上げている、
背の高い人影があった。
全身をすっぽり黒い布で覆っており、
男か女かさえわからない。

何やら、船員と交渉しているようだ。
船員は、渡された革袋の中に手を入れ、
中身が砂金であることを確かめると、

「ほう、こんなにくれるのかい。
いいだろう、帰る時は乗せてやるよ。
で、渤海になんの用があるんだい? 
向こうじゃ今、疫病がはやってるんだぜ」

「だから行くのですよ… 疫病を根絶やしに
するという、辟邪の神と会うために…」

船員は薄気味悪そうに、黒ずくめの人物を見上げる。
顔も半分は布に覆われ、濃いアイラインをひいた妖しい目と、
額に彫られた星の刺青だけが、のぞいていた。