将門記(二)





2、 八王子




東京都八王子市は、作者の家からけっこう近い。
延喜13年(西暦913年)、城山の山頂に
牛頭天王と八王子が出現したそうで、それが
市名の由来になっていると、最近知りました。

ちなみに、この城山にある八王子城址は、
なかなか雰囲気が良く、おすすめスポット。
とくに黄昏時に行くと、濃厚な霊気が漂っていて、
霊感のある人ならきっと見ちゃうね。
城主・北条氏照の正室をはじめ、城内の女たちが
皆、自刃・身投げして、滝が3日3晩血に染まった
という、いわくつきの場所なのだから…

さて、八王子に住んでる、もしくは訪れた人は、誰でも1度は
「八王子… 8人の王子… どんな王子たちなんだろう?」
なんて考えたことあるはず。
それは、このような8人なのです…


「木曜星・太歳神(たいさいしん)、戍孝(じゅこう)!!」
北西に立つのは、女と見まがうほどの美形、
細身で凛々しい8人のリーダー格、戍孝。

一気に抜き放った剣の刀身から、水滴がしたたり落ちる…
まるで刃から直接湧き出す泉のように、ポタポタと…
足元に水溜りができ、そこに苔が生え、
草木が芽生え、虫が飛び回る…

「太歳神とは万物を生成する八王子の主神。
あらゆる命が、ここから生まれる。
疫病もまた、同じく…」
さまざまな菌やウイルスが、戍孝の
足元の緑地から拡散していく。

「私の方位に向かって樹木草花を
植えるは吉、刈り取るは凶」

「水曜星・歳刑神(さいけいしん)、信道(しんどう)!!」
スサノオの北には、筋肉質で男臭い
武道家タイプの男が立つ。

その足元に置いた一巻きの荒縄が、意思を持った
生き物のようにシュルシュルと伸び… 
スサノオの首に巻きついた。
信道の両手は、腰にあてたままなのだが…

「私が北に立つと、お前は刑事事件の
被告として逮捕され、最悪は死刑となる。
だがまあ、絞首刑の方が、疫病で腐れ
爛れて死ぬよりはいいだろ?」
ニンマリと、いたずらっぽい笑みを浮かべる。

「計斗星(けいとせい)・豹尾神(ひょうびしん)、
礼儀(れいぎ)!!」
「鬼門」である北東に立つのは、
学者風の知的な雰囲気の男。

「不浄な上に、礼も足りない… 
お前のような汚物は、滅殺します!!」
冷たい瞳の奥には、狂気にも近い、
激しい気性を秘めているようだ。

「我が星・計斗星とは、地上からは
決して観測できない暗黒の星、
日食を引き起こす恐るべき凶星… 
私が鬼門に入った上は、お前の家族はおろか、
家畜にいたるまで、猛毒で死に絶えるだろう!!」

「金曜星・歳殺神(さいせつしん)、忠与(ちゅうよ)!!」
すさまじい殺気が、炎のように燃え上がる。
東には万物を滅するという歳殺神の化身、
血をたぎらせた悪鬼のごとき男が立つ。

赤いマントを脱ぎ捨てると… 
斧、鎌、ナイフ、ノコギリ、ドリルなど、全身武器の塊。
「我が方位に向かわば… 必ず殺すッ!!」

「土曜星・歳破神(さいはしん)、悌順(ていじゅん)!!」
東南には、相撲取りのような大男。

「俺の方に向かう気なら、お前の
家ごとブチ壊す… この拳でな」
巨大な拳で床を叩くと、直下型地震のような揺れが襲う。

南には、
「金曜星・大将軍、仁(じん)!!」
八王子の中で最も若く、まだ少年といって
いい仁だが、8人の中で最凶の星をいだき、
またの名を「魔王天王」。

「俺が居座った方位は、3年間は最悪最凶の
方位となる… 何をしてもダメダメだ」

「羅候星(らごうせい)・黄幡神(おうばんしん)、
義任(ぎにん)!!」
南西は、顔色の悪いミュージシャン
のような、暗く影のある男。

「羅候星は計斗星と同じく、太陽や月を
隠す暗黒星、兵乱を司る凶星…
こちらに向かえば、お前は戦争に
巻きこまれ、お前の国も滅ぶよ…」

「土曜星・太陰神(たいおんじん)、胤智(いんち)!!」
最後の方位、死者の魂が向かう
西方には、八王子唯一の女子。
それも切れ長の目をした、かなりの美女。

「私の方位に向かえば… 
お前は女にだまされ、しかも子種がなくなるだろう!!」

「どうだ!! これが八方ふさがりの陣!! 
きさまがどの方位へ動こうとも、
災いを避けることはできぬ!!」
一段高い玉座から、GODこと
牛頭天王が勝ち誇って笑う。

それにしても、なんと凶悪きわまりない8人であろうか。
八王子の正体がこんなんだと知ったら、
八王子市民はどう思うだろう。

「だったら… 動かなきゃよくね? 
引きこもりの陣、なんつーてなwwwww」
あざ笑うスサノオの、首にからみ
ついた縄がギュッと締まる。

「動かなければ、8人同時攻撃で
ボコるだけだぜ、異国のダンナ」
歳刑神・信道は、手も触れずに縄を操る秘術を使うらしい。

「そうかい… なら、教えてやろう」
首の筋肉が盛り上がると、きつく
締まった縄は一瞬で、弾き切れた。

「俺が真ン中に立つと… 全方向、周囲に
いる者すべての運命は大凶ッ!!!」

襲いかかる直前の大鷲の如く、両腕を広げるスサノオ。
鋭い爪の生えた節くれだった指を、禍々しく曲げて…
「荒ぶる神」の戦闘形態であった。

「気をつけろ!! この威圧感… タダ者ではないぞ」
冷静なリーダー、太歳神・戍孝が
水滴したたる剣を構える。

「あせることはない、見ろよ… 奴さん、震えてるよ」
黄幡神・義任の暗い瞳に、嘲笑が浮かぶ。
「プッ ホントだ… 膝があんなにガクガクしちゃって」
太陰神・胤智の妖艶な唇からも、笑いが漏れる。

ガタガタガタガタガタガタガタガタ… 
床全体が、小刻みに震え始めた。

「震えすぎだな…」
豹尾神・礼儀が、不快そうな表情を浮かべる。
「これは… 震えじゃない… 貧乏ゆすり?」
相撲取りのような歳破神・悌順が、あきれた顔をする。

戦闘形態のまま、スサノオの「貧乏ゆすり」は、
とんでもないレベルに達していた。
その振動幅は、上下左右に20センチ以上、
1秒間に10回以上のピストン運動。
もはや、その速度にスサノオの姿がぼんやり霞むほど…
足元からは、煙が上がり始めた。

「なんか… ヤバいんじゃねーの?」
そのあまりに異常な運動を目の当たりにして、
年少の大将軍・仁は、やや青ざめ
「これ以上は危険… 殺スッッッ」
歳殺神・忠与はたまりかね、全身にまとった
武具をいっせいに、投げつけた。



「命とは… 必ず死なねばならないのだろうか?」

いつ、どのようにして、それを成し得たのか… 
今はわからない。
だがスサノオは、己の自我をゲシュタルト崩壊させ、
再び構築し直すことによって、「寿命」「老い」という、
あらゆる生命にセットされているプログラムを
停止させることに成功した。

「もはや、寿命で死ぬことはない… 
あとは、何が死をもたらすだろうか?」

病気。事故。犯罪。戦争。自然災害。
それらを克服するため、果てしなく延長された
生の時間を、古今のあらゆる書を読み、
あらゆる技術を習得することに費やす。

同時に、人間に許された限界を遥かに超え、
数百年という単位で肉体を鍛錬。
筋肉の繊維は極限まで強く、しなやかに、
超高密度に収束し…
ついに縄文杉の如く、神々しい肉体を得るにいたった。

筋肉だけではない。
体毛も、皮膚も、骨も、神経も、血管も、内臓も… 
全てが通常の人間の50倍以上の組織が圧縮され、
究極の強靭さを獲得。

すべての強さは、戦争や天変地異を生き抜くため…
人間ばかりか、地球と喧嘩しても負けない強さを目指し、
作り上げられた肉体。

さらに、スサノオの探求は続く。
ついに、己の「生命」そのものとコンタクト、操れるようになった。
つまり、肉体を構成する全ての細胞と、通信可能になったのだ。
細胞レベルから肉体を強化する…

例えば。
より多くの酸素からエネルギーを得るため、
細胞内のミトコンドリアの量を増やす。
通常の生命体は、1つの細胞内に最少で1個、
最大で数千個のミトコンドリアをもつが、
スサノオの細胞内には、2万〜10万のそれが存在する。
その結果、運動量・スタミナが爆発的に増加。

あるいは。
全身の体毛・髭や鼻毛の1本にいたるまで、
独立した生き物のようにふるまい、
食虫植物のごとく菌や異物をからめ、捕える。

汗や涙、鼻水、鼻の脂にいたるまで殺菌作用をもつ。
それでもなお病原菌が侵入すれば、体温を一気に
150度まで上げ、熱で殺す。

癌や腫瘍が発生すれば、己の意思で
その成長や転移をストップさせる。
血流を妨げる異物が血管内に発生すれば、ただちに
新しい血管が生成され、バイパスとなる。

万が一、毒物が体内に入れば、血流がいったん
ストップ、毒物の成分が瞬時に解析され、
それを無効化する酵素が分泌される。

外部からのあらゆるダメージを防ぎ、いかなる病にも
対応する、完璧な生命防御システム。
それが、数百年の時をかけて築き上げた、
スサノオの肉体だった…



「ッッッ!!」「うおッ」「あぶな…」「ガッ」「ッと!!」
マシンガンの如く、激しい振動を続ける
スサノオの体は、全ての武器を弾き返した…
回転しながら飛んでくる凶器を、周囲の八王子たちは、
かわしたり、剣で叩き落したり、なんとかしのいだが…

「忠与!!」
ただ1人、武器を投げた歳殺神・忠与の
額には、鎌が突き立っている…

屈辱に顔を歪ませ、血の涙を流しながら、
膝をつき… 忠与は倒れた。
「戍孝!! 一斉攻撃だッ」
「いや、待て!! あれは… なんだ!?」

ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ…
城の中に、雲が渦巻いていた。
残り7人の顔が、恐怖に凍りつく。
それは、信じ難い光景であった。

激しいピストン運動により、スサノオの体温は
摂氏150度近くまで上がっていた。
熱せられた空気は上昇し、対流が始まる… 
スサノオを中心に気流が渦巻き、
それは暴風へと変化していく…
さらにスサノオが流す大量の汗が蒸発し、雲となった。
天井に当たって冷えた雲は、雨となって降り注ぐ。

またスサノオの伸びきった髪や髭も、振動に
よって擦れ合い、静電気を生む。
体の表面を弱い電流となって走っていたが、
やがて大きな雷となる。

城の内部は、スサノオから発生する
暴風雨に支配されてしまった。
しかも、「貧乏ゆすり」による振動は、今や
地震といってもいいレベルに達している。

「ッツ!!」
太陰神・胤智の目に、鋭い針のようなものが刺さった。
それは、スサノオが抜いて捨てた鼻毛… 
暴風に飛ばされ、危険な凶器と化したのだ。

「ッグハアアァァ!!」
太歳神・戍孝の剣に落雷、
10万ボルトの電圧に体を焼かれる。

「この俺がひねり潰してやる!!」
相撲取りのような歳破神・悌順が、暴風をかきわけ突進。
だが振動するスサノオの体に触れるのは、
回転するチェ−ンソーに触れるが如し…
「ンギャアアアァァッ」
片腕が、ミンチになってしまった。

「お前たち、ひけええええいッ」
顔面蒼白の父親、GODが立ち上がって叫ぶが、
風の唸りにかき消され、子供たちの耳には届かない…
虐殺ショーは、幕を開けたばかりであった。