将門記(二)





1、 牛頭天王(ごずてんのう)




「なんとビックリ平城京(710年、平城京遷都)」から
20年が過ぎた西暦730年、
日本では天平(てんぴょう)2年。

シルクロード南ルートの砂漠を、わずかな供を
連れた日本人旅行者が行く。
彼の名は吉備真備(きび の まきび)、留学生、36才。
中国大陸に渡って13年が過ぎようとしていた。

四角張った顔、険しい目つき、世界髭コンテストで
優勝できそうな立派な髭。
道教や陰陽思想・兵法などを唐で学び、
やがて日本にもたらす。
「陰陽師」の源流となる人物で、
カタカナを発明したともいわれる。

「あれが… 牛角山…」

現在の中国ウイグル自治区、タクラマカン砂漠南方に、
仏教を篤く敬うホータン王国がある。
そこに、牛角山という人を寄せつけない山があり、
恐るべき力をもった道士が住むという。

西安で、真備が師事する学者から聞いた話だ。
「その男は疫病を自在に操り、民に災いをもたらす
こともあるらしい。だが民の行いが正しく、その道士を
敬うならば、疫病を鎮めてくれるそうだ…
ま、あくまでも伝説だがな」

「疫病を操り、鎮める力」というものに、真備は魅せられた。
疫病とは、ウイルスや菌によって伝染する病のことで、
癌や腫瘍、生活習慣病などは含まない。
21世紀の今日でさえ、インフルエンザで何千人と
死亡しているのだから、当時の人々にとって、
疫病がどれほどの恐怖であったか…


ゴツゴツした岩山の頂に、茶色い岩石を
積み重ねた城があった。
「ごめんくだされ! 入門希望の、しがない
学者で吉備真備と申します!」
鉄の神経をもつ真備は、ズカズカと入りこむ。
従者たちは恐れて、山麓に近づくことさえ拒んだのだが…

「ようきた… ほんま、ようきた…」

ここで真備が出会うのが、まあタイトルに
ある通り「牛頭天王」なわけですが。

後に真備が日本にもたらす、この異国の神さま、
実は明治維新の前まで、日本中のあちこちの
神社で祀られていたのです。
「祇園(ぎおん)神社」とか「八坂(やさか)神社」という名前の
ところは、元は牛頭天王を祀っていた神社なんですね。

ところが明治になってから、祭神が「スサノオのみこと」
に差し替えられてしまった。
(「スサノオ神社」「スサ神社」「スガ神社」という
名前の神社も、元は「祇園」「八坂」の名前で、
牛頭天王が祭神だったところが多いそうな)

牛頭天王は仏教と関わりが深く、明治政府の
「神仏分離政策」、つまり神社から仏教の匂いを
一掃しようという方針に引っかかってしまう。

そこでまあ、スサノオにチェンジ…
「天王」と「天皇」、発音の似ているのが
よろしくないという説もある。
明治が遠い昔になった今も、神社本庁は牛頭天王の
カムバックをあまり認めたくないようで、今も祭神が
スサノオのままのところがほとんど。

そのような経緯で現在、あまり耳にしない
神さまになってしまった牛頭天王。
でも、「天王洲アイル」とか、「天王」という地名が
あちこちに残っているのは、牛頭天王に由来する。
(大阪の「天王寺」だけは、「四天王」に由来)

さて、「仏教と関わりが深い」と言われる
牛頭天王ですが、果たして本当でしょうか。
もともとは、インドの祇園精舎(ぎおんしょうじゃ)を
守護する神といわれ、インド→中国→日本と伝わった、
というのが定説ではあるのですが…

実は、牛頭天王が出てくる仏教の経典は存在せず、
中国でも信仰されていた形跡がないらしい… 
ということは、日本独自の神なのだろうか?
それにしては、名前が異国っぽいですけど…

あるいは、道教や陰陽思想を学んだ吉備真備が
創作した神なんでしょうか…
謎の多い神さまです。
「牛頭(ごず)」とは、果たして何を意味するのか?


真備の正面に石でできた巨大な玉座があり、
見たこともないような大男が座していた。
2mを超える身長に、盛り上がる岩山の
ような筋肉、真備以上に立派な髭、

そして巨大な牛の頭蓋骨を、まるで
ヘルメットのようにかぶっている。
1対の反り返った角を頭上に戴くその姿は、
まさに北欧のバイキング。

ほおづえをついた巨人の不思議に
青い瞳が、じっと真備を見つめる。
「お前が来るのを待っていた… 我が教えを受け継ぐ者よ」
「私がやって来るのを、予知されていたのですか?」
真備の体は、巨人の放つオーラに押し潰されそう。
「あなたの名を… お聞かせください…」

巨人は組んでいた足をほどくと、
玉座の背にもたれ、天井を見上げた。
全身から峻厳たる威圧感があふれ…
「我が名は… GOD!!!」


GOD→ ゴッド→ ゴッヅ→ ゴズ→ 牛頭…
まあ、ちょっと思いついただけなんだけどね。
ところで「神」を意味する英語「GOD」は、
いつ頃から使われているのだろうか?

4世紀、ゲルマン民族の一派、西ゴート族の
司教ウルフィラは、ゴート文字を作り出し、
一生涯かかって、聖書をゲルマン語に翻訳。
この時、ギリシア語の「デオス(神)」を「グス」と訳す。
「グス」は「語りかける者」みたいな意味らしい。

6世紀に製作された「銀文字聖書」という現存するゲルマン
聖書の唯一の写本(スウェーデンの国宝)では、「グス」が
「GOD」と表記され、現在確認できる最も古い使用例だという。

ゴート族は現在のロシアやウクライナあたりまで勢力を
広げていたし、司教ウルフィラもトルコのカッパドキア出身
というから、中央アジアのホータンにキリスト教徒の
ゴート族の末裔が流れ着いても、不思議じゃないかも…

そしてキリスト教文明圏から遠く離れたこの地で、
その信仰は徐々に変容、中国土着の
宗教・道教と混じり合っていく…

ちょうど九州の「隠れキリシタン」が、隠れている間に
仏教や神道と混合し、キリスト教とは異なる
宗教に変質してしまったように…
この道士も、いつしか自分自身をGOD(神)
であると信じるようになった…

「疫病を自在に操り、民に災いをもたらすこともある…
だが民の行いが正しく、その道士を
敬うならば、疫病を鎮めてくれる…」
なるほど確かに、これはユダヤ・キリスト教の
神の特徴と一致します。

仏教ではなく、キリスト教と関わりが
深かったんだ、牛頭天王…
(トンデモ説だから信じないように)


こうして真備はGODに入門、1年で疫病を
鎮める術などを習得、西安に帰還。
735年(天平7年)に帰国すると、兵庫県
姫路市に「広峯(ひろみね)神社」を創建した。
牛頭信仰の総本山、陰陽道と
深いつながりのある神社です。
公式サイト なし

そういえば、陰陽道では「五芒星」や「六芒星(ダビデの星)」
のような、西洋魔術でおなじみのシンボルをよく使いますが、
牛頭天王がユダヤ・キリスト教起源だとすれば、それも納得… 
いやいや、そんなわけないか。
でも、牛頭天王と同一視される「武塔神」の神話
(将門記(一)「蘇民将来」参照)は、旧約聖書に
出てくる「過越しの祭り」の起源の話とそっくりだし…

もう1つの牛頭信仰の中心が、祇園祭で
名高い京都の「八坂神社」。
祇園といえば、舞妓はーん。
公式サイト http://web.kyoto-inet.or.jp/org/yasaka/

「広峯」と「八坂」はお互い、牛頭信仰の
総本社を主張して争ってるそうですが、
そのくせ、どちらも正式な祭神から
牛頭天王が外されてるんですよね。

対照的に埼玉県飯能市の「竹寺」は、現在まで
一貫して牛頭天王を祀っていて、立派。
関東に残る、唯一の神仏習合の遺構だそうです。
公式サイト http://www.takedera.com/



真備が帰国した年… 
牛角山のGODの城を、訪ねる者があった。
これもまた、日本人… いや、「人」と
いっていいのか、わからないが。

「疫病を操るっていうのは、あんたかい… 
脳を食らわせてもらうぜ」

荒々しく伸びた髪と髭、縄文杉のように
異様に膨れ上がった筋肉。
ボロをまとった乞食のような姿… 
荒ぶる神スサノオであった。
「そうすれば、あんたの知識と技は、
すべて俺のものになるんでな」

GODは立ち上がり、スサノオを見下ろす。
「東北より災い来ると、卦に出ておったが… 
神であるこの私に、災いをもたらすほどの力が、
貴様にあるというのか!?」
青い瞳に怒りの炎を燃やし、右拳を力強く振り上げ、叫ぶ。
「メリイイイィ クリスマスッ!!!」


「神」をゲルマン語の「グス」に翻訳した司教ウルフィラと
同時代、現在のトルコ地中海沿岸、当時はローマの属州
であるリキュアに生まれた、ある高名な司教がいた。
その名を聖人ニコラオス… 
すなわち、「サンタ・クロース」である。

ウルフィラとニコラオス、2人の司教は年も近く、
出身地も近く、互いに友情を感じて、酒をくみかわし
ながら、神について論争を戦わせたかもしれない。
神学者でもあるニコラオスには、独自の宇宙観があった。
その影響を受けたウルフィラの教区民が、後にフン族の
ヨーロッパ侵入の際、捕われて中央アジアへと連行され…
その子孫がGODというわけだ。

サンタのソリを曳くトナカイは全部で
8頭だそうで、それぞれ名前もある。
(この8頭に入れなかった落ちこぼれのトナカイが、
例の「赤い鼻」のトナカイさん)
これはニコラオスの考えた、「神は8人の天使をつかわし、
悔い改めない者たちに死の贈り物(=疫病)を届ける」
というイメージが元になっている。


そして牛頭天王ことGODもまた、8人の僕を使い、
死と災いを振りまくのだ。
「異国より来た無礼者よ… お前に、死を贈ろう」
いつのまにかスサノオは、8人の人影に取り囲まれていた。
いずれも、ただ者でないオーラを放っている。

「我が8人の息子・娘たち… 
彼らはそれぞれ、異なる死と災いを象徴している」
牛頭天王の8人の子らを「八王子」あるいは「八将軍」と呼び、
後に父神とともに日本に伝わり、信仰の対象となる。

スサノオは、髭をさすりながら、
「なるほど… てめえのガキどもを改造し、術を施し… 
生きた宝貝(パオペエ)としたわけか… 
こいつらが疫病をバラまき、親父が鎮める、と」

GODはニヤリとし、
「わかるか、異国の者よ… 我が子らは、血と肉
そのものが、強大な霊気を秘めた呪符となっている。
彼は何もしない、ただ大地に立つだけ… 
それだけで、地脈の力と反応し… ある方位には災いを、
またある方位には安寧をもたらすのだ。
彼らが地上のどの位置に立つかによって、
人間たちの運命は決まる」

「地脈の力… つまり風水ってわけか」
「その通り。ちなみに今、お前の周りには、
我が子らが最凶最悪の位置に立っておるぞ。
真北、北東、真東、東南、真南、南西、真西、西北、
いずれの方位にも逃げ場はない。
これを「八方ふさがり」という。
今日がお前にとって、人生最悪の日となる」

「ふーん… そいつは」
スサノオは鼻毛を抜くと、フッと吹き飛ばした。
「たいへんだ」
大ピンチである… 一応。