将門記(一)





11、 対馬(つしま)




「地獄に落ちたあげく、このような悪鬼に
転生したか… 哀れなことよ」
己に向けられた慈覚大師・円仁の慈愛あふれる
眼差しに戸惑い、怪人は動きを止めた。
「なん… だと…?」
「私は、お前の前世をよく知っているよ… 
唐の都の衛兵で、仏教者を捕らえる任についていた…」

円仁を捕らえ、纐纈城(こうけつじょう)に
連行した兵士、李書王(り しょおう)。
「生涯無敗」とうたわれた無敵の拳法家、
李書文(り しょぶん)の先祖らしい。
「前世と同じ過ちを犯すのか? 私の進む道を
さえぎって、地獄巡りをするのか?」
(天神記(一)「長寿楽」「纐纈城」「地獄草子」参照)

あの恐るべき、地獄のイメージに脳を支配された体験… 
前世の記憶が、ほんの一瞬だけプレイバックした… 
だが、それだけで十分だった。
手長足長の体が崩れ落ち、青ざめて震えている。
「お許しください… 私は恐ろしい罪を犯しました…」

「では我が弟子となって、この円仁の護衛をするのだ」
改心した手長足長は、円仁の用心棒となり、
三崎山に道を作る作業にも従事した。
山中の洞窟には、手長足長に殺された
武士や旅人の骨が散乱していたが、
円仁はそれらを集め、手厚く葬り、
五輪塔を建てて冥福を祈った。

元禄2年(西暦1689年)には、五輪塔の
点在するこの三崎峠を通り、松尾芭蕉が
象潟(きさかた)へと向かった。
現在は、秋田県と山形県にまたがる
三崎公園となっている。



年が明け、寛平5年(西暦893年)。

「皆さん、どうも… お騒がせしました」
久しぶりに宮中へ上がり、なんとも照れ臭い伊勢である。
「お帰りなさい、伊勢さま! やはりあなたがいないと
宮さまのお顔が暗いわ」
笑顔で迎えるのは、やはり温子に仕える女房で
「兵衛命婦(ひょうえ の みょうぶ)」という。

「古今和歌集」にも歌が残る女流歌人だが、
伊勢ほどの才能はない。
きれいな顔立ちをしていても、伊勢が
横に並ぶと目立たない。
絵も得意で、温子にも贈ったりしているが、
温子は断然、伊勢の方がお気に入り。
これでは、伊勢に対して嫉妬するなという方が無理だった。

(今さら、よくもまあノコノコと戻ってこれたものね… 
いい気になって、身分違いの男性と恋をして、
挙句の果てに捨てられて… 皆、あんたのことを
笑い者にしてるんだからね)
だが育ちがいいので、伊勢に対して何か
意地悪をしようとか、そういう発想はない。
よって兵衛命婦、出番はこれでおしまいである。

「伊勢! さっさとこちらに来なさい。
新年の歌会で詠む歌の、添削をしておくれ」
温子は、まるで何事もなかったかのように、
普段着の顔で伊勢に接する。
「あの… 宮さま… どうも、このたびは…(><;)」
「そんなに小さく縮こまっても、背丈も態度も
大きいのは、隠しようがありませんよ」
「(・_・#)……」

「だいたい、お前は宮仕えを何だと思っている
のですか? 勝手に宿下がりするなど…」
温子のお説教が始まり、伊勢はムッとした顔で座っている。
他の女房たちは、その様子を見て、クスクスと笑いあった。
「ほんとに宮さまは、伊勢さまがお好きで…」



3月11日、藤原時平は中納言を、菅原道真は参議を拝命。

4月2日、宇多帝は最愛の妃・胤子の生んだ
敦仁(あつひと)親王(9才)を立太子。
顔には出さないが、温子には相当のショックである。
「仕方のないこと。私には、子が授からないのですから…」

5月11日、新羅の海賊団が、九州沿岸部
(佐賀県・熊本県)を襲撃。

7月19日、在原業平の兄で、海女の姉妹との
恋愛譚で知られる在原行平が、76才で没する。
(詳しくは「小町草紙」で)


8月、太陽の照りつける伊予の国(愛媛県)、今治(いまばり)。
現在はタオル、焼き鳥、尾道とを結ぶ
「しまなみ海道」で有名だ。
この地の名族、高橋友久(たかはし の ともひさ)の
家に、男の子が生まれた。

「おおっ 見ろ! この子の背中…」
「なんとまあ… まるで竜のたてがみのように、
背骨に沿って産毛が…」
後の海賊王・藤原純友(ふじわら の すみとも)、誕生。


実りの秋、山崎長者のもとに、またしても
托鉢のUFOが現れた。
「今年も米をよろしく、長者どの」
「はいはい、今入れますから、待ってくだされ」

10月、宇多帝は道真をともなって、温子の
いる弘徽殿(こきでん)に遊びに来た。
この時、道真は伊勢にやりこめられるが
(天神記(二)「伊勢VS道真」参照)、
「あの女房どのの言うことは、まったくもって、
もっともなことだ… 大陸の先進的な文化や
学問は、知識として教養として必要だが、
我が国の精神も失ってはならぬ」

いたく感心した道真は、ここに「和魂漢才」という
スローガンを打ち立てた。
これは明治維新後、西洋文明を積極的に取り入れる政策を
進める際、「和魂洋才」というスローガンとなって復活する。



年が明け、寛平6年(西暦894年)。

尾張の国、現在の愛知県春日井市松河戸町。
この里の有力者の家に、男の子が生まれた。
昨年、公務で当地を訪れた小野葛絃(おの の くずお)
という役人が、この家に泊まった際、娘の部屋に
夜這って、孕ませたのだ。

ちなみに小野葛絃は、「俺は人間だ!!」と叫んで灰となった、
六白金星・小野篁(おの の たかむら)の子である。
地位が低いとはいえ、中央の役人との親戚関係ができて
喜ぶ両親は、娘と赤子を連れ、さっそく都へ上る。
「葛絃さま、あなたの後継ぎですよ」

「うーん、そうかあ… 
一夜限りの関係のつもりであったが…」
実は、葛絃にとっては2人目の子。
正妻との間に生まれた、この年11才になる
長男の好古(よしふる)は、
「\(^o^)/わーい。弟ができた」
と、素直に喜んでいる。

仕方ないので、母子そろって引きとることにした。
赤ん坊は後の「書道の神」、小野道風(みちかぜ、
又は、とうふう)である。
出生地の春日井市には、「道風記念館」が建てられた。
観光サイト 
http://www.city.kasugai.lg.jp/shisetsu/tofu/index.html



小野家の話題、まだ続く。

4月14日、新羅の海賊船団が、今度は対馬に来襲。
大宰府の軍勢は、これを迎え討ち海戦となった。
「それでどうなったの? 海賊をやっつけたの!?」
このニュースが都に伝わると、好古少年は
興奮を隠しきれない。

「いや… 逃がしたそうだ」
父の葛絃は、次期の大宰大弐(だざい の だいに=大宰府
次官)の候補となっており、無関心ではいられない。
ちなみに、道真が大宰府に左遷された時、
葛絃はちょうど、大弐として赴任している。
道真にはまったく仕事をさせなかったそうだが、果たして
それはイジメなのか、それともいたわりだったのか…

「くやしいなあ… ボクが大宰府で指揮をしてたら…」
生意気なことを言う好古、しかし将来の夢は軍人、
それも水軍の指揮官にあこがれる。
「坂の上の雲」の主人公の1人、秋山好古は
この小野好古から名前を取ったかな?
けど秋山好古は陸軍(騎兵隊)の指揮官で
連合艦隊の参謀となってバルチック艦隊を
破るのは、弟の真之なんだよね。

それはさておき、少年はこっそり旅支度を整えると、
「もうガマンできない。ボク1人で大宰府行っちゃうもんね」
スタコラサッサと旅に出た。


そして、とうとう難波(なにわ)の津(=港)まで来てしまった。
「船に乗るお金ないや…」
「どうした、坊主?」
見上げると、独眼の男の苦み走った笑顔が見下ろしている。

結局、この太岐口獣心が、少年の分まで
船賃を出してくれることになった。
「1人で大宰府まで行くのか? 行って、どうする?」
すっかり仲良くなった2人は、とも(船尾)に
並んで腰を下ろし、握り飯をほお張る。
「海賊を退治するんだ!!」
目を輝かせる少年に、獣心は笑ってしまう。
「実はな、おじさんもだ… 海賊を退治に行くんだよ」

ここ数年、九州を襲う海賊団の背後には、
きっとあの女がいるにちがいない…
そんな確信があったので、配下を送らずに、
「裏春日」の頭領である自ら、周囲の反対を
押し切って、旅に出た獣心であった。
少年の日の屈辱… 
失われた右目の借りを返す時が来たのだ…


船は瀬戸内海を順調に渡って、伊予の国、今治に入った。
この地で一番大きい邸を構える、高橋友久の
もとに逗留する獣心と好古。
昨年生まれた息子を、都で地位のある人物の
養子にしたいと考えている友久は、都からの
旅人が来ると、必ず自宅に招待していた。

しかし吉田神社の神人では、ちと地位が低いか… 
せめて、賀茂の社だったら…
そんな目で獣心を値踏みする友久。
その大事なヨチヨチ歩きの息子は、好古少年に
ひどくなついて、遊んでもらっている。
「ほら見て、獣心さん! この子、背中に馬みたいな
たてがみが… けったいやなー」

小野好古VS藤原純友。
いずれ、瀬戸内の海を血に染めて、雌雄を決する
ことになる、宿命の2人であった。
ちなみに、藤原純友の実家の高橋家は、
越智(おち)氏という伊予の豪族の流れだ。
「坂の上の雲」の秋山好古・真之兄弟も、
伊予の出身で、祖先は河野(こうの)氏、
これも越智氏の流れを汲む氏族であり、
何やら因縁を感じる。


このころ、真言宗の名僧、プロレスラーなみのガタイに
柔和な笑顔を浮かべた聖宝(しょうぼう)が大和の国、
吉野の金峯山寺(きんぷせんじ)を復興。
さらにこの後、大蛇と戦いながら、山上ヶ岳への
ルートを開拓、大峯山寺(おおみねさんじ)を創建。
(天神記(二)「空蝉の」参照)


8月上旬、獣心と好古は大宰府到着。
21日には、菅原道真が遣唐大使に任命される。

この頃になってようやく、獣心は好古少年の身元を知った。
「都では、大騒ぎになってるらしいぞ! すぐ帰るんだ!」
「いやだ! 海賊と戦うまで帰らない!」
そして結局、獣心の後をこっそりつけて、
対馬に渡る船に乗りこんでしまった。

日韓国境の島、対馬。
新羅の子孫である韓国は、現在でも
「対馬は韓国領」と主張している。
この国は日本に「侵略」された被害ばかりを
強調するが、実際には新羅の時代より、
日本への侵略意欲は満々である。


「私が対馬守(つしま の かみ)の文室善友
(ぶんや の よしとも)だが… 吉田神社が、
いったいこの対馬まで何用かな?」
「これは、亡き関白どのより預かりし紹介状」
国府にて、獣心は国司の善友に書状を渡す。

「いかなる時にも、この者の指示に従うように… とあるな」
いったい、吉田神社とは何なのか… 
藤原氏の祖神を祀っているだけではないのか?
「国司どの… 海賊は、もう1度この対馬を襲うと思う」
「私も同感だ。ようすをうかがっているような、
怪しい船影を沖に見る」
「ついては、1つ提案があるのだが」

国府の役人たちを全員、大至急、
極秘裏に持ち物検査をする。
「私の部下に間者(かんじゃ=スパイ)がいるというのか!?」
「それが、奴らのやり方なのだ」
「奴ら… 新羅の?」
「いや、そうではない… 「久遠の民」と称する連中だ」


抜き打ち検査の結果、獣心のにらんだ通り、
暗号通信のコード表が見つかった。
持ち主である小役人は逮捕監禁。
人気のない岬で篝火を焚き、暗号表を利用して、
沖合の海賊船団に偽の通信を送る。
その間、兵団の戦闘準備を整え、漁師や農民や
僧侶からも義勇兵を募り、砂浜に落とし穴を掘って、
迎撃態勢を整える。

「獣心どの! 大和の国より、あなたあてに馬が届きましたぞ」
「おお、雷玉弐号!! こいつがいれば、百人力だ」
24年前に活躍した、先代の雷玉と同様に、
ボンドカー並みのスーパー装備を搭載。
「うわああ! かっこいいなあ! 乗せてくれよ、獣心さん!」
「ダメだ! 好古、お前は国府でおとなしくしていろ!」

9月17日、新羅の海賊2500人が、45隻の
大型船と50艘以上の小型船で船団を組み、
対馬の佐須浦(さすうら)に来襲。
壮絶な防衛戦が幕を開けた。