将門記(一)
2、 秘密結社「久遠の民」
まだ貞観11年が続く。
冬が来た。
地震の被害にあった東北の村では、男たちが
裸になって、集団で激しく押し合っていた。
スサノオ1人を相手に100人で相撲を取った、
あの時の興奮が忘れられなかったから…
女や子供も、黄色い歓声を張り上げる。
これだけのパワーがあれば、これからもがんばっていける。
ありがとう、スサノオさま…
これが後に、蘇民将来の護符を奪い合う「裸祭り」に変化。
厄除け・豊作祈願の神事、裸の男たちが激しくぶつかり合う
天下の奇祭「蘇民祭」として、東北地方に定着する。
岩手県・黒石寺のものが、特に有名だ。
(2006年まで参加者は完全に全裸だったが、ホモの人が
集まるようになったため、やむなくフンドシ着用になったそうだ)
2008年、JR車内に吊られた祭りのポスターが「セクハラ
ではないか」と、どっかのバカが騒いだのは、記憶に新しい。
黒石寺 公式サイト http://kokusekiji.e-tera.jp/
黒石寺さん&地元の皆さん、がんばってください。
12月5日、村の男たちが多数集められ、
南へと送られることになった。
東北地方だけでなく、東日本全域で「俘囚」たちが徴兵され、
海賊の襲撃にそなえ、大宰府に配備される。
さらに12月28日、アテルイを破った名将・坂上田村麻呂の
弟の孫、坂上瀧守(さかのうえ の たきもり)が太宰権少弐に
任命され、大宰府警護のため、近衛府の兵を率いて出陣。
この年45才の瀧守のそばに、つき従う1人の少年の姿があった。
奈良の春日神社の神人を父にもつ、一昨年元服したばかりの
太岐口獣心(たきぐち じゅうしん)、16才。
少年ながら、苦みばしった男らしい顔つきに
不敵な笑みを浮かべている。
この時はまだ、眼帯はしていない。
(獣心が菅原道真の孫を養子にして、柳生一族の
源流となる話は「天神記(三)」を参照)
「権少弐さま、なぜ春日の神人のせがれなぞ、
筑紫まで連れていくのです?」
副官に問われ、瀧守は
「太政(だじょう)大臣(=藤原良房)の推薦でな…
密偵として存分に使えと」
「密偵… ですか… 確かにいい面構えをしとりますが、
まだ小僧じゃないですか…」
年が明け、貞観12年(西暦870年)。
2月12日未明。
単身、新羅に潜入していた獣心少年は、1人の漁師を連れ
小舟で脱出、大宰府へと生還した。
卜部(うらべ)乙屎麻呂(ごめん、読み方わからん…
おとくそまろ?)という名のこの漁師は、対馬海岸から
海賊に拉致され、新羅の軍事基地で捕虜として、対馬
沿岸の地形や潮の流れなど、厳しく尋問されていたのだ。
「乙屎麻呂、新羅で何を見た?」
「奴ら、でかい戦船を作ってます…
ラッパを鳴らして、軍事訓練もみっちり…
もうじき、対馬に攻めこんできますよ!」
新羅というと、現在の韓国。
この国の歴史は、どちらかというと「他国から侵略される」
部分ばかりが強調されるが、実際には小国だけに、
領土拡張欲求は非常に強い。
韓国の歴史教科書では対馬侵略・虐殺を「対馬征伐」などと
記述しているし、韓国の新聞によれば、多くの韓国人は
対馬を韓国領と考えているらしい。
この報告に衝撃を受けた大宰府、そして朝廷は、対馬守
(つしまのかみ)として最前線で防衛を担当する武人の
小野春風(おの の はるかぜ)を激励、沿岸の警備を強化、
九州の有力な神社に奉幣(ほうべい)を行う。
(奉幣とは、天皇の命で神さまに供物を捧げること)
供物といっしょに、
「日本は神の国ですから、敵国の船は神風が
吹いて沈んでしまうでしょう。
そうなるように、ひとつお願いしますよ、神さま」
というお願い文も捧げられた。
11月16日、沖ノ島、快晴、南からの風。
これで何回目になるであろうか、藤原元利万呂との
秘密の会談を終えた「糞嘗め将軍」ことホンタクは
船に乗りこみ、帆を上げた。
今日は、対馬侵攻計画の最終的な打ち合わせだった。
脱走した捕虜(乙屎麻呂)によって情報が漏れ…
加えて、在九州の新羅人たちの中に工作員を紛れこませて
おいたのだが、大宰府が全ての新羅人を東北地方に強制移住
&帰化させるという荒技に出たため、これも無駄になった。
本来なら対馬攻撃の際、この工作員たちが
大宰府に火を放つ計画だったが…
「どうもこのところ、計画が妨げられるな…」
その影に、1人の少年の活躍があることを、ホンタクは知らない。
かくなる上は、元利万呂自身が工作員となり、
大宰府を火の海とするしかない…
青ざめる元利万呂、しかし他の選択肢はなかった。
「やれやれ… 果たして、打ち合わせどおりにいくかな…」
港にほど近い小屋に、元利万呂と「謎の女」の手下
数人が残っていた。
「どんな打ち合わせをしたのか、大宰府で
ゆっくり聞かせてもらおうか」
振り向くと、1人の少年が番えた矢を、こちらに向けている。
獣心だった。
「全員、手を頭の上にのせて1歩も動くな!
あんた、こっちに来い」
元利万呂に、顎で合図をする。
「お前… 大宰府の密偵か… なぜ、私のことがわかった?」
「あんたが牒(暗号文)を新羅人とやり取りしてるのを、
大宰府の職員が気づいたのさ」
元利万呂のみぞおちに、足で鋭い一撃。
「うぐッ」
白眼をむく元利万呂を背中で受け止め、
矢を構えたまま後退、足で戸口を閉め…
閉めた戸板に向かって、矢を放つ。
「がッァー!!」
戸の向こうで、悲鳴。
あわてて戸口に殺到した手下が、手を
戸板に縫い付けられたのだろう。
森の中に、馬がつないであった。
筋骨たくましい、見るからに鍛えられた馬で、鞍の他にも
さまざまな道具や皮袋が装着してある。
ぐったりした元利万呂を後ろに乗せ、獣心が飛び乗ると、
小屋から手下たちが飛び出す。
「ハイヤー!!」
苔むした参道を馬で駆け抜ける獣心を、手下たちは走って追う。
全域を鬱蒼たる森に覆われたこの島に、
馬をもちこむ者など、普通はいない。
「待ちやがれッ」
「あのガキ、どこから上陸したのだ?」
途中から獣道にそれ、森を抜けると、獣心の
目の前に、いきなり海が。
「ドードー!」
急制動のかかった馬は、鼻先を右に向け、
断崖に沿った細い道を進む。
人間1人やっと通れるくらいの道だが、かまわず飛ばす。
追跡者たちは、森から飛び出したとたん、
1人が勢い余って、海へとダイブ。
「ギャアアアーッ」
細い道を走りながら、さらに1人が足を滑らせ、
「グァアアアーッ」
波の逆巻く岩場へ転落… 残る追跡者は、1人。
ここで、元利万呂の意識が戻ってきた…
「んん… ここは…」
元利万呂が、獣心の装束を思いきり引っ張る。
「うおッ」
不意を突かれた獣心は、海に面した側へ滑り落ちた。
が、なんとか鞍にしがみついている…
体はほとんど、崖からはみ出さんばかり。
馬の疾走は止まらない。
体を起こして、鞍にまたがった元利万呂が、手綱を
引いて止めようとするが、獣心以外の指示には
一切従わないよう、調教された馬である。
「クソッ…」
元利万呂は、鞍からぶら下がっている獣心に、
何度も蹴りを入れる。
死ね、このクソガキ… こいつを殺らねば、俺は破滅だ…!!
獣心は馬の腹にしがみつき、その位置から馬を操っていた。
元利万呂は短刀を抜き、獣心の手に斬りつけん
とするも、刃が届かない。
獣心、その手首をつかみ、引っ張る。
鞍からズレ落ちる元利万呂。
「ひいいッ」
鞍から落ちかかってる男と、腹に貼りついた少年を乗せ、
馬は疾走する。
獣心は元利万呂の足をつかみ、腰の帯をつかみ、肩をつかみ…
「やめれ! 落ちる! 落ちるうーッ!!」
ついに馬上に這い上がる獣心、その時…
最後の追跡者は、猛ダッシュをかけ、
ついに馬の尻に飛び乗ると…
後ろから獣心の首に腕をからませ、締め上げる!
「ぐはッ」
断崖絶壁を走るノンストップ超特急と化した、馬上での格闘。
だがついに、獣心の肘が、男のこめかみにヒット。
「うああああああああああッ」
男は逆巻く海へと投げ落とされ、その巻き添えをくって
手を離した元利万呂の襟首を、間一髪、獣心がキャッチ。
引き上げた時は、再び意識を失っていた。
「行くぞ、雷玉号!!」
疾走するその先は、海に突き出た台地と広がる大海原、
そして北へ向かって出向する戦船。
台地の先端から、海へ向かって馬ごとジャンプ。
鞍に装着した大きな巻物が広がって… 巨大な凧となった。
追い風に乗って、空中を戦船の方へ、滑っていく。
「なんだ、あれはァーッ」
船から矢がいっせいに射られるが、逆風なので威力がない。
船上に着地したパラシュート馬は、甲板を
縦横無尽に走り回り、大混乱に。
油の詰まった皮袋を投げつける獣心、さらに火種が…
戦船は、たちまち炎に包まれた。
「何事だァーッ」
愛人とスウィートな時をすごしていたホンタク将軍だが、
たまらずに船室から飛び出す。
その胸に、獣心の投げつけた剣が突き立つ。
「グェーッ!!」
そのかたわらに立ちつくす、異国風の衣装の愛人女性を
かっさらい、獣心は馬ごと、海へとダイブ。
「心配は無用、この馬は泳ぎが得意だからね」
その背後では、炎の地獄と化した戦船が、
阿鼻叫喚の断末魔を上げていた。
手足を縛り上げた元利万呂を回収し、馬と愛人を
小舟に乗せ、博多津へと向かう。
「勇敢な少年だこと…」
舟の上で、獣心は初めて女を知った。
脳天を貫くほどの快楽の渦に、ついに意識が飛んでしまった…
最後に見たものは、女の股間からのぞいている、
巨大なナメクジ…
獣心を見下ろす女の目には、かすかな優しさがあった。
「私の準備した作戦を台無しにしてくれて…
本当なら命をもらうところだけど。
右目だけで… 許してあげる」
激しい痛みに、獣心は目を覚ました。
女と馬が消えている。
「バカな… あの馬は俺と親父以外には御せないはず…」
血塗られた顔をこすり、やがて視界が狭いことに気がつく。
「……ッ!!」
11月17日、大宰少弐・藤原元利万侶は逮捕された。
馬に引きずられ、全身ボロボロだ。
(女が舟で彼の口を封じなかったのも、
どうせ死ぬと考えたからだろう。)
しかし元利万侶は命を取りとめ、「謎のナメクジ女」に
惑わされていたと告白。
女が口にした「久遠の民」とは、何を意味するのか。
獣心は、右目を失ったショックよりも、女の色香に
迷わされ、醜態を演じたことに屈辱を感じ、
激しい怒りに苛まされていた。
必ず、あの女を探し出す… そして、黒幕を突き止めてやる…
12月2日には、上総(かずさ)の国(=千葉県中部)で、
俘囚が叛乱を起こす。
背後には、弓削部虎麻呂(ゆげべ の とらまろ)という
男の影があった。
近畿地方から東北へ移住した家系の農民で、先住民の
言葉に通じ、これまで数々の反乱を扇動してきた
「アジテーター」として、マークされている。
8世紀末ごろの記録に名を残している人物なので、
この貞観12年には100才を越えているはずだが…
見た目は40才くらいの、ハゲ上がった中年オヤジである。
「ほお… そいつは大したガキだな。俺も顔を拝んでみたい」
並んで囲炉裏端に腰を下ろし、酒を酌み交わす相手は、
例の「ナメクジ女」であった。
「悠久の時を生きる、我ら「久遠の民」…
いつかは出会うこともありましょう… でも、その時こそは…
命を取らずにはいきますまい」