小町草紙(二)
15、 摂政(せっしょう)
天安2年(西暦858年)の正月、太政大臣・良房(55)
の邸に、親戚一同が集まった。
宴も終わり、客たちも引き上げ…
最後まで残ったメンバーが、離れに移動する。
「ここならば、話を聞かれる心配もない」
身内の中でも特に信頼できる、「チーム良房」ともいうべき顔ぶれ。
妹の順子(50、皇太后)と、そばに控える高子(17)。
今や良房の分身ともいえる、後継者・基経(23)。
そして21才になる女官・藤原淑子(よしこ)、
基経の腹ちがいの妹だ。
見るからに怜悧な、色気をまったく感じさせない端正な顔立ち。
「良相(よしみ)の叔父さまが、この場にいらっしゃらない
とは、残念なことですわね」
「あいつは、我が家の酒が口に合わないそうだ」
右大臣である弟の良相は、すでに切ったということ。
「高子… しばらく見ない間に、きれいになったな」
妹を見つめる基経の瞳には、明らかに恋慕の情が
あると、淑子は見てとった。
(へー、前から妹バカと思ってたけど…
兄さん、高子さんのこと… 本気なんだ)
「みんな、今年はいろいろと大変な年になるぞ。
これからのことを話しておこう」
良房は、さすがに帝に毒を飲ます件については伏せたが、
1、いずれ惟仁(これひと)親王が即位したら、
自分に全権を委任してもらう予定であり、
2、高子は惟仁に入内、男子を産んでほしい。
3、順子と淑子は、高子と生まれてくる子を、
全面的にバックアップすること。
4、基経は良房の後を継ぎ、いずれ帝となる高子の子を補佐せよ。
といった、計画を話した。
着々と実現の日が迫り来る、壮大な「藤原家権力独占構想」に、
一同は熱くなった。
ただ1人、人形のように無表情な高子を除いては…
同じころ…
髪を落とし、仏の道に生きる太皇太后・正子の御殿では…
(お母さま… あなたほどの人が、どうしてこのような過ちを…
あなたの見こんだ藤原良房は、あなたを裏切り、
橘氏を切り捨てました…)
正子の母、檀林皇后(だんりんこうごう)・橘嘉智子(たちばな
の かちこ)は、良房を重用し、彼の出世の道を開いた。
(それなのに… 順子さん、あなたまで… 許せない…)
かつて皇太子だった正子の息子、恒貞(つねさだ)親王は、
順子や良房、母・嘉智子の仕組んだ謀略によって、廃位となる。
(842年:承和の変)
かわって立太子された順子の息子・道康親王が、
現在の文徳天皇である。
この辺りの流れは、「摂関政治の始まり」として試験にも
出るので、しっかり理解しておきたい。
だが息子の将来を潰され、母の願いも踏みにじられた
正子は、試験どころではないのだ。
(この恨み… 晴らさずにはおかぬ…)
「お呼びでございましょうか… 死水尼でございます」
訪ねてきた年老いた尼僧に、正子は率直に切り出した。
「太政大臣・藤原良房を、亡き者にしてもらいたい」
「そ、それは… さすがに… そこまでの
重大なご用、私の一存では、なんとも…」
さすがの死水尼も、うろたえてしまう。
「本山の大僧正に確認を取らねばなりませぬが、
聞かずとも答はわかっておりまする…」
「やはり、ダメか… 根黒衆(ネグロス)といえども…」
ため息をつく正子。
「誠に失礼ながら… それだけの大仕事に見合う、
金銀はおもちなので?」
「見くびるな、多少の貯えはある。それに嵯峨(さが)の帝から
譲っていただいた離宮もあるし… あれを売り払えば…」
死水尼は、正子が気の毒になってきた。
「それならば… おそれながら、この婆の思うところを、
申しのべさせていただきますじゃ。
貯えの金銀を使い、その離宮を寺に改装なさるが良いでしょう。
浄土へ旅立っていった人々の、魂の安らかなることを祈り、
俗世の政治のことなど、一切忘れるのです。
太皇太后さまほどの、お麗しい方が… まして、おぐしを上げ、
仏道に入ったお方が、根黒衆を使おうなどと、血生臭いことを、
お考えなさりますな…」
その言葉に、正子は涙を流した。
私は浅はかだった… いつか、この老婆に
言われたことを実行しよう…
嵯峨野(さがの)のあの離宮を、お寺に…
こうして誕生するのが、時代劇ファンには
おなじみ(笑)、大覚寺である。
必殺シリーズのロケ地にもなっているが、
創建はもう少し後のこと…
そういえば、最近やってる「必殺仕事人2009」、
けっこういいですね。
出演者がジャニーズばっかりということで、
嫌ってる方もいるようですが、
映像もきれいだし、ひか○一平の出てた頃よりいいんじゃない?
4月、獄中で紅蓮は男児を出産、そのまま死亡した。
「なに? 女盗賊の子か? どれどれ、ワシが育ててやろう」
処分に困った牢役人から、死水尼は
赤ん坊を払い下げてもらった。
「いい外道人になるだろうよ… それにしても、
父親はいったい誰かいな?」
黒主と紅蓮の間に生まれた、異様に肌の白い赤子。
成長後、外道人の組織を抜け、両親と同様、盗賊となる。
その名を鉄丸(くろがねまる)… 後の「百足(むかで)」である。
8月、帝が突然、意識不明となった。
神護寺の高僧・真済(しんぜい)が召し出され、
病魔降伏の祈祷が始まる。
「みごと帝の病が快癒すれば、我ら紀氏の名が上がるな!」
「たのむぞ、松永! 俺たちの未来は、お前にかかってるんだ!」
エリート僧・真済は、本名を紀松永(き の まつなが)
といい、紀一族の期待の星だ。
「御位争い」に敗れて以来、紀氏はパッとしない。
真済が帝の命を助ける → 真済、超出世する
→ 他の紀氏も、コネで要職につく
こんな甘い未来を夢見た者たちがいても、不思議ではない。
だが、結果は…
27日、文徳天皇、32才の若さで崩御。
真済は祈祷に、まったく身が入らなかった。
一陣の風が吹いて、めくり上げた御簾(みす)の向こうに、
はかなく淡い美貌の女人を見てしまったから… 皇后・明子。
真済59才、運命の恋。
もっとも、毒素が体内に限界を超えて蓄積され、
中毒症状を起こしたわけだから、祈祷で直す
のは、始めから難しかったろう。
真済の名誉も出世も永遠に失われ、
一族からは轟々たる非難を浴びた。
わずか9才の皇太子、惟仁親王が践祚(せんそ)する。
践祚とは、三種の神器を受け継ぎ、天子の位につくこと。
「ぼく、どうしたらいいんでしょう、お母さま」
オドオドする惟仁、だが母の明子も、ボヤ〜っとした人。
「さあ…?」
そこへ、やる気のなさそうな青年が現れた。
「ただ堂々と、座っておればよいのですよ、新しい帝(´-ω-`)」
「あら、高望(たかもち)さま…」
平安京を開いた桓武(かんむ)天皇の孫(あるいは曾孫)、
高望王20才。
(こんな幼い子供が皇位につくとは、この国の
歴史始まって以来のこと…)
どうせ良房の操り人形だろうと思うと、あまり敬う気にもなれない。
(ダメだな… 都も、もうダメだ…)
その時、突然… 惟仁が、高望の足を蹴り飛ばした。
「ぼくを上から見下ろすな」
臆病な惟仁が、せいいっぱいの威厳を見せ、震える声でささやく。
「(゜o゜)……」
驚いた高望は、思わず膝を屈する。
驚いたのは明子も同じ、わが子のこんな行動は、初めて見た。
いったいなぜ…?
惟仁VS高望、お互い自分でも理由のハッキリしない敵意に
駆られ、殺気のようなオーラを発して、にらみあう。
それは運命…
お互いの子孫が、日本の命運を賭け、
血みどろの戦いを繰り広げる…
そんな未来を予感していたから。
惟仁の子孫、すなわち清和源氏 VS 高望の子孫、桓武平氏。
「祗園精舎(ぎおんしょうじゃ)の鐘の声、 諸行無常の響きあり…」
清盛の栄華も、頼朝と政子の炎の恋も、牛若丸と弁慶の
運命の出会いも、義仲と巴の別れも、静の悲劇も、壇ノ浦も、
全てが… この2人から始まるのだ。
同日、太政大臣・藤原良房、日本史上初の
(皇族以外の)摂政となる。
「摂政」とは、天皇が幼少だったり病弱だったりした時、
天皇の代理を行う役職。
実は良房の摂政就任は、この858年説と866年説が
あって困っちゃうんだけど、8年後の866年に、正式に
「天下の政(まつりごと)を摂行(せっこう)せしむ」という
詔(みことのり)を受けるので、試験に出た時は、
「866年」と答えるのがベター。
「ハム無理に食う、摂政就任」(866年、摂関政治の始まり)
といっても実際は、すでにこの時点(858年)で良房は摂政だ。
「バッチこい! やっぱり良房、摂政だ」
(858年、良房が実質的な摂政となる)
後継者の基経は、後に日本最初の「関白」となるわけだが
(天神記(二)「無顔」参照)、「摂政」と「関白」の違いは
押さえといてね! 試験に出るよ!
こうして良房はついに、権力の頂点まで登りつめた。
良房の陰謀の原点である「承和の変(842年)」から、
16年が過ぎていた。
しかし弟の良相を含め、まだまだ手強い
ライバルも多く、油断はできない。
彼の野望が完成を迎えるのは、さらに8年後、
「応天門炎上事件(866年)」の時である。
(天神記(一)「伴大納言」参照)
9月2日、インチキくさい陰陽師・滋岳川人(しげおか の
かわひと)が、太秦(うずまさ)の地で、地神の怒りに触れ、
追いかけられたと記録にある。
(天神記(一)「陰陽師」参照)
11月7日、惟仁親王が第56代・清和(せいわ)天皇として即位。
即位とは、「即位の礼」を行って、新しい天皇の
誕生を天下に知らしめること。
帝の生母である明子は、皇太夫人(こうたいぶにん)
の位を受ける。
同じころ、おにぎり頭の円珍が、唐より帰国。
帰りの海上で、「新羅明神」に遭遇するという
ビックリ体験(天神記(一)「新羅明神」参照)
もあったが、どうにか無事に都に到着、朝廷と
比叡山に対し、帰還の報告をした。
右大臣の良相は、右京職(うきょうしき)の藤原元利万呂
(もりまろ)を円珍のもとに派遣、その労をねぎらった。
この元利万呂という男、今から11年後に新羅のスパイに
なるとは、さすがの円珍も見抜けなかったようだ。
(将門記(一)「蘇民将来」参照)
そのころ明子との恋に狂った真済は、獣のように高雄山中を
さまよい、雑草をかじりながら、激しい祈祷に打ちこんでいた。
「明子さまを我が妻に… 我が妻にイイイィッ!!」
もちろん、皇太夫人となった明子を、妻にできるわけがない。
そしてある日、几帳の中で明子を犯す夢を見る…
そして、真済との宿命の戦いが待ち受ける、もう1人の
高僧・相応(そうおう)は、現在28才、比叡山で
厳しい修行に打ちこんでいる。