小町草紙(二)





13、 石上(いそのかみ)にて




斉衡3年(西暦856年)の続き。

この年の3月には、各地で地震が相次ぎ発生。
都も被害甚大、小町バッシングどころではなくなってきた。

盗賊たちにとっては、火事や地震は、荒稼ぎのチャンスである。
倒壊した邸から、たんまりお宝を運び出し、
黒主はアジトに戻った。
「今日も大漁だったよ… フフフ」
「お疲れさん」

風呂と食事の後、いつものように紅蓮を抱く。
「…どうした? 最近、物思いにふけることが多いようだ」
「私、何をしてるんだろう… あんたを
こんな道に引きずりこんで…」
「また、その話か… 盗人が、盗人に戻っただけじゃないか。
俺の体には、汚い血が流れてるんだ…」

「ちがうよ! あんたは、こんなところで終わる人間じゃない!」
「紅蓮…」
お互い、相手が死ぬほど愛おしく感じられ、体をむさぼり合う。
だが同時に… 別れが近いことを、2人とも予感していた。



遍昭の住む石上寺には、数奇な因縁に
よって葬られた、数々の仏が眠る。
死水尼(しすいに)は、4つの小さな無縁仏に
手を合わせていた。

奈良の仏師、闇黒… 現代に伝わる数々の名作を残し、
最期は神護寺の本尊を自らの血で荘厳、息絶えた。
その素性は、盗賊3兄弟の長兄… 多襄丸や黒主の兄である。

その養女、かる女… 実は多襄丸の娘、闇黒の命令で川原に
捨てられたが、不思議な運命で、闇黒に拾われる。
最期は隣家の猛犬に噛み殺されるという、悲惨なものだった。

根黒衆から外道人に転落した、若き殺し屋・蛇骨…
「蟹の恩返し」のきっかけを作り、清乃をさらい、
最期は聖宝に殺された。
後に死霊となり、菅原道真によって召喚される。

蛇骨の妻、薄幸の美女・清乃… 
多襄丸の娘、かる女の実の姉である。
夫ともども、東大寺で聖宝に殺される… 
が、後に「清姫」となって転生。

「みんな… 次に生まれてくる時は、ヤクザな稼業に
手え出すんじゃないぞ… といっても、1度まとわり
ついた因縁は、来世でも絡んでくるだろうが…」
今まで配下にした中で、最高のチームだったと
死水尼はしみじみ思う。

思えば、この4人の外道人たちが多襄丸一味を仕留め、
人質となった小町を救出。
あの事件がきっかけで、小町は世に出たのであったな…
その小町ブームの終焉が、この寺の住職の弟を
死なせてしまった、「百夜通い」のスキャンダルとは… 
運命とは皮肉なものである。


この後、死水尼は遍昭に誘われ、本堂の縁側で
昼間から酒を飲む。
「おや、あの女人は…」
今日も、なず菜が通ってきて、本堂で熱心に祈りを捧げている。
あれ以来、毎日…

「近くの集落から、夫の無事を祈りに、毎日通ってこられるのです」
「ほう、それはまた感心な…」
死水尼は思い出す、かつて自分にも、夫というものがいたことを。
(あのナメクジの化物、まだ生きてるかいな… 
生きていたとしても、浮気なぞできんわな。
なにせ、イチモツを… クックックッ… 
このワシが、切り落としてやったからな…)

その夫が、今は海牛道人と名乗り、自分が甲賀に
送り出した曠野(あらの)に陵辱の限りを尽くし、
ついに死に至らしめたとは、露にも知らない。
そして、夫との間に生まれた息子が、今や見るも
グロテスクな姿となって、根黒衆の任務について
いるとは、夢にも思わない。


数日後… 今度は、細面の美女が、墓参りにやってきた。
紅蓮が手を合わせるのは、無名の小さな墓標… 
養父にして愛人・多襄丸の墓である。
その隣には、敬愛する女主人・曠野の墓として作った、
小さな土まんじゅう。

多襄丸が旅行中の曠野の父を狙い、それが彼女の没落の
きっかけになったことを、紅蓮は知らない。
この寺の住職の弟が、「対策本部長」として
黒主を追っていたことも知らない。
まして、多襄丸に引導を渡した外道人たちの墓が、
同じ敷地内にあるなんて… 作者しか知りません

紅蓮は、決意を秘めた眼差しで、顔を上げた。
「お頭… 私、決めたよ」
そんな紅蓮の横を通って、今日もなず菜は、本堂に通う。



夏のある日、黒主がアジトに帰ってくると、空き家となっていた。
家具調度一切が消え、がらんとしている。
「そうか…」
もう2度と、会うことはあるまい… 
黒主は土間に尻をつき、1人うなだれていた。



7月7日、権中納言・藤原長良(ながら)が病没。
娘の高子(15)は、目に涙をためてはいたが、
人形のように無表情のままだ。
今は良房の養子となった兄の基経(21)が、
その肩を優しく抱きしめ、
「心配するな… 今後のことは、兄さんが考えてやるからな」

すでに、手は回してあった。
葬儀に参列した皇太后・順子が、高子の
手を取り、優しく声をかける。
「喪が明けたら、私のところへいらっしゃい」
順子は長良・良房の妹であり、高子の叔母さんに当たる。
一見癒し系だが腹黒の順子、高子の
性格にも多大な影響を与えることに。



秋となり…
「あの… 石上寺というのは、このあたりでしょうか?」
通りかかった女乗り物の中から、なず菜は声をかけられた。
「すぐそこですよ。私もお参りするところ
ですので、ご案内しましょうか?」
都めいた車だけど、中の方はどなたかしら?

遍昭が迎えに出るなり、車の中から飛び出した女は、
「遍昭さま… お会いしたかった!」
熱い抱擁。
(あらら…)
見ては悪いと思いながらも、遠目にチラチラと見てしまうなず菜。

「小町どの… とうとう、ここを探しあてましたか」
「あの… 少将さまのことですが… 
なんと言ってお詫びすればいいのか…」
「あいつはきっと、あなたのことを夢見て死んでいったのでしょう。
最高に幸せな往生を遂げたのですよ」

なず菜はとりあえず本堂にこもったが、2人の
会話が気になって、集中できない。
(まるで物語に出てくる男女のように、絵になる2人…)
小町と遍昭は、恋人というよりも、古い友人同士のように見えた。
話しているうちに、小町の心が軽くなって
いくのが、手に取るようにわかる。

夕暮れの頃には、小町はすっかり打ち解けて、
昔のペースに戻っていた。
「こんな田舎に引きこもって、どうやら真面目に
修行してらっしゃるようですね」
「もちろんです! 艶めいたことなど、これっぽっちも考えません」
「へえ〜… じゃ、試してみようかな」
いたずらっぽい笑みを浮かべる小町。

岩の上に 旅寝をすれば いと寒し 
苔の衣を 我にかさなむ

(今夜の宿もなく、岩の上で夜を明かすのは、とても寒い
でしょうね。あなたの苔の衣(=僧衣)を、私に貸してくださいな)
「岩の上」は、「石上」にかけたシャレ。

この小町の歌に対し、遍昭は即座に返した。

世をそむく 苔の衣は ただ一重 
かさねばうとし いざ二人寝む

(苔の衣は、ただ一重しかありません。かといって貸さないのも
心苦しい。いっそ、2人でいっしょにくるまって寝ましょうか)
「かさねばうとし」は、「貸さねば」と「重ね(男女が
重なりあってHすること)」を掛けてる。

「もう… 遍昭さま…」
出家はしても、じゅうぶんチョイエロ親父で
ダンディーな遍昭に、小町は笑ってしまった。


寺に泊まるよう勧められたが、小町は固く断った。
万が一にも、遍昭と男女の仲になってしまったら、
死んだ安貞にも、遍昭にも申し訳ない。
「じゃあ、業平の実家にでも泊りますか?」
「ウッ それはちょっと… いいです。奈良まで戻ります」
結局、なず菜の家(神社)の世話になった。

その夜、なず菜は小町の夕食の用意をしながら、
「あの、小町さま… 男女の道について、お尋ねしたいことが」
「ギクッ な、なんでしょうか?」

小町のことを、ユーミンみたいな恋愛教教祖(笑)のように
思っているなず菜は、夫の浮気について相談してみたが…
「男なんか、頼らなければいいじゃない?」
「はあ…」



冬が来た。
なず菜の夫・櫟丸(いちいまる)は、行商の道筋にある
大阪府八尾市、高安の里に浮気相手の愛人がいた。
しかしこの女、初めのうちは上品ぶっていたものの、
ある時、ボロを出してしまう。

上品なレディーなら、ご飯は下女によそってもらうべきなのに、
うっかり自分でお櫃から器に、飯を盛ってしまったのだ… 
って、それぐらいいいだろ。と思うのだが、櫟丸は女に愛想が
尽きてしまい、なんとなく、ほったらかしの妻が恋しくなってきた。

ところが、ここで良からぬ噂が耳に入る。
妻のなず菜が… 毎日化粧して、ダンディーな
遍昭法師のいる石上寺へ通っていると…
「あいつ、浮気してんのか? 許さん…」
自分のことは棚に上げ、妻の浮気の現場を
押さえてやろうと、作戦を練る。

夜闇に紛れ、こっそりと石上の実家に戻ると、翌朝早くから、
茂みに隠れて、なず菜の家を監視する。
まもなく、きちんとした身なりで、すっきりと
化粧をした妻が出てきた。
思いつめた表情で、まっすぐに石上寺へと向かう。

(やはりな…)
こっそり尾行する夫は、本堂に上がりこむ妻を目撃。
(きっと、あの中でエロ坊主と…)
忍び寄って、中をのぞきこむ。

と… そこには、一心不乱に祈る、妻の姿があった。
「夫が、事故にも物盗りにも合わず、無事に1日を
過ごせますように… この寒空の中、女のもとへ通って
いるのだろうけど… 風邪などひきませんように…
あの人が元気でいてくれるなら、それだけでいいんです…
風吹けば 沖つ白浪 たつた山 
夜半(やは)にや君が ひとりこゆらむ


日が暮れるまで、そんな妻を見守っていたが、
櫟丸の顔は、グショグショに濡れていた。
この人に寂しい思いをさせて、俺は今まで… 
何をやっていたのだろう…

ちゃら〜らら〜 ちゃららららら〜らら〜 
ちゃららららら〜らら〜 ちゃりらりらり〜らら〜る〜

※BGMの演奏は、ポール・モーリア楽団でお送りしております。
まさしく、なず菜こそ… オデュッセウスの貞淑な妻、
ペネロープの転生だったのだ。

「だれ? そこにいるのは?」
ついに、バレた。
「や、やあ…」
少年時代に戻ったような照れ臭い気持ちで、夫は姿を現す。

それを見たとたん、妻の心には今までの不満が
あふれ出し、素直にはなれなかった。
「べ… 別にあんたのこと心配して、祈ってた
わけじゃないんだからね!」
プイと顔をそむけるが、思わず涙がこぼれる。
「ごめん… 今まで…」
うなだれるしかない夫。

振り向いた妻は、涙に潤んだ瞳で、夫を見上げる。
「ほん… と…?」
その顔が、たまらなくかわいかったので、夫は思わず

萌え萌え〜 キュン