小町草紙(二)





12、 百夜通い(ももよかよい)




良岑安貞は、またしても賊を逃がしてしまった。
「今後は、盗賊団の追跡は左近衛府が担当する。
君は鞭で受けた傷が癒えるまで、自宅療養したまえ」
「(;ω;)わかりましたお…」
対策本部長の任を解かれ、体にも心にも傷を負い、
安貞は深草の邸に引きこもる。

その夜、安貞は夢を見た。
いつだったか、不審人物として職務質問した黒主… 
剣で切り結んだ赤ひげの武士…
「盗賊の首領と、黒主が似ている」という、小町の報告…
夢の中で全てグチャグチャに混ざり合い、
目が覚めた時、ひらめいた。

「(゚ω゚;)まさか… あの武士が黒主かも?」
安貞は黒主の顔を、ハッキリとは覚えていない。
誰か、黒主をよく知る人物は… 
兄(遍昭)は今、都を離れて修行中だし…
そうだ、ちょっと山科まで足を伸ばし、
小町のところへ行ってみようか。


「(・ω・)すみませんが、黒主の人相風体を、詳しく教えてほしいお」
「まあ、少将さま… そのお怪我は?」
小町はできるだけ細かく黒主の特徴を話し、安貞は確信を深めた。
「(゚ω゚;)やっぱり… あいつだお… さっそく、上司に報告するお!」
「あ、少しお待ちくださいな」

小町はいったん奥に引っこむと、小さな匂い袋をもってきた。
「この件では、すっかりお世話になってしまって… 
これ、私の手作りなんですが、よかったら、
どうぞお使いくださいまし」
ふだん男に対しては見せないような、優しい笑みを浮かべている。

歌の師匠で初恋の男である宗貞(遍昭)の弟ということで、
親しみを感じていたし、仕事熱心だが、どこか抜けてる
ところも憎めないし、色恋沙汰には無縁そうで、安心して
接することができる… それが安貞だった。
「(´;ω;`)うれしいお… 女の人から贈り物を
もらうのは初めてだお」

小町はクスクス笑い、
「またまたー。おモテになるんじゃないの?」
安貞は小町の笑顔を見て、なんて華やかで
美しい人なんだろうと、あらためて思った。
ものすごくプライドが高く、男なんて相手にしないと聞いていたし、
まして自分なんか、並の女にも相手にされないし…
そういう目で小町を見たことは、今までなかったのだが…

「(・ω・`)あ、そうそう。ナリさんには伝えておきましたお…」
小町のメッセージを伝えた時の、業平の反応は、そっけなかった。
今ではもう、小町のことも黒主のことも忘れ、相変わらず
蝶のように、美女から美女へ飛び回っているが… 
そんなこと、小町には言えない。

「(・ω・`)小町たんは、ナリさんが好きなんでしょ?」
「別に? ぜんぜん興味なし」
「(゚ω゚'')そうなの?」
「そうですよ。今は、特にだれも… 
しいて言うなら、歌が恋人かな? あと、姉さま」
舌を出してニッコリする小町は、10代の娘のようにかわいかった。
安貞が、恋に落ちた瞬間だった。

「(>ω<;)た、立ち入ったこと聞いてしまい、すまなかったお!
すぐに役所に向かうお」
「また遊びに来てくださいね、少将さま」
誘惑を断ち切るように、安貞は小町の家を後にした。
だが、右近衛府の役所では…


「君はもう、このヤマから外されたんだよ? 
なんで家で大人しくしてないの?」
「(゚ω゚'')でもオヤッさん、黒主の行方を…」
「考えられないよ! いくらなんでも、歌詠みが盗人だなんて… 
それに黒主の後見人だった伴善男は、右大臣(藤原良房)の
覚えもめでたく、「続日本後紀」の編纂委員にも選ばれているんだ。
確かに黒主のしたこと(歌合せでのズル)は許されないが、
あいつのことで騒ぎ立てるのは、右大臣も喜ばないだろうね… 
黒主のことは、忘れるんだ。」

「(;ω;)くやしいお…」
安貞は、自宅でヤケ酒をくらうしかなかった。
小町のためにも、黒主を捕らえて裁きを受けさせたかったのに…
「(;ω;`)そうだ… 小町たんとこ、いこ…」
今は旧暦の9月半ば、秋も深まり、紅葉まっさかりのころ。


「少将さま? お酒召し上がってらっしゃるんですか?」
「(;ω;)ごめんなさい… 黒主を追求するなって、上司が… 
権力の黒い罠が…」
「とにかく上がって、火におあたりください! そんな薄着で…」

火鉢にあたってメソメソ泣いている安貞に、
小町は自分の夜具をかけてやった。
「気にしないでください。どうやって黒主が私の歌を事前に
知ったのか見当ついたし、私はこれでじゅうぶん。
それに、長いものには巻かれろって言うしね」

「(;ω;)小町たん…」
「なーに?」
「(;ω;)私の妻になってほしいお」
「はいは… えええっ!?」

小町は、言葉につまった。
これはイカン、優しくしすぎてしまったか…
それにしてもプロポーズするのに、恋の歌ひとつ送って
よこさずに、面と向かってコクるとは、この時代とんでも
ない恋愛マナー違反で、無粋なやり方である。

「うーーーーーーーん」
何百人という男の求愛を断ってきた断り名人の小町も、
さすがに今回は長考に入った。
「(;ω;)ダメ?」
「そうですねえええええ、そのー… なんていうか…」
はっきり言って、恋愛対象外である。

だが、それをはっきり言えば、安貞が傷つくし
(決して安貞が嫌いなわけではない)、それに
相手と同レベルの無粋な断り方になってしまう。
都人が「恋の教科書」とするような歌を詠む小町が、
「ごめんね、お友達でいましょう」
みたいな月並みな返事では、名誉にかかわる。

「そうだな… 少将さまのお気持ちが、嘘いつわりの
ない誠だと、証明してくれるなら…
例えば、明日から毎晩… そう、100日! 
100日の間、通ってくださるなら…
奥さんになってあげてもいいかなー、なんて」
「(`・ω・´)100日! 100日目に、
ホントに妻になってくれるお?」
もちろん、これは婉曲に断ってるのだが、
安貞には通じないようだ。

「1日でもサボったらダメなんだからね! 
ちゃんと通ってきた証拠に、何か… そうだ、榧(カヤ)の実を
1日1つ、塀の上に置いてくださいまし」
どうせできっこない、途中であきらめるに決まってると、
小町はタカをくくっている。
「(`・ω・´)やるお! 絶対100日通いますお!」



あっというまに、98日が過ぎた。
12月のある日… 小町は98個の榧の実を並べたザルを
見下ろし、ブルーというか、暗黒に包まれて固まっていた。
(゚ ロ ゚'')マジヤバ…

「だが、しかし! 天は我に味方せり!」
外では、猛吹雪が吹き荒れている。
「さすがに、あの鈍感男もあきらめるでしょ…」
「そうかな? おねえちゃん、来ると思うよ?」
操は、期待に目をキラキラさせている。


期待通り大雪の中を、安貞を乗せた牛車は
1歩1歩、風に逆らって進んでいた。
「(`・ω・´)あと、明日ひと晩… 絶対、絶対あきらめないお…」
自宅から小町邸まで、約5kmの道のりを毎晩通い、
榧の実を置いては帰る。
車に乗っているとはいえ、秋から冬の寒い夜を何時間もかけて
往復する苦行は、確実に安貞の健康を蝕んでいた。
(牛と牛追いはもっと大変だが、こちらは交代制)

「(>ω<;)明日の晩には、小町たんが妻に
なってくれる… あきらめない…」
風邪を引いたのは何日前のことか、覚えていない。
7日前からは咳が止まらなくなり、3日前からは
40度を超す高熱があった。
だが、あと今夜と明日を残すのみ…


操が寝る前に、塀の上を確認したところ、榧の実はなかった。
「あらら… 98夜で挫折か… でも、よくがんばったよ」
この知らせを聞いて、小町は地獄で仏に救われる思いだった。
これで今夜は、ぐっすり眠れる…

だが、夜中に…
「大変です! 門の前に、少将さまの牛車が…」
凍死寸前の牛追いが、助けを求めてきたらしい。
「そ、それで少将さまは!?」

侍女の報告は、小町を奈落の底に突き落とした。
「お車の中で… 骸(むくろ)となってらっしゃいます…」
99個目の榧の実を握りしめて…



深草少将こと、良岑安貞の葬儀が済んで、年が明けた。
斉衡3年(西暦856年)。

安貞の兄・遍昭から小町に、短い手紙が届いていた。
弟の求愛に、遠回りな断り方をしたのは、あなたの優しさ。
それにも気づかず、愚直のあまり命を
落としたのは、弟自身の責任。
愚弟のために、あなたが責任を感じる必要はまったくない…
そんな内容だった。

だが、そんな言葉も届かないほど、
小町は自己嫌悪のどん底にいた。
私の浅はかなふるまいが、少将さまを殺してしまった…
命を落とすほど、私のことを思ってくれていたのなら、
妻になってあげればよかった…
姉の胸にすがって、泣きじゃくる毎日。

歌も、まったく作れなくなった。
世間では安貞に対する同情から、小町バッシングが始まる。
「いくら男につれない女といっても、今回はひどすぎる」
「どんな美女だろうと、いつかは汚いババアになるんだ。
年老いて、誰にも相手にされなくなって、
みじめな思いをするといい」



大和の国、石上集落にも「百夜通い」の噂は伝わっていた。
「命をかけて、1人の女性への思いを貫き通す… 
そんな男がいるんだ…」
うらやましい… と、思わずにはいられない、なず菜であった。
「私の夫は… 夫は… もう…」

夫の櫟丸(いちいまる)は、今ではもう月に数回、
顔を見に来る程度である。
名ばかりの夫婦であった。
あの井戸のそばに並んで、背比べをしたのも、
今となっては遠い日の幻。
「私の夫は今… どこで、誰といっしょにいるのだろう…」

そんなある日、母親が驚くべき情報を聞きこんできた。
この集落のすぐ近く、布留(ふる)の里にある
石上寺(いそのかみでら)に、昨年より住み
ついた坊さんがいるのだが、
「たしか… 円仁さまのもとで修行した、
遍昭法師… でしたっけ?」
「そう、その遍昭さん! 例の「百夜通い」のお兄さんだって!」
「へー…」


布留の里というと、現在では天理教の本部や関連施設が
ズラリと並び、すごいことになっている。
決してミーハーな気持ちではなく、純粋に話を聞いてもらいたくて、
なず菜は、石上寺に遍昭を訪ねてみた。
「どうしたら、夫の愛を取り戻すことができるのでしょう…」

「なるほど…」
良岑宗貞(よしみね の むねさだ)、先の帝・
仁明天皇の蔵人にして親友。
小町の師匠であり、初恋の男… 
「天つ風…」の歌を、百人一首に残す。
仁明帝の崩御とともに出家、今は遍昭と名乗る。

なず菜の話を聞き終わって、目を閉じる。
「ありがちな話ですな… 男なんて、自分のことしか考えない
生き物ですから。奥さんの魅力や財産がなくなれば、
さっさと他の女に乗り換えるでしょう」
「そんな、ひどい…!! 私はこんなに夫のことを
思っているのに… ひどいです!!」

「でもね、奥さん… 奥さんの方だって、
自分のことしか考えてないんじゃないの?」
「え? どういうことですか?」
だんだんワイドショーの電話相談のようになってきた
遍昭&なず菜であった。