小町草紙(二)





11、 偸盗(ちゅうとう)




その後、いよいよ都にくり出し、大きな邸を襲撃する。
黒主に割りふられた役目は、近隣の邸に
泊っている右近の少将…
騒ぎが起きれば、きっと駆けつけるだろうから、
その足を止めること。
(そんなやっかいな仕事を、初参加の俺に割りふるとは… 
試されてるのか?)

略奪が始まった。
残業が多いので、友人の家に泊めてもらっていた(^ω^)は、
近所の騒ぎに飛び起きる。
(深草にある(^ω^)の家は、けっこう遠いので通勤が大変)
「(^ω^)何ごとだお?」

しかし、待ち伏せしていた黒主が矢を放ち、
(^ω^)の馬の尻に命中。
「(^ω^)こうして落馬するのは、2度目だお…」
少将の足を封じた黒主は、あちらこちらで繰り広げ
られる戦いに目を配り、役人が来ないか見張り、
じゅうぶんな働きをして、皆とともに撤収した。

手はず通り、船岡山に集合、略奪品を分配する。
しかし、黒主は自分の番になると、何もいらないと断った。
これも、紅蓮の指示である。
「ほう。ただ盗人仕事を覚えたくて来た、と申すのか? 感心だな」
女のような色白の頭領は、黒主を好ましい目で見た。


黒主が紅蓮の家に戻ると、風呂が沸かしてあった。
紅蓮が、背中を流してくれる。
「生きて帰ってきたということは、私の指示を守ったということね」
盗んだお宝を分ける時、もし何か受け取っていたら、
命はなかったらしい。
「欲深い者は、いつか必ず裏切るからね…」

風呂の後は夜食、酒、そして愛の行為…
次の仕事まで、またしても自堕落な
欲望のままの生活が始まるのだった。

この後もたびたび、黒主は盗賊部隊に参加。
ある時は外で見張り、ある時は忍びこみ、
ある時は太刀を振り回して押し入り…

多襄丸のころより、さらに大規模になった盗賊団に、
都の治安を預かる役所もパニックだ。
(^ω^)は、対策本部長に任命されたが


物語の途中ですが、作者は今から風呂に入ってきます。

あーサッパリした。では、再開



秋、須磨の浜。
行平が去って、もう1年が過ぎてしまった。
あの人は、都に帰るべき人… 
そして私たちのような海女(あま)の娘が、
都までついていくことはできない。

納得はしていたが、さびしかった。
しばらくは何もする気力のないほど、空っぽに
なってしまった姉妹だった。
行平のお気に入りだった松の木の下で、
松風は、行平の狩衣と烏帽子を身につけ…
村雨の奏でる須磨琴の音に合わせ、舞を舞う。

「ゆっきー…」
姉の姿が、いつしか行平に見えてくる。
すがりつく妹を、姉は優しく抱きしめる。
「おいおい、村雨は泣き虫だな。双子でも
松風とぜんぜん性格ちがうな」

松風は、行平を演じていた… というより、行平が心の中に
入りこみ、心の一部となってしまっていた。
行平に「変身」した姉は、松の木の下、妹と睦みあう。
煌煌と照らす月だけが、それを見ていた。


姉妹はこうして、行平との思い出だけを胸に、
生涯を終えることになる。
2人の墓が、神戸市須磨区多井畑(たいのはた)にあるが、
駅から遠く離れたわかりにくい場所で、たどり着くのは大変そう。



そのころ、都では。
今の下御霊神社のあたりに、「下出雲寺(しもいずもでら?)」
という寺があったようで、そこで法華経を解説する法話の会が
開かれ、小町も姉とともに参加した。
参加者の中に、歌合せでいっしょだった安倍清行の姿を見つける。
向こうも小町に気づき、手など振ってくる。

しばらくして、寺の小僧が手紙をもってきた。
清行からで、このような歌が記してある。

つつめども 袖にたまらぬ 白玉は 
人を見ぬめの 涙なりけり

(包もうとしても、袖にたまらない「無価宝珠」のような白玉は、
あの時(歌合せ)以来、あなたに会えずに流す、
私の悲しみ涙なのです)
今の法話で話に出た、「無価宝珠(値段をつけられないほど
尊い宝の玉)」をからめた、知的だがオーバー表現な歌で、
小町は吹き出してしまった。

さっそく返事を書き、小僧に預ける。
まったく、ありがたいお話を聞いてる最中に、なんて不謹慎な…
真面目に聞きなさい!
という気持ちも、こもっている。

おろかなる 涙ぞ袖に 玉はなす 
我はせきあへず 滝(たぎ)つ瀬なれば

(バカな人の涙は、袖で玉になる程度の量なんでしょうね。
私の涙なんか、滝の瀬のように流れるので、
せきとめられないんですよ)
滝のように流れる涙→(T_T)

以前のように男にツンツンするだけでなく、
ユーモアを交え、読み方によっては
「私の方が、ずっとさびしかったんだから!」
みたいに取れる内容で、「かわいい女」の部分も
出せるほど、柔らかくなってきた小町である。
こうなってくると、男からの人気は一気に上がる。

小町からの返信を見て、クスクス笑っていた清行は、
「そこ! 何をしておられる。ちゃんと聞きなさい」
と、住職から注意されてしまった。

この安倍清行という人、大納言・安倍安仁の息子である。
安倍安仁というと、この4年後、インチキくさい陰陽師の
滋岳川人(しげおか の かわひと)のミスにより、地神の
軍団に追いかけられたあげく、翌年には祟りで死んで
しまうという気の毒な御仁でしたね。
(天神記(一)「陰陽師」参照)

また、安倍清行は名前が陰陽師の安倍晴明と似ているが、
まったくの無関係。
これが江戸時代に混同され、「安倍清行は陰陽師で、
“雲の絶間姫”の師匠」という設定の歌舞伎、
「雷神不動北山桜」が作られてしまう。
史実は皆さまご存知のように、“雲の絶間”の師匠は、
弓削のコレオさんである。
(そしてコレオさんの師匠は、インチキくさい滋岳川人)


11月30日、その滋岳川人の進言により、
「斉衡(さいこう)」と改元。
元号を改める理由の1つとして、「災いを断ち切る」というのがある。
「元号が悪いから災いが起こるんだ」という、
元号に責任を転嫁する発想。
その効果があったのか、それとも免疫ができたのか、
疱瘡は収まってきた。



斉衡2年(西暦855年)。

大和の国、石上集落では年明け早々、不幸があった。
なず菜の父が亡くなったのである。
神社は、親戚が引き継ぐことになったが、
なず菜にとっては不幸の始まりだった。
彼女と母親は、神社のやっかい者という身分に転落、
収入もほとんどなくなる。

「不自由なことがあったら、何でも相談してくれよ」
「日々のお米は叔父さまが分けてくださるし、大丈夫よ」
「そうか。なら、よかった…」
この時代、夫は妻の家に通い、経済的にも
妻の実家に援助してもらうのが普通。
妻子を養うことを、期待されているわけではない。

夫の櫟丸(いちいまる)は、父の後を継ぎ、
行商人として身を立てている。
仕事がら、あちこちを旅をするし、男前なので
女から声をかけられることも多い。
なず菜の家も、今後あまり期待できそうもないし… 
他に女でも見つけるか。
妻の身を案じる言葉を口にしながら、胸の中では
そんなことを考えている櫟丸であった。


また、奈良では太岐口の家に、獣心の妹・恋夜が生まれる。
岩手県の遠野では、「オシラサマ」こと、おしらが誕生。
2人は同い年だったんですね。

菅原道真が、初めて漢詩を作ったのも、このころ。
「梅花は照れる星に似たり」というやつ。

2月17日、文徳帝は右大臣良房に、「続日本後紀
(しょくにほんこうき)」の編纂を命じる。
これは帝の父、仁明帝の治世(833〜850)を記録した
重要資料で、「日本書紀」から数えて4番目の国史、
完成は14年後の869年。
「エイッと午後に命じる続日本後紀編纂(855)」
「エイッと無休で完成、続日本後紀(869)」


5月はじめ、近畿地方に大きな地震。
この時、奈良の大仏の、頭部つけ根に亀裂が。
5月23日、ついに大仏の巨大な頭が、転がり落ちる。
下敷きになっていたら、まず命はなかったろうが、
幸い怪我人ゼロだった。


夏が、過ぎようとしていた。
なず菜の家に、櫟丸がよりつかなくなって、いく月たつだろうか。
母親が聞きこんできたところでは、櫟丸は河内の
高安郡に、ちょくちょく行商に行くようだ。
「そこに… いい人がいるんだろうね」

なず菜は、井戸のところへ行き、顔を映してみた。
涙がひとつふたつ、水面に落ちる。
子供のころからの、いろいろな思い出が頭をよぎる。
「あなた、帰ってきて… それが無理なら、せめて… 
たまにでいいから、私のこと思い出して…」



何度目かの盗人働きの時、見張り役だった黒主は、ついに
右近の少将・安貞(^ω^)と太刀で直接、渡り合った。
こんな顔をしてるくせに、(^ω^)はなかなか腕が立ち、
黒主を追いつめる。
「(^ω^)お? あんた、どこかで会ったことがあるお?」

今思えば、かつて黒主を不審人物と見て尋問した
(^ω^)のカンは、かなり鋭かった。
黒主、ピンチ… その時。
ビシッと鋭い音、(^ω^)の太刀をはじき飛ばす… 鞭だった。
「(;ω;)痛い… 痛いお」

「お頭! あんた…」
女のような色白の頭領が、革の鞭をふるい、
黒主を助けたのである。
「早く! 今のうちに、ずらかるよ!」
「紅蓮だったのか… なぜ正体を隠してた?」
「そういうアンタこそ… 隠してることが、あるんじゃないのかい?」


アジトに戻った後、黒主は自分の素性について
洗いざらい話した。
「やっぱり… そうか…」
紅蓮は、すべて見抜いていたようだった。
「お頭は… アンタの兄さんは、弟が盗人稼業から足を洗い、
りっぱな歌人になったことをたいそう自慢していたよ… 
会いたいけど、迷惑になるから会いに行けないって…」

女の頬を濡らす涙を見て、黒主は驚いた。
「なぜ泣く?」
「その自慢の弟を、私は引きずりこんじまった… 
薄汚い盗人の世界に… 罪深い女だよ… 
あの世で、お頭に合わせる顔がない」
「何を言う… 行くあてのない俺を拾い上げ、
今日まで養ってくれたのは、お前ではないか」

2人の因縁は、それだけではない。
黒主がかつて、曠野(あらの)の家に通っていたと聞いて、
さすがの紅蓮も、運命の不思議さに唖然とした。
(紅蓮が曠野の家に来たのは、黒主と切れた後らしい。)

「今、思ったんだけど… アンタは小町のせいで、
貴族の世界を追われた…
アンタの兄さんは、小町を人質にとって、命を失った… 
アンタら兄弟にとって、小町は鬼門なんじゃないのかい? 
始末してやろうか?」
「いや… さすがに、そこまでは必要ないだろう。
気持ちはうれしいが」

この時、紅蓮の申し出を受けていれば…
まさか、小町に殺されることになるとは、
夢にも思わぬ黒主であった。