小町草紙(一)
16、 血の荘厳(しょうごん)
郡司の邸で、人質たちは1人残らず、母屋の広間に集められた。
「こいつは、またなんとも、奇妙な女だぜ…」
盗賊たちの、珍獣でも見るような視線にさらされ、
吉子は、家から出るんじゃなかったと後悔した。
人質にされた恐怖より、自分の姿を人目に
さらす屈辱の方が、勝っていた。
郡司の家族だけなら、古いつき合いの身内の
ようなものだし、見られても我慢できるが…
「ねえ、お頭? あっしはこんな髪の女、初めて見やしたぜ」
首領らしき男は、先ほどから黙って、やけに
熱心に吉子を見つめていたが、
「美しい…」
「え?」
「これほどきれいな女は、見たことがねえ」
からかわれてる… と感じた吉子は、
目に涙をため、キッとにらみ返すが、
「いや、ウソじゃねえ。俺はこう見えても、千人近くの女を
モノにしたし、きれいな女もゲップが出るほど見てきた。
が、お前はこれまで見た、どんな女ともちがう…
賭けてもいい、お前はこの国で1番の美女だろうぜ」
「お、お前のような悪人におだてられたって、うれしくなんか
ありません! 第一、こんな髪で…」
「そう、その髪… 観音さまの肩にかかる髪と、同じじゃねえか?」
「観音さま?」
「俺の兄貴は仏師だったんで、ガキのころから、よく目にして
いたんだが… 観音さまの肩のところに、こう波うった髪が
かかってるよな? 昔から、あれが好きだったんだ。
たぶん、遠い異国の女が、ああいう髪をしてるんだろうよ」
「そう言われてみると、異国の仏さまのような、
ありがたい感じもするな」
「そうか? 俺には、わからねえ」
「そんな女はどうでもいい。それより、お頭。この囲みをどう破る?」
「あわてるな。日が沈めば、機会はいくらでもある…
紅蓮が近くに来てるはずだしな」
「と、いうわけだーちょ」
小さい体を生かして、邸に潜入していたかる女が、
戻ってチーム一同に報告した。
「かる女ちゃん、ご苦労さま。はい、にぎり飯どーぞ」
「役人たちも、暗くなったら突入するらしいぜ…
さっき、話してやがった」
死水尼は、一同を見回し、
「では、こちらも… 日が落ちたら、狩りを始めるよ」
血のような夕陽が、沈んでいく。
乾いた風が、ひなびた里に吹き始め…
「安貞さん、あくまでも人質の救出が優先だ。いいな?」
「(^ω^)ノ わかったお」
業平たち、近衛府の役人&兵士たちも、粛々と
突入の準備を進めている…
山科の里が、とっぷりと闇に包まれるころ。
小高い丘の上で、死水尼が犬笛を吹き始めた。
物陰に隠れ、兵士たちに接近していく
1人の女が、眼下に見える…
多襄丸の養女、紅蓮である。
「(^ω^)ノ では、突入」
その時、突然、安貞の馬がいななき、後ろ足で立ち上がる。
「(^ω^)あううううう」
安貞を振り落とし、暴走を始める。
「なんだ、どうした!」
続いて、また1頭、そしてまた1頭…
次々と乗り手を振り落とし、暴れ馬となる。
あたり一帯は、大混乱となった。
誰も気づかないが、暴れ馬の尻には、深々と刺さった竹串が…
紅蓮が、手裏剣のように投げる竹串は、10mの距離で、
大根に10cmも突き刺さるほどの威力がある。
「よし、始まった!」
馬のいななき、兵士たちの叫びを耳にして、
盗賊たちも動き始めた。
あらかじめ、人質たちは縛り上げてある。
「この女は連れていく」
「はなして!」
「お頭! そんな女にかまってる場合じゃ」
「うるせえ! この美貌は、どんなお宝より価値がある!
俺のモノにするぜ!」
邸に火を放ち、吉子を力士だった男にかつがせ、脱出…
「うわあああッ なんだ、こいつら!」
野犬の群れが、いっせいに襲いかかってくる。
「別方向に逃げるんだ! なんとか切り抜け、また会おう!」
散り散りになって逃げる、盗賊たち。
が、メンバー随一の残虐さをもつ、何人も人を
殺してきた男が、逃げ遅れてしまった。
「うぎゃあああーッ」
野犬たちが飛びかかり、生きたまま食いちぎる。
犯人たちの逃亡に気づいた業平は、とっさに
その1人に向かって矢を射る。
「グッ」
首すじを射抜かれて転がるのは、かつて武士だった男。
矢が刺さったまま、それでも立ち上がり、逃げのびようとするが…
「ガハァーッ」
暴れ馬の正面に飛び出してしまい、思いきり蹴られて死亡。
多襄丸は、馬を確保すると、力士から吉子を受け取る。
「お頭… グフッ」
その瞬間、力士が死に顔に変わる。
多襄丸は振り向きもせず、馬を出す。
崩れ折れる力士の背後で、闇黒が「槍カンナ」を引き抜く。
「待て!」
業平が馬にまたがり、多襄丸を追う。
と、背後に… 人の重みを感じ…
「う!?」
のど元に、血塗られた「槍カンナ」が突きつけられている。
「あの男が盗賊の首領… 追うんだ」
猿のような忍びこみのプロと、放火のプロの2人は
なんとか野犬を振り切り、森の入口まで逃げてきた…
しかし、目の前に
「うッ」
「なんだ、てめえは!?」
猫のような目をした、ほっそりとした美女が立っている。
その両手の袖口から、にゅう… と、何かが顔を出す。
「地獄から… 迎えに来たのさ」
舞うように華麗に、2匹の蛇を投げつける。
盗賊2人の顔にからみついた蛇が、視界を奪い…
飛び出した蛇骨が、2人の心臓に、鋭く尖った
「目打ち」を叩きこむ…
「くッ」
が、蛇骨は、肩に焼けつくような痛みを感じ、転がる…
見ると、手裏剣が刺さっているではないか。
「あんた!」
かけよろうとする清乃を制し、蛇骨は茂みの中に
何か動くものを見つけ、「目打ち」を投げつける。
相手の投げてきた手裏剣と空中でぶつかり、弾かれる。
さらに追いかけるように、手裏剣が飛んでくる。
蛇骨も「目打ち」を投げるが、当たらない。
ついに、「目打ち」が尽きた。
「どうやら… 今ので最後だったようだな」
石橋蓮司のようなナイフ投げの達人が、姿を現す。
手には、不気味に光る手裏剣。
蛇骨に投げつけようとした、その瞬間。
「あぐッ」
石橋蓮司の首には、鎌が突き立っていた。
投げたのは…
「清乃、お前…」
初めて自分の手で、人を殺めた清乃は、わああああっ…
と泣きながら、蛇骨の胸に飛びこむ。
自分を救ってくれた女房を、これまた初めて、
愛しげに抱きしめる蛇骨であった。
仲間たちが邸から脱出したのを見届けた紅蓮は、
自らも落ちのびようと、現場に背を向けるが…
たちまち、野犬の群れに囲まれてしまった。
「お前たち… いじめてほしいのかい?」
革の鞭を取り出すと、たくみな手さばきで旋回させる。
達人が扱うと、鞭の先端の速度は、マッハを超えるという。
たちまち野犬を蹴散らすと、闇の中へ消えてしまった。
多襄丸は失神した吉子をかかえ、暗闇の中、馬を飛ばす。
後を追うのは、後ろに闇黒仏師をのせた業平。
「手綱を俺に貸せ。弓で、あの馬を狙うんだ」
「お前、何者だ? なぜ盗賊を追う?」
「余計な口をきくな。それより女に当たらないよう気をつけろ」
手綱を闇黒に預け、夜の街道を走る馬上で、
はるか前方の騎手を狙う。
弓の達人・業平でなければできないスーパーシューティングだ。
「ゥがッ!!」
肩を射抜かれ多襄丸は落馬、意識のない
吉子をのせ、馬はそのまま走っていく。
「あいつは俺にまかせろ! お前は女をッ」
闇黒は馬から飛び降り、草むら転がって、多襄丸が
起き上がる前に槍カンナを、その喉へ。
「てッ… てめえは誰だッ」
ほんの… 0.1秒ほどの沈黙。
「黒次郎、先に行って待っていろ。俺もすぐに行く」
ザクッ… ざざざあーと、血の雨。
都を荒らしまわった大盗賊、多襄丸が絶命したのは奇しくも、
後に明智光秀が殺害される、小栗栖(おぐるす)の
「明智藪」と呼ばれる場所であった。
「しっかり! 怪我はありませんか?」
吉子は業平の腕に中で、目を開けた。
「美しい… あなたほど美しい女性は、見たことがない…」
「え?」
平安時代前半を代表する美男美女、在原業平と小野小町。
運命の出会いである。
洛北、高雄の神護寺に春が来た。
「闇黒先生、よう来てくだすった。今日はぜひ、ごゆるりと」
出迎える別当の真済は、長年の山暮らしで髭も伸び、
すっかりワイルドな風貌に。
山にこもっていても、都の情報は全てつかんでおり、
出世欲も満々のエリート修行僧だ。
「ご本尊に願をかなえていただきましたので、今日はお礼参りに…」
昨年、この寺の多宝塔に安置するための、5体もの
虚空蔵菩薩を完成させた闇黒、真済をはじめ
寺僧たちの、彼への崇敬の念はあつい。
「闇黒先生は、しばらく金堂にこもられる。
誰も、中へ入らんようにな」
以前、多襄丸のイメージは夏八木勲さんと書いたが、
闇黒はコワモテの綿引勝彦さんだろうか。
真済は渡辺謙さんがいいのだが、ギャラが高そうだ。
闇黒は、金堂で喉をかき切って死んでいた。
手には槍カンナが握られており、噴出した大量の血が、
本尊の薬師如来を真っ赤に染めていた。
「な、なんてことを…!!」
いくら水で洗い、布でぬぐっても、赤黒く染まった色が抜けない
ので、やむを得ずそのまま金堂に戻したのだが、変色した
薬師如来には、異様なまでの迫力がそなわったようだ。
まるで、人間の心の闇を全て見てきたような…
まさに暗黒の魔王。
「うーむ、これは…」
真済は思わず、うなってしまった。
「闇黒先生は、ご本尊を「完成」させたんだ…
血の荘厳をもってしてな」
小町草紙(一) 完