小町草紙(一)





8、 蛞蝓(なめくじ)




「あ、あなた…」
「おーっと、奥さんは馬の上! ダンナさんは
武器をぜんぶ捨てろ」
「お前が… 盗賊だったのか…」
くやしそうに武弘は、刀を投げ出す。

「俺の顔、覚えちゃアねえようだな? 
この傷は、お前がつけてくれたんだゼ?
よーし、両手両膝をついて、四つんばいになれ」

引き絞った弓がキリキリ音を立てると、武弘は
言われたとおりにするしかなかった。
鋭い蹴りがドテッ腹にブチこまれ、武弘は悶絶する。

「やめてーッ」
馬の上でオロオロする真砂、助けなしで
馬から下りることすらできない。
こんなことなら、武術でも少し習っておけばよかった… 
でも、貴族の妻になる予定だったし…
「奥さーん! 大人しくしてねえと、首と胴体が離れちゃうよ?」
馬の縄を使って、失神した武弘を木に縛りつける。

「う…」
もうろうとした意識で、武弘は多襄丸を見上げる。
「ヘーイ、あんた。かわいい奥さんがいて、幸せモンだねえ」
鼻の穴をふくらませ、ニンマリとする多襄丸。

いきなり、真砂の方に向き直る。
「奥さーん! 下りてきなよう」
「イヤーッ こっち来ないで!」
真砂を無理やり引きずり下ろし、着物を剥ぐ。

「や、やめろ… 妻に手を出すな、俺を殺せ!」
「…だとよ、奥さん。ダンナの見てる前で
犯られる気分はどう? 燃えるかい?」
押し倒した真砂の裸身を、ネチネチとなめ回す。

「ひいいいいいいいいいいいっっ」
「やめてくれえええええええッッッ」
身をよじって叫ぶ武弘、縄が肉を食い破り、血に染まる。

「いつも寝床で、どんな声で鳴いてるんだい、ウグイスちゃん? 
かわいい声で鳴いてくれよう」
胸、腹、股間、もも、あらゆる場所を、指と舌が弄ぶ。
真砂にはもはや、抵抗する力はなかった。

「鳴けええええ 鳴くんだよおおおッ! 
俺のウグイスちゃああんッ!!!」
ついに、多襄丸が真砂を貫いた。

「どんなことがあっても君を守り抜く」と、
口で言うのは簡単である。
それを実行できるかどうかは、また別のこと。


汗と泥にまみれ、ぐったり横たわる真砂を残し
多襄丸が立ち上がった。
「奥さん、悪いな。俺は行くぜ。ダンナの命は
助けてやるよ、楽しませてもらったからな」
着物を直し、蕨手刀を腰に差す。
武弘は肩を震わせ、唇をかみしめ、泣いている。

「馬と弓だけ、いただいてくぜ。まったく… 
都がやばくなってきたからよ、しばらく丹波にでも
潜んでようという心づもりだったが、途中でバッタリ
あんたらに出くわすとはなあ…」
クスクス笑いながら、去っていった。

「お、おい… 真砂… 大丈夫か? 動けるか?」
死んだようだった真砂が、ようやく起き上がる。
「………」
「災難だったな… だが、着物も金も取られ
なかったし、なんとかなる…
お前がされたこと… 俺は気にしないから。忘れるから…」

武弘の刀を拾い、縄を切ってやりながら、真砂は泣いていた。
「どうして… 見も知らぬ男に、弓矢を渡してしまうの?」
「そ、それは…」
「それでも武士なの? 情けない…」

言葉もなくうなだれ、自由になった手足をもみほぐす武弘。
「あんたみたいな男といっしょじゃ、この先
ろくなことにならない… なんで、あんたみたいな男と… 
あんたみたいな… みたいな男… 死ねばいいッ!!」
激情にかられ、刀を振り上げる真砂。

「ひ…!!」
刀は、頭上で止まったままだった。
真砂は刀を捨て、ふらふらと歩き去る。
「お… おい、真砂! 待ってくれ!」

この夫婦はこの先、いったいどうなってしまうのだろうか。

ところで2009年、多襄丸を主人公とした、小栗旬主演の
映画「TAJOMARU」が公開!
小栗旬がどんなレイプシーンを演じるか、楽しみですね〜 



奈良では、闇黒仏師が、新たな作品に取り組んでいる。
今回は、太皇太后・橘嘉智子からの直々の依頼。
どうやら昨年彫り上げた十一面観音の
評判が、都にも届いたようだ。

わざわざ奈良までやって来た嘉智子は、闇黒の前に姿をさらし、
自分をモデルにするよう告げた。
それは闇黒が今までに見た、最も美しく、
最も強い女人の顔だった。
「肉体は、いずれ朽ち果てる… 朽ち果てぬ
永遠の姿を、お前に刻んでもらいたいのです」


「あ、こら! 待ちなさい!」
まさに、どろぼう猫だった。
台所に忍びこみ、魚をくわえて逃げた少女を、
清乃は追いかけ、往来に飛び出した。
まるで「サザエさん」のようなシチュエーションだが、
まんまと逃げられてしまった。

「もう! いつもいつも…」
唇をへの字に曲げながら、しかし、何か心に引っかかる。
「あの子… なんか、私に似てるような…」
それもそのはず、実の妹である。


闇黒の工房に、少女は逃げこんだ。
「誰だ! そこで何をしている」
外道人でもある闇黒の、鋭い眼光に射すくめられ、
魚をとり落としてしまう少女。
しかし、牙をむいて威嚇する元気は、まだ残っているようだ。

「なんだ、近所で評判のどろぼう猫か。来なさい、飯を食わせ
てやる。そのかわり、盗んだものは返してくるんだぞ」
少女は、おとなしく上がりこんで、いろりばたにチョコンと座った。
椀に雑炊をよそって、渡してやる。

「名は?」
「かる女(かるめ)」
7才くらいの、汚れてはいるが猫っぽい美少女で… 
ん? この面影は、まさか…
「父御(ててご)は、どうしてる?」
「んなもん、いねーちょ」

いったい、どこの方言なのか、どういう育てられ方をしたのか、
すっかり変な訛りが身についている。
(黒次郎の… あの時の…)
寺にでも捨ててこいと命じた、あの子なんだろうか…

「うわー! これなに? むーちょきれーちょす」
完成を前にした「如意輪観音像」を見つけ、興奮状態に。
「かる女のかーちゃんも、こんなきれーな人だたらなー」
これも、観音さまのお導きかもしれない…

「観音さまを、お母さんと思っていいんだぞ」
闇黒は、少女の頭をなでてやった。
「今日から、ここに住みこんで働け。どろぼうは、もうおしまいだ」
「おっちゃん、えらそーな口きくなもす」

「なんだと」
ギロオッと睨みをきかすと、さすがに黙りこんだ。
こいつは、子供だと思ってナメてかかると、
痛い目を見ることになりそうだ…


清乃が働く役人の家では、昨年拉致された
長女の行方を、八方手をつくして捜していた。
(クククク… 罰が当たったんだ… 神さま、今度は
次女の方も… あ、でも末の妹さんは外してください。
あの方は幸せになりますよう…)

屋根から落ちて軽くケガをした業平も、長女の安否を案じつつ、
すでに次女といい仲になっていた。
「姉さんのことは心配だけど… でも、ちょっとだけ
良かったと思ってるの」

チロッと舌を出す、小悪魔的な妹を見下ろし、業平が告げる。
「実は… 来年、右近衛将監(うこんえ の しょうげん)に
任官することが内定した」
「あら、良かったじゃない! あ、でも… ということは…」

「近衛府(このえふ)」は、皇居や皇族、政府高官の
警護を司る役所で、「右近衛府(うこんえふ)」と
「左近衛府(さこんえふ)」に分かれている。
「右近」「左近」は、後に武士の名前となる。
高山右近、島左近など。
(タクアンやカレーの黄色い成分のウコンとは
関係ないんだからね!)

「来月、都に移ることになる。そう簡単には
会いに来れなくなるが… きっと、また来る」
「ほんとう? 私、待ってるから、絶対に待ってるからね!」
「それじゃ。体に気をつけてな」
次に業平が訪ねてくるのは、3年後である。



近江の国、甲賀郡… 伊賀との国境近く、山々に守られるように
卍谷(まんじだに)と呼ばれる、陰鬱な集落がある。
ここは根黒衆の秘密訓練キャンプ、秘密研究所、
さらわれてきた「花嫁」たちと生まれた子供たちが
暮らす収容所などが、外界に知られず存在している。

昨年さらわれてきた、奈良の姉妹の長女は
あまりの恐怖に、すでに正気を失っていた。
距離的には、ここから柳生の里を通って奈良まで、けっこう
近いのだが、他の惑星に拉致されたも同然の運命だった。

彼女は、甲羅丸の子を身ごもっている。
まもなく誕生し、成長後は「火善坊」と
呼ばれる、どもりの子供である。

「お前には、気の毒なことをした… だがな、危険を
犯してまで役人の娘をさらったのは、理由がある。
生まれてくる子供に、少しでも賢くなってほしい… 
俺のような汚い掃除屋ではなく、出世して重要な
任務を遂行する、立派な根黒衆になってほしいのだ」

沢蟹を自在に操る甲羅丸の仕事は、主に死体の処理である。
蟹どもが死体に群がると、1時間ほどで
きれいな白骨に変えてしまう。
日本海沿岸に住む人が、「津波があったり、船が転覆すると
蟹が美味くなる」と言っていたが… 
ま、蟹とは、そういう生き物らしいでござるよ。



その甲賀郡へ嫁いできた曠野は、どうなったろうか。
「すまない。そのうち、あいつも機嫌を直すと思うから…」
奥まった座敷に押しこめられた曠野を、夫の小三郎は
それでも最初のうちは、ちょくちょく通ってきて慰めたり、
菓子や果物を届けさせたり、気を使っていた。

しかし、本妻がキーキーわめき散らすは、
曠野のところに乗りこんで罵りまくるは…
嫉妬の激しい「モンスター妻」のせいで、
小三郎も曠野に会いにくくなってしまった。
曠野も、放っておいてもらう方が、心の平和のためだった。
「甲賀… 都とは、空気がまるでちがう…」

間近に迫った山々、庭に現れる野生動物、見慣れぬ
草や木を眺め、異国の気分を味わう曠野。
しかし、この深く立ちこめる霧に、何か禍々しい匂いがする…

「京の女よ。お前のように若くてきれいな女人が
飼い殺し同然で、退屈だろう」
ある日、小三郎の父、すなわち甲賀郡の郡司がやって来た。
ヌラヌラした、なんとも不気味な男が同行している。

「この方は私と古いつき合いで、海牛道人(うみうしどうじん)と
おっしゃる、お医者さまだ。
この近くの、卍谷というところに住んでおられる」
「そなた… 異国の書物や、妖術に興味があるそうじゃな? 
ワシもな、研究しとるんじゃ」
歯の抜けた口でニンマリとする、水死体のような
青白い顔を前に、曠野は鳥肌が立った。

「海牛先生は、女人の体について、特殊な研究をしておられる。
女人を美しくする術、若返りの術、究極の快楽を味あわせる術…」
「ワシといっしょにな、研究してみようぞ… 
女人の天上の悦楽、地獄の愉楽をな」
道人の袖口から、ヌラアアアと顔をのぞかせるのは…
長さ15センチはある、極太の蛞蝓(なめくじ)。
それも、1匹ではない。

あまりのおぞましさに、曠野は悲鳴を上げた。
が、同時に、なぜか蛞蝓から目を離すことができない…
まるで、魅せられたように…
「そなた、こいつらと相性が良さそうだな」

曠野に、選択肢はなかった。
泣いて抵抗したが、郡司に押さえつけられ…
ヒンヤリとした柔らかいものが、肌の上で蠢き始める。
あまりの恥辱、あまりの恐怖に、発狂寸前で
あったが、しばらくすると、変化が起きた。
「そう、そなたはただ、静かに横になっておればよい。
誰も、そなたを傷つけたりはせん」

こうして狂気と快楽の、異常な日々が始まった。
海牛道人は、決して曠野に指一本触れようとしなかった。
曠野の体を蛞蝓が這い回るのを、じっと見下ろし、
ひたすらメモを取っている。
首すじ、胸、腹、わきの下… あらゆる敏感なところを
ヌラヌラした生き物になぶられ、ついには下腹部の
茂みを割って、侵入してきた。

(極楽と地獄って、何がちがうんだろう…)
遠い異国のような山国、霧が立ちこめる奥座敷、
悶え狂う自分をただ見下ろす男。
肌を這いずり回る蛞蝓の感触は、どんな男の
指よりもデリケートだった。
あまりにもアブノーマルな状況が、興奮に拍車をかける。

かつて経験したことない、脳髄を突き刺すような、
体を焼き焦がすような快楽の波が何度も襲う。
獣のような声を上げ、失神すること数度に及び、失禁さえした。
もはや、この快感は麻薬だった。

海牛は、まるで性欲を感じていないかのように、
ひたすらデータを取り、レポートを作成。
「実はな、ワシはマラを切断されて久しく、
自分で女を抱くことはできないのじゃ。
だが、女の体は神秘であり、興味が尽きることはない…」
この実験の成果は、根黒寺にフィードバックされ、
都での秘密工作に活用される。