何もかもが終わった夕暮れ、ナイヴズは肥沃なジオプラントの一画で、夕陽に金に染まった草原に、ごろりと横になった。 心地よい風が吹き抜け、ざぁっと草が鳴る。 気だるい満足感。程良い疲労に、ナイヴズは物憂げな、そして満ち足りた微笑を洩らした。 ────ひどく愉快だった。 全ては自分の思う通りになった。 宇宙という何もない砂漠に浮かんだ、この星。 かつての豊かな地球には遠く及ばないが、それでも、ここには生物が生きる為の最低限の大地がある。 新しい世界の基盤。それを、自分は手に入れた。 この地に徘徊していた、『人類』という汚らしい寄生虫を駆除して───────。 自分という創造主をその身に頂く世界を、自分は手に入れたのだ───────。 ナイヴズは込み上げる痛快さと達成感に、知らず破顔した。 得も言われぬ満足感。ナイヴズは鷹揚に身じろぎすると、ゆっくりと隣に置いたワイングラスに手を伸ばした。 優美な、美しいワイングラス。その中になみなみとそそがれた深い葡萄色のワイン。 燃え立つ金色の大きな夕陽を背に、グラスの中でワインが滑らかな輝きを帯び、揺れた。 ナイヴズは瞳を細め、グラスを見つめながらゆっくりと回し、そして、満足げに瞳を閉じてそれをくっと一息に飲み干した。 ────何かの、気配。 ざわりと騒いだ胸に、空になったグラスを持つ手が強張り、ナイヴズは思わず振り返った。 翻る、深紅のコート。 ナイヴズは目を見開く。 ジオプラントの区画の外、草原の切れた砂漠の丘の、その小高い頂に、独りの男が佇んでいた。 背から吹く風に、金の髪と、深紅のコートをなびかせている、その男。 こちらに横顔を見せながら、どこか遠く、彼方を見遣る彼の、オレンジの眼鏡が夕陽に白く輝いた────。 ナイヴズの手から、グラスが零れ落ちた。 グラスは僅かな音を立てて、草原に転がる。 彼は、遠くを見つめている。 ただ遠く、遠く、遥か彼方を見つめている。 彼の、澄んだその瞳。それが、深い深い物思いに、沈んでいる────。 ナイヴズはその横顔を、息を詰めて見続ける────。 「ここにいたのね!!」 突然、場の雰囲気にそぐわない、明るい、快活な声が、男を見つめるナイヴズのその後ろに響き渡った。 反射的にそちらの方へ視線をやったナイブズの、その遥か向こうの草原に、独りの女性が立っていた。 女は柔らかい黒髪をさらさらと流し、明るい陽光の中で笑っている。 青い空。暖かい光が彼女の周りに、そして草原に、降り注いでいた。 ナイヴズは絶句した。 あれは────。あの女は────。 「レム!!」 あどけない、子供の声。 身体を強張らせたナイヴズの、その隣を、軽い足音を立てて子供が独り、通り過ぎていく。 まっさらな服を着た、無邪気な少年。立てた金髪が走る彼に合わせて、揺れる。 彼は呆然と目を見開いているナイヴズを置いて、独り、彼女のところまで走って行った。 「こら、心配したんだぞ* 女が、そう言って自分のところへ走り寄った彼のおでこを、ツンとつついた。 少年がばつの悪そうな顔をする。 「ごめんよ、レム」 「反省してるならオッケー。さあ、行きましょう」 「レム」 促すように彼の手を取り歩き出した女を引きとめて、少年は俯いた。 「レム・・・・・。僕、レムに謝らなくちゃならないんだ。レムとの約束、僕、守れなかったんだ。それに────」 言いよどんだ少年。女は微笑むと、ゆっくりと屈んで向かい合った。 「いいのよ。あなたは一生懸命やったもの。だからもう、いいのよ」 「レム・・・・・・」 「さあ行きましょう。皆、あなたを待ってたんだから。そうそう、ちゃんと皆に謝るのよ。貴方の事を心配してたんだからね」 「・・・・・・うん」 「特に、あの青い髪の可愛い子にはちゃんと謝んなきゃダメよ。男は女を泣かせちゃダメなんだから。特にカノジョはね」 途端、少年は顔を赤くした。 「な、何言ってんのさっ、レム!! メリルはそんなんじゃ・・・・・」 「ほー、メリルっていうの、あの子。可愛い名前じゃない。隅に置けないなー、こいつぅ」 「ちょっとっ、僕の話を聞いてよ、レム!! 違うんだってば・・・・!!」 顔を真っ赤にしながら、焦ったように否定する少年の肩に、笑いながら女が手を置き、そして二人は背を向けて歩き出した。 「・・・・・・!?」 二人の歩くその先を見晴るかして、ナイヴズは驚愕した。 二人の歩いていくその向こう、明るい日差しが溢れる草原に、いつの間にか無数の人間が集まっていた。 人々の中に、黒い背広を着た、無精髭の男がいた。その隣には長身の、大柄な女がいた。 だぼだぼのTシャツにデニムのオーバーオールを着た、小生意気そうな少年もいた。男勝りの、ショートカットの少女が、杖を手にした老婆といた。おさげ髪の、まだ無邪気そうな少女が、強面の男と小柄な老人の真ん中で手を振っていた────。 ────馬鹿な! にわかに早まった鼓動に息を荒くしながら、ナイヴズは思わず声を上げた。 ────人間など、もう存在するはずがないのに!! 二人はそこへ向かって歩いていく。 人間達は女と少年が来るのを見て、歓声を上げた。 そして、口々に何かを言いながら彼等は少年を迎え、揉みくちゃにする。 手荒い歓迎に、少年が苦笑いを洩らす。 やがて、そんな歓声がひとしきり終わった頃、人垣の中から独りの女が現れた。 青い髪をさらりと流した、ショートカットの女。 それを見て取った人間達が、訳知り顔で女のために道を開けた。 白いコートをふわりと翻し、女は静かに歩み出た。 「おかえりなさい」 女は明るい微笑みを見せて、そう言った。 「ただいま」 少年は微笑んだ────いや、彼は最早、少年ではなかった。 「待たせて、ごめん」 そこにいたのは、背も高い金髪の男────。 彼の着ている赤いコートが風に揺れる────。 人々がやんやと喝采した。二人は、照れたような、困ったような苦い笑みを見せ、お互いに顔を見合わせる。 「さあ、行くで! 神の御加護が我らと共にあらんことを────!!」 わざと気取った風に、独りの男が高らかにそう言うのを皮切りに、皆、わいわいとさざめきながら歩き出した。 朗らかに、足取りも軽やかに────。 それを見守って、しんがりに着いた赤いコートの男。その隣に、先程の青い髪の女が寄り添った。 男が彼女の方に視線を落とす。女は微かに頬を赤く染めながら、不器用にすっと腕を絡ませ、男に寄りかかる。 そんな女の仕草に男が軽く笑い、そうして、二人は連れ立って歩き出した。 ────!! 我を忘れて一連の光景に見入っていたナイヴズは、ハッと我に返った。 「ま・・・・待てっ!!」 思わず叫び、ナイヴズは腰を浮かせる。 胸にのしかかった焦燥感。 得体の知れないその感情が、ナイヴズをやけに急き立て、焦らせる。 「待つんだ!!」 心に広がった暗い闇。じわじわと広がるそれに、ナイヴズは追い立てられるように立ち上がり、叫んだ。 「待ってくれ!!」 歩み去っていく男。 男は、隣の女と親しげに話しながら歩いていく。 ────とても、幸せそうに──── 「違う!」 ナイヴズは叫んだ。 「違う! そうじゃない!! 僕が望んだのは────」 悲鳴めいた声。金切り声。 喉も裂けんばかりに、ナイヴズは叫んだ。 「僕が望んだのは────」 ナイヴズはハッと目を醒ました。 思わずがばりと起き上がる。 荒い息。 風が僅かに草を揺らす中、自分の荒い呼吸の音が、響いた。 「な、何だ・・・・・・!?」 ナイヴズは喘ぎ喘ぎ、呟く。 辺りは静かだった。 もう既に落ちた夕陽。僅かに残った残光が、西の地平線を赤黒く染め上げている。 薄暗く闇が降り、輪郭の滲んだ辺りの風景が、ナイヴズを独り残し、闇に溶け込んでいた。 その他には何の気配もない────。 「・・・・・・・・」 ナイヴズは放心したように、独り、赤黒い草原に座っていた。 転がったワイングラス。それがなびく草の合間に落ちている────。 ────夢? そう呟き、そしてナイヴズは次の瞬間、酷く苦々しい表情を浮かべた。 カッと燃え立った激情。何とも言えない悔しさに、唇をぎりぎりと噛む。 ナイヴズは転がっていたグラスを乱暴に引っつかみ、それを苛立ち紛れに握り潰した。 甲高い、グラスの砕ける音。 血にまみれた微細な破片が、握り締めた拳から音もなく零れた。 「ちっ!!」 舌打ちし、汚いものでも払うように、手に付いた血染めの破片を払い、ナイヴズは勢いよく立ち上った。 NEXT |