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「それでさー、そいつ、気合入れてコクったはいいんだけど、実は相手の女、女じゃなくて男だったんだと」 動き始めた朝の街。立ち並ぶビル群に朝日が射し、その下で今日も新しい一日に起き出した人の群れが 駅に向かって歩いていた。 そんな中、人込みに紛れるように、二人の学生が談笑しながら込み合う道を歩いていた。 規則の学生鞄なんかそっちのけのナップザックを手に、明るいロングの茶髪を後ろに括った快活な少年が 笑いながら隣りの相棒に話しかけていた。 「もう、本人びっくりさ。なんてったって淡い初恋だったんだぜ」 「なんか、嘘くさいな」 オーバーアクションを交えて話すその彼に、聞き手の少年は穏やかに笑いながら彼を見た。 こちらは落ち着いた雰囲気の品の良い少年。ショートというには少し長めの柔らかなブラウンの髪が さらさらと優しげな瞳に落ちていた。 その様は隣りにいる磊落な友人と、一対の好対照を見せている。 「マジ、マジ、大マジだって、いや、もう俺もびっくりしたって」 うんうん、と独り大真面目に頷く友人に、少年はこらえられずに吹き出した。 「で、どうしたんだ、そいつ」 「引っ込みつかなくなって付き合い始めたらしいんだけど、近頃そいつまでカマっぽくなってさ。 こないだ街でばったり会ったんで声掛けたんだよ。そしたら、あいつ、『あら、久しぶり』ってこう・・」 しなを作ってそれを真似する友人のお道化た仕草に、少年は更に笑い転げた。 そうやって取り留めのない話をしながら、やがて二人は地下へ降りる階段へと差し掛かると それをとんとん降りながら、いつもの登校ルートである地下の連絡通路に入っていった。 「あ、そういやお前、聖ミカエル学園のお嬢様とはどうなったんだよ」 同じように沢山の人が通り行く狭い連絡通路を、同じように駅に向かって歩きながら、彼はそう言って 少年を見た。 その言葉に少年は一瞬、どきりと言葉を飲んで、そうしてどぎまぎした瞳を慌てて伏せた。 「どうって・・・、別に何もないさ」 「もうすぐあの子の誕生日じゃないか。もうプレゼントは用意したのか?」 「・・・・・実は」 まだなんだ、と少年は赤い顔で言いにくそうに呟いた。 そんな少年の言葉に彼は訳知り顔でニッと笑った。 「お前の事だ。じゃないかと思ったぜ。何をプレゼントするか迷ってるんだろ? よし、俺が一肌脱いでやるよ。 女が喜ぶようなプレゼントを選んでみせるぜ」 自信たっぷりにそう言った彼に、少年は軽く笑った。 「どうするかな?」 「あ、迷いますか。ちえっ、信用ないんだな、俺」 「嘘だよ」 さらりと悪びれもせず、少年はそう言って微笑んだ。 「最初からお前をあてにしてる」 その言葉に、彼はくしゃっと髪をかき、照れたように笑った。 「嬉しい事言ってくれるね、ヒイロさんよ」 少年────ヒイロは、そう言って屈託のない笑顔を見せる友人に、同じように柔らかな笑みを見せた。 「よし、じゃあ明日早速買いに行こう。一応ヒルデ連れてくよ。あいつもああ見えて女だからな。少しは役に立つだろ」 「あんまり俺の前でいちゃつくなよ。いちゃつくんなら別の機会にしてくれ」 「あ、ダメ?」 「当たり前だ」 「ちっ、残念っ」 いかにも残念そうに指を鳴らす彼に、ヒイロは笑った。 と、彼が何かを思い出したように鞄に手を突っ込んだ。 「?」 その様を見遣ったヒイロの前で、彼はニッと笑って何かの紙切れを翳した。 小さな長方形の紙。それが四枚。 「それ・・・」 「そ、遊園地のチケット。一日フリーパスのただ券。今度の日曜にでも行こうぜ。勿論、Wデートで♪」 「全く、こういう事にはマメだなあ、デュオ」 「おうよ。お嬢さん方には愛想良く、だぜ。硬派のヒイロ君」 デュオ、と呼ばれた友人は、チケットをひらひらさせながら、ちっちっと指を振った。 その隣りでヒイロは、はは、と困ったように笑う。 ──── と。 「やばい!」 改札口ももう間近という所で、突然ヒイロは立ち止まった。 込み合う人の流れ。後ろから歩いて来たサラリーマン風の男の人が、そんなヒイロにぶつかりかけて 慌ててよけて行った。 先に歩いていたデュオがそんなヒイロに気付いて振り返った。 「どうした?」 ヒイロは出していたパスを、翳すようにデュオに見せながら言った。 「期限切れてる。すっかり忘れてた。ちょっと更新してくるからデュオ、お前は先にホームへ行っててくれ。 すぐ行く」 言いながらも逆方向に走り出すヒイロの、その背に、デュオの、早くしろよ、という声が被さった。 流れ行く人の波をさかさまに掻き分けながら、ヒイロは歩調を精一杯速めた。 しかし、朝特有の膨れ上がった人の波は容易にヒイロを先に進ませてくれない。 腕時計に目を落とす。 時計の針はいつもの時刻を少し過ぎていた。 やばいな、と眉を顰め、ヒイロは足早に先を急いだ。 ──── 何度目かに時計に目をやった時だった。 急いでいたのが不味かった。たまたま脇を通りすぎた人に肩を押され、ヒイロはバランスを崩して 逆隣りですれ違おうとしていた人に思い切りぶつかってしまった。 ごった返す人込みのなかでは相手もさけられなかったらしく、二人は真正面から衝突してしまった。 「あ、すいません!!」 落としかけた鞄を慌てて持ち直し、ヒイロは口早に謝った。 急いでいたんで、そう言おうとし、顔を上げる。 ──── !! 相手の顔を見た瞬間、ヒイロは絶句した。 ざわつく人の流れ、その真ん中に立ちすくんで、ヒイロは目の前の光景に釘付けになった。 目の前に、──── 自分がいた。 自分にぶつかった少年 ──── まだ肌寒い季節だというのに、タンクトップにGジャンを大雑把に 羽織っただけで、足には三分丈のスパッツを履いている ──── も、同じように見開いた目で 自分を驚いたように見遣っていた。 そのブラウンの髪、深い群青の瞳。華奢とも言える細身の身体。 全てが自分と似ていた。 いや、それは最早、似ているという範疇を遥かに越えている。 まるで鏡から抜け出したかのように、もう一人の自分が目の前に確かに存在していた。 時が止まったかのように互いに見合う二人。 やがて、彼が掠れた声で短く口を切った。 「お前は一体・・・・」 その声すら、ヒイロと同じだった。 酷く奇妙な感覚が二人の間を駆け抜けた。 目の前にいるのは自分と全く同質な存在。 望めば、自分の身体を動かす要領で相手の身体も動かせるような────。 ──── コレハ自分ダ。 ヒイロは少年を見ながらそう感じた。 それは、理屈ではなく、確信。 ──── 自分ガ、目ノ前ニイル ──── その時。 ヒイロは気付いた。 何から何まで自分と符合する目の前の少年の、唯一の不協和音に。 少年の、その瞳。 恐ろしいまでに見る者の胸に切り込む、その鋭い瞳。 それはまるでよく切れるナイフのように、冴え冴えと冷たい輝きを帯びている。 心を切り裂かれた様な感覚。背筋がぞっと寒くなり、ヒイロは思わず身体を竦ませた。 「おおい、ヒイロ────!?」 突然、後ろから良く聞き知った声がした。 その声に止まっていた時間がまた動き出し、ヒイロは弾かれたように声の方を振り返った。 ずっと離れた人込みの向こう、自分を追いかけるようにデュオがこちらに手を振りながら駆け寄ってくる。 「・・・・・」 それをぼうっとした瞳で見ているヒイロの元へ、彼は人込みを掻き分けながら走ってきた。 「ああ良かった。見つかったぜ」 言いながらデュオはむせかえる人いきれに息を切らし、ぱたぱたと自分を手で仰いだ。 「いや、マズったよ。俺のも期限切れだった。────よく考えりゃ、お前と一緒に買ったんだから 当たり前なんだけど。 早く更新しに────・・・・・・。 ・・・・・・どうしたんだ、お前」 デュオは放心したように自分を見詰めるヒイロを、訝しそうに見た。 「え・・・・あ・・・ああ、今────」 言いながらヒイロは少年を振り返った。 「・・・・・!!」 そこに、少年の姿はなかった。 まるで最初から存在などしていなかったかのように、少年の姿は跡形もなく掻き消えていた。 今、ヒイロの目の前にあるもの、それはいつも通りの人の流れだけだった。 「どうしたってんだよ、ヒイロ。何か有ったのかよ」 なおも辺りをきょろきょろ捜すヒイロに、デュオが首を傾げながら言った。 それを置いて、一通り辺りを見渡し、彼は考え込むように顎に手をやり、ぽつりと一言洩らした。 「今・・・・・俺がいたんだ・・・・・」 「はあ?」 突拍子もない言葉に、デュオはいよいよ眉を顰めた。 そうして彼はふうっと一言ため息を付くと、やれやれといった風にヒイロを見、その肩をぽんぽん叩くと まるで子供をあやすような口調で言った。 「ヒイロ。悪い事は言わねえ。今日は学校休め。な? 学校の方には俺が上手く言っといてやる」 「何だよ、デュオ。俺は病気じゃない」 肩に置かれた手を振り払って、ヒイロは憤慨しながら言い、そうして、自分の言い方が不味かった事に 気が付いた。 吐息を一つ、ヒイロは少年がいた辺りを見遣りながらもう一度言い直した。 「今、俺にそっくりの奴がいたんだ。ひどく俺に似てて、かなり驚いた・・・・」 そう言いながら先程の事を思い出し、ヒイロはふっとその言葉を切った。 そんな彼の様子に、隣りでデュオが冗談めかした物言いで何かを言いかけたが、彼の余りに真剣な表情に 言いかけた言葉を飲んで口を噤んだ。 そして今度は真摯な態度で、まだ放心している彼の肩を気を取り直すようにぽん、と静かに叩いた。 「まあ、な。世の中には三人、自分とそっくりな奴がいるってよく言うものな。凄いじゃんか、一人見つかって」 「・・・・・・・」 ヒイロは答えず、黙ったまま何事も無かったような人込みを見つめていた。 「それにしてもさ、ヒイロ。お前にそっくりな奴がいたって事は、やっぱり俺に似た奴もいるのかな?」 思いがけないデュオの言葉。 びっくりしたようにデュオを振り返るヒイロの前で、彼は軽く笑った。 「だってそうだろ。お前に似た奴がいたんだから。俺のそっくりさんがどこかにいたって不思議は無い訳だ。 ま、一つの可能性って奴だよな。 そんで・・・そうだなあ・・・今話題のガンダムのパイロットだったりして!! そうしたら凄えカッコ良くねえ? わくわくするよな!! コードネームは『死神』!! 憧れるよなあー」 無邪気にそう言うデュオに、ヒイロは困ったような、曖昧な表情を浮かべた。 「うーん・・・・ガンダムのパイロットか・・・・。どうだろう・・・」 デュオは一瞬、おや?という顔をしたが、すぐに納得したようにヒイロの髪をくしゃくしゃっと撫ぜて言った。 「ああ、そうだな。そういうのはお前には似合わねえよな」 デュオはそう言って笑った。 「お前は優しいから────」 ヒイロは何とも言えない複雑な顔で、はは、と笑った。 ──── と 「あ、やばっ!」 ヒイロは慌てて腕時計を見た。 時計の針は予定の時間を大きく回っている。 「やばい! 遅刻決定じゃねえか!!」 ヒイロの動作にデュオも気付き、腕時計を見遣ってぎょっとした声を上げる。 ヒイロは言った。
「仕方ない。取りあえず切符にしといて、帰りにパスを買おう。行くぞ、デュオ!」 |