赤い糸

ぴーたーJrさんのサイトで777HIT踏んで、キリリクで書いて頂きましたv
リクエスト内容は『リリーナの指に自分の指を絡めるヒイロ』 さあ皆様ご堪能あれ!!(BY十月)




 どす黒い空間に、佇んでいた。
 一瞬、そこは闇の世界への入り口かと思う程に、空気は冷徹に彼の肌を流れていく。過去何度も夢見た光景だと、理解するのに思いがけず時間がかかった。
 迷い込んだその空間から、脱出する方法は知らない。
 理由は一つ一一脱出する気がないからだ。
 だが、今は……。
 ふと、ヒイロは心臓を射抜くような視線を感じて振り返った。視線の先には闇のみが存在する。
 しかし、よく目を凝らすとその奥に、微かに気配が感じられた。
 懐かしい、気配だ。
 そして、彼がもっともよく知っている気配だった。
「……リリーナ?」
 呟きと同時に、気配が形を成す。
 そこに一一彼の見知った姿があった。
 だが、彼の知っている彼女とは、明らかに纏う空気が、違う。それはすぐに感じられた。
 まだ彼女の表情が確認できる程近い距離ではないために、ヒイロにはその原因を探ることが容易ではなかった。往々にして、彼女がこんな空気を放っていること事態、初めてだったのだ。
 どう対処していいのか迷っていると、彼女はゆっくりと彼の方へと近付いてくる。そして、優雅に、その両手を伸ばして来た。
「リリーナ、どうした?」
 声を、かけた。
 その、刹那。
 彼女の、細くしなやかな両手が彼の方に伸びたかと思うと、その手が彼の首を力を込めて掴み掛かったのだ!
「っ!?」
 驚愕に、声もでなかった。
 顔を上げてこちらを見つめるリリーナの瞳は、哀憎の色をたたえている。
 衝撃と混乱に身動きができない。
 ヒイロは殴られたような衝動に、身動き一つ取れずに、朦朧とする意識の中彼女を見つめ返していた。
 リリーナの瞳には、怒りの色。
 その中には哀しみの色。
 ……リリーナ?
 首にかかる華奢な手に、力がこもる。その度に、何かに急かされるように、暗闇が近くなる。
 ……何が…?
 解らない。何が彼女をそうさせるのか。
 解らない。オレは彼女の事を。
 解らない…?
 一一意識が薄れる中、息をとめるように目を伏せようとした彼に、リリーナは口を開いた。


 ア・ナ・タ・ガ・ニ・ク・イ…………!


 一一目が…覚めた。
 辺りは暗く、静寂だけが漂っている。今だ夢の続きかと疑ってしまう程に。
 群青の瞳に写るのはそれほど高くない天井。ここは、自分のマンションだった。
 ヒイロは汗だくになっている自分にも気付かずに、ただ呆然と慣れて来た眼を凝らした。
 こんな日に、こんな夢を見ていいはずがなかった。
 今日は、一ヶ月ぶりにリリーナとプライベートで会っていたと言うのに。
 そして、彼の隣には、彼女が………。
 そこでヒイロの視線が凍った。
 隣で眠っていたはずのリリーナの姿が、なかったからだ。
 その時、部屋のドアがゆっくりと開く。そこに、探した少女の姿があった。
「起きていたの? ヒイロ。大丈夫? すごくうなされて汗をかいていたから、今タオルを取りに行っていたの」
 可憐な仕種でそう言うと、リリーナは彼の方に手を伸ばした。
 だが、ヒイロは反射的に強ばった。
 一瞬息を飲む程に、彼はその行為に恐怖を覚えた。
 それに、リリーナは気付いた。不信に思う程彼の表情は硬く、声をかけていいものか躊躇すら覚える。そうして二人が滞った空間に、声が響いた。
「………オレを……憎いと思ったことが……あるか?」
 打つような悲痛な声に、リリーナは目を見張った。
「何…ですって?」
 何を言われたのかすぐに理解ができない程に驚愕して、次の瞬間には首を振っていた。
「ヒイロ、あなた、昨日お酒を飲み過ぎていたから…」
「オレは正気だ……答えろ」
 深く俯いたヒイロの表情は、伺えない。
 リリーナは困惑したように首をかしげた。
「ヒイロ…あり得ないことよ」
「……憎むとしたら、どんな時だ」
 戸惑いだけが、リリーナを襲う。ヒイロがなぜ、急にそんなことを言い出すのか見当もつかなかった。
 ただ、彼がひどく傷付いているのだけが、痛い程に伝わって来る。
 それでも、答えなければならない。そうしなければ、何かが切れるような気がしてならなかった。
「そうね……」
 微動だにしない彼の隣に、腰を降ろす。
「そう、ね」
 もう一度呟いて、彼を見つめる。彼は変わらずに下を見ていた。本当は何を見ているのか、解らなかったけれど。
「……あなたが、先に死んでしまった時」
 ヒイロは弾かれるように顔をあげた。その瞬間、こちらを見つめる彼女の優しい笑顔が視界を埋めた。
「後は……あなたが、わたくし以外の女性を……愛してしまった時、かしら?」
 一瞬、息をとめる。
 そして、ヒイロはリリーナの手を引き寄せ、首に当てるともう一度問い返した。
「それ以外は……?」
「思い付かないわ」
 真摯な光が、彼女を見つめ続ける。彼女の瞳の中に、嘘を探したいと言わんばかりに。
 彼女がこの手に力を込めるのを待つように。
 だが、しばらくしてヒイロは、どこか諦めたように息を漏らした。
「……後半は、あり得ない」
 リリーナは目を見張ると、少し眉を潜めた。微かに怒ったような気配とともに、彼の首に置かれた手を強引に後ろまでまわすと、可憐に、優雅に、ヒイロの唇に自らのそれで、触れた。
 滅多に無いリリーナからの口づけに、ヒイロが驚いていると、リリーナは上目使いに睨んで来た。
「前半もあり得ないと、言って。ヒイロ」
 その要請には、断言する気が起きなかった。
 ヒイロは微かに首を振る。
「ヒイロ、お願い。約束、して」
 リリーナの、懇願する声が悲痛な響きを宿していた。今、自分がどんな顔をしているのか、その時ようやく気付き、ヒイロは目を伏せて息を漏らした。
 きっと、今にも命を断ちそうな、自虐的な顔をしているのだろう。
「……あり得ない……これでいいか?」
「約束、ですわよ?」
「ああ」
「……証は?」
 矢継ぎ早の返しに、ヒイロは声を詰まらせた。
「どうすればいいと……」
 リリーナはまわしていた腕を解くと、そっと小指を差し出す。
「指きり」
 無邪気な微笑みに、何かが緩んでいくのを感じた。刺のささった心から、傷を癒すような彼女。
 その彼女の、小指は彼を待っている。
 約束を、待っている。
 ヒイロはその指に自分の小指を絡ませた。すると、その瞬間安堵したようにリリーナは小首をかしげ、呟く。
「ねえ、なぜ小指で約束の証とするか、知っていて? ヒイロ」
「いや」
「小指と小指を結ぶことで、繋がるでしょう?」
 確信の疑問符に、彼は答えられない。
 だから、リリーナは付け足した。
「ほら、見えませんか? 赤い糸」
 視界が歪んだ。彼の目の前に写る彼女の姿が、あまりに眩しくて。
「初めから赤い糸が存在するなんて嘘ですわ。運命だと言うのなら、それは自分で作ることでしょう? わたくしとあなたの赤い糸は神様がくださったものではないわ。わたくしたち自身で結んだのだと、思いませんか? ねえ、ヒイロ。見えませんか? わたくしとあなたの、赤い糸」
 返答しかねていると、リリーナはくすりと笑った。
「返事は、いいですわ。でも、お願いがあるの」
 リリーナは右手の指で、彼と結んだ小指を指す。
「小指と言ったら、次は……何指?」
「? 薬指だろう」
「そう、次の指は薬指よ。だから」
 瞬間。
 リリーナの微笑みが焼き付くように、光を帯びた。
「次の約束は……薬指にしてね、ヒイロ」
 ヒイロは息をつめた。
 彼女はいつでも、変わらず優しく笑う。
 そんな彼女を、縛る権利が自分にあるのかと問われたら、彼は断言する自分がいることを知っている。
 ない、と。
 そんな権利も価値も、自分には無いと。
 だが、それでも、彼女は求めるのか。本当に?
 相反する世界に足をつけている自分を。
「もし……」
 どす黒い空間はいつでも背後に存在する。いたずらに彼女を傷つけると分かっていても、押さえられない衝動は、そこから生まれる。
「もし断ったら、オレを憎むか?」
 予想外の言葉にはっとして、リリーナは強ばった。
 一瞬傷付いたように瞳を歪ませ、苦々しく笑う。
「……憎むかも、しれません。こんなにわたくしを縛り付けたのに、捨てたって、言ってしまうかも」
 口調が弱かった。リリーナは微かに俯いて、絞るように答えた。ヒイロにその気が無くても、彼女の心には重く響く台詞になる。気を緩めたら涙腺が緩みそうな程。
 そんな彼女に気付き、ヒイロはリリーナの身体を抱き寄せた一一優しく、労るように。
「その時は、お前に殺されてやる」
 耳元で囁かれた声は、謝罪を込めたにしては、刺があった。それでも、今の彼にはそれが精一杯で。
「ヒイロっ」
 驚いたリリーナは慌てて顔をあげた。
「ごめんなさい。嘘ですわ。あなたが誰を選んでも、わたくしあなたを恨んだり憎んだりしませ……っ」
 言いかけた声は、無情に封じられた。
 彼の、指で。
 言い切られることが、辛かった。
 彼女以外を選んだ時まで、聖女のように笑顔を向けられたくなど無かった。それが、虚勢だとしても。
 例えそれが無駄な思考でも、想像もしたく無かった。
 やがて、ヒイロは戸惑うように視線を彷徨わせるリリーナの手を取ると、その指を引き寄せた。
 彼なりの、彼女への、思いを込めて。
「安心しろ。あり得ないと、この指に約束する」
 リリーナは、息を飲んだ。
 彼がそう言い、口づけをくれた指は。
 左手の薬指だった一一。


fin


あとがき

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