【第3夜】 国家の誕生・その3


広域な土地と人民をかかえ、そこを統治する必要がでてくるとさまざまな支配・統治手段が生み出されます。
奴隷制社会、封建制社会では専制君主が決めた掟、法が絶対のものでした。すべては王の意思と専制による国が作られていました。
しかし社会の生産力がますます発展し、封建制社会の体内で孵化した商業ブルジョアジーが強大な経済力をもつようになると、ブルジョアジーは封建国家の経済と財政を手中におさめ、さらにその勢力を拡大しようとしました。
商品経済と貨幣経済がますます発展し、国王と領主たちによって分割された地域ごとの障壁は取り払わねばならなくなっていきます。
こうして王制打倒のブルショア革命が勃発していきます。日本では明治維新です。
近代ブルジョアジーがうち立てた国家は新しい支配体制をつくりあげました。
奴隷制社会、封建制社会の絶対的な専制支配よりもいっそう巧みな支配の方法をあみだしました。
議会制度です。
あたかも万人に公平であるかのような三権分立という制度をもうけました。
国の権力は、次の三つに分かれています。これを三権と言います。

・国会(立法権)=国権の最高機関。国の法律や予算を決める
・内閣(行政権)=国会で決められた法律や予算にもとづいて、国の仕事を進めていく機関。国会を解散する権利をもつ
・裁判所(司法権)=争いごとを憲法や法律にもとづいて判断し解決する機関

この三権は独立不可侵で、相互に監視しあって権力のバランスをとるのだといいます。

しかしそうでしょうか。奴隷制社会、封建制社会が専制君主のための国家制度であったのと同じように、近代資本主義国家もブルジョアジーが権力を奪取して作り上げた国家です。すべての制度はブルジョアジーのための制度です。露骨な支配制度ではなくいかにも公平で民主的であるように装っている制度です。
三権分立などということがありえないことは、最近の安保法制や原発問題、沖縄の基地問題などのできごとをみれば明らかでしょう。
議会・国会というものは、ブルジョアジーが手から下げた鳥カゴです。この鳥カゴのなかでブルジョアジーにとって打撃にならない範囲でのおしゃべりをさせるところです。
ブルジョアジーは自らを守るための政党を育て、その議員を当選させます。上部の政治組織からあらゆる社会組織、町内会の末端にいたるまで、支配の網をつくりあげています。

現代の独占ブルジョアジーは、政府とすべての官僚機構をその手中におさめ、自らの利益のための政治をやらせています。誰が国家の権力を握っているのかという、権力問題の明確な意識と認識をもたないかぎり、人民の闘いは勝利しません。
議会は、そこに人民側の代議員を送り込んで「非人民的な政治を暴露する演壇」として利用することはできますが、それ以上のものではありません。
さまざまな制度や要求など、議会を動かしての改良の闘いもこの権力問題の認識がないと、署名や嘆願などの「お願い」の範囲にとどまってしまいます。

「国家とは、一つの階級が他の階級を支配するための道具」です。
敵の道具である国家や、そのさまざまな制度に頼りすがるのではなく、人民の権力をうち立てて敵の権力に取って代わる、敵をねじ伏せるという認識と闘いが必要です。
人民の国家も「社会の主人公である人民を守る国家であると同時に、反抗する旧支配階級を抑えつけつけるための道具」です。
権力というものを忌避する人々がアナーキズム(無政府主義)を提唱しますが、権力(うむを言わさぬ実力)を持たずに敵をうち倒すことはできません。
国家と階級の消滅は、その次の段階で実現されることです。(このことは後の話しでふれます)

2015.11.11 梅谷晋