記・国民B(2020.3.11)
■地球一元支配者による世界人民への本気の攻撃(新型コロナウイルス)とどうたたかうか

◆新型コロナウイルス騒動をめぐる直近の動向

 9年前の311。復興はいまだ先が見えない。およそ5万人は避難中。世界最大の原発事故については、破損した炉の状態すら状態を掌握できない。底に留まる放射性物質の取り出しなどいまだカケラすら取り出せていない。それに膨大ではちきれそうな放射能汚染水の管理におろおろし、海に流す気だ。汚染土壌も増える一方。山積みする場所ももうない。これを辺野古の埋め立てや道路建設に使おうとしている。さらに振り返るなら終戦の年1945年の東京大空襲。そうした人民への地球一元支配をたくらむヤツらの世界人民への深刻な攻撃を思い起こさせる。
 WTOは100か国、10万人の感染者が出てパンデミックが現実になったと発表した。米国の妙な動きはサンフランシスコ沖にいる豪華客船乗員、1000人余りを残して2000余人を下船させるということ。これは日本での経緯でわかることだが、感染を市中に拡散させることに通じると不安をよびおこしている。
 安倍政権は2週間前だが「ここ2週間が食い止められるかの山場だ」として、全国的な学校の九校を宣言した。根回しのない突然の話しであった。実際に休校が引き起こす深刻な影響がつぎつぎに起こった。2週間たち「さらに10日ほど続ける」と宣言した。特に不正規の雇用労働者への影響は、何の手当てもないままに生活へ直接響いた。さらにすでに空気感染が確認されていることから、濃厚接触の可能性を最小限にするためとして、イベント中止依頼を宣言した。最大の課題である通勤ラッシュにはふれないままだ。これを受けて野球や相撲や各種競技は無観戦での奇妙な催しになった。文化的な企画も中断あるいは中止になった。かつて経験したことのない奇妙なことが目の前で展開中だ。
 国内外で感染者が急増している日本も含めた国からの横行禁止や制限がはじまった。当然と言えば当然の結果だが、いつもは混雑の激しい空港はガラガラだ。中小零細企業への仕事の流れが停止し、倒産が連日報告されている。この機に乗じて暗黒安倍政権はとんでもない悪事を実現しようとしている。緊急事態条項の実現だ。通常法でも対応が十分に可能なのに、政権に緊急と偽ってすべての権限を集中し行使するのを認めさせようというもの。ファシスト安倍にとって最後の指令である憲法改悪の目的条項だ。その必要性を広めようとするもの。ただ、この度はさすがに野党からの反発が強く、期間限定の「コロナウイルス等」と「等」という危険な言葉を盛り込んだ法案で落ち着きそうだ。
 最大の結果は全世界的な経済の暴落だ。1925年やリーマンショックどころの騒ぎではない。だが、主犯の手先であるマスコミ・報道機関は「世界的暴落」を隠している。影響は大きいとは言いながらも、予想内のことだと言ってはばからず、口を濁している。日銀は市中に札を十分に流すといった。麻生副総理は「リーマンにはおよばない」と。米国も必死。株価が当然だが調下落。トランプは「税を下げる検討」に入るとして下落食い止めに必死。
 感染状態は実際には世界的に広がっている。韓国、イタリア、イラン、米国は深刻だ。南米とアフリカの諸国にも広がった。感染者の数字は絶妙だ。検査機関がまじめに機能している韓国などは、検査の分母が大きいことが増加であることいえる。イタリア、イランは機関が不十分でも全力で調査しているため多い。米国とロシアはまさに微妙。検査をする機関は十分でもどこまでまじめにやっているかは極めて不明だ。やればやっただけ増えるのを抑えて、手を抜く、あるいはやっても数字を政治的に押さえている節さえある。他の国、特に発展途上国では基本的に検査機関そのものが乏しく、追いつかない。世界的に検査が徹底されれば、感染者の分母が恐ろしい数になると思えるが、これはしばらくの間、正確な数字を知ることは不可能だろう。
 最初に感染者がでたという中国では、すでに感染のピークは越えたようでもある。前回の記事で触れたように、アビガンの使用を広めてその突出した成果を出している。多くが症状を画期的に改善して回復した。日本でもアビガン開発者の白木氏はマスコミから外されているが、先日中日新聞で記事を発した。やはりアビガン以外にないことを言っている。アビガンはエボラをはじめとする免疫系を攻撃するウイルスが、体内で増殖するのを阻止するという画期的な薬品であるだけに、主犯者らは民の治療には使わせたくないのだ。自分たち、すなわち主犯とその手先の輩だけは、すでに感染しないためのワクチンのようなものとアビガンを使わせているという話もある。卑劣なヤツらだ。
 アビガンをさまざまな理由で知らしめたくないヤツらは、同様に今回の新型コロナウイルスが「自然のもの」とかたくなに主張し、ちょっとでも「人工的に作られたもの」ではないか、その疑念を口にするようなものを封じている。そうした人はテレビのコメンテーターから外される。記事も掲載が拒否される。youtubeでも閲覧者が多い(登録者数)ソースは次つぎと消されている。
 だが、今回の新型コロナウイルスが人口のもので、明らかな目的をもって、テロ攻撃として使用されたものだということは、世界中さまざまなところから発信されている。
 指摘しなければならないのは、眼に見えないウイルス兵器によって、世界の民をパニックにおとしいれ、緊張させることだ。戦争と同じ。緊張は人体への酸素供給が減少する。思考が停止する。報道・マスコミを依存症的に求める。普段に反安倍的な言動を口にするものでも、たやすくお上を信じる。お上の権限集中を促す。世界的に巨大に進行している世界金融資本のヤツらの危機に目を向けさせないことが目的にある。もちろん、そうして時間を稼ぎ、その間に新たなごまかしと挽回の手を紡ぎだすことだ。人民からしてみるとそのようなヤツらの支配攻撃とたたかうという視点で、今回の新型コロナウイルスの攻撃を見つめる必要がある。

◆冷静に見ると、ヤツらがまじめに、真剣に、本気で新型コロナウイルスの攻撃を世界人民に仕掛けてきてた目的がわかる

 地球の一元支配の仕上げを企んでいるのは、国際金融資本を中心としたヤツらだ。世界人民の主敵のところで明記している。国際金融資本とグローバル企業群を先頭に、王政特権階級、ユダヤキリスト教原理主義、諜報機関(国家の一機関の振りをした私兵)、帝国軍(米軍とか国連軍とか国家の一機関の振りをした私兵)、各国カイライ政権である。
 この連中が結束しておりながら、その姿を隠し、世界を相手に陰湿で卑劣な策動をしてきていることが、ここ数十年の動きから人民にバレだしてきた。特に2001年の911、中東イスラム圏へのこじつけ攻撃、日本での311(人工地震と原発事故)、中国への香港デモ、食料への毒入れ、マイナンバーと監視社会等々。けっして「各国」の勝手な動きではないことがわかる。
 その邪悪なヤツらのプランは1980年に建てられたジョージア・ガイドストーンに明記された。その前にヤツらのシンクタンク・ローマクラブが「地球上に人間が増え過ぎた。それを養えるだけの食料がない。だから適正な人口にする必要がある」と公言。近年連中は「グローバル2000」と称して、ヤツらの私設機関である国連で採択している。新型コロナウイルスが感染が報告される直前に、やはりヤツらのシンクタンク・ブルッキングス研究所は、武漢で新型コロナウイルスが発生し感染者は数千万人で、十億人を超える死者がでるとの予言をだした。中国に配属されているヤツらの手下が、やはり同時期に、それも武漢で同様なことを発言し、同地での演習をしている。
 上記の動きは、今回の新型コロナウイルスの攻撃が決して自然のものなのではないことを示している。
 国際金融資本を中核にした現在の地球一元支配をすすめるヤツら、邪悪な目的をもった狂暴な行動が目立ったのは戦後で特に911を境にした時期からだ。行動の理由が屁理屈であること、行為が露骨であること、ターゲットが無垢な人民であること、ヤツらの邪悪な目的に従おうとしないイスラム圏と旧共産圏の崩壊と転覆であること。この特徴を世界人民はみぬいたことから、英国のEU離脱、米国のトランプ現象が起こった。
 ヤツらの政治(人民を支配する。人民を間引きする。人民を目先のことできゅうきゅうさせておく。人民を内部対立させておく。人民に真実を知らせない歪んだ思考にしておく)の粗っぽさゆえの矛盾がどんどんとほころびを呈してくる。すでにグローバリズムで一元化された経済は、投資家に利権がすべて集中するようになり、桁違いの格差が通常化する。現実の生産性とはその格差分と思える桁違いの虚構の市場が膨らみ、パンク寸前まで膨張してしまった。
 金との兌換が不能なドルが原油取引の基幹通貨として存在を保っているだけで、実際の価値とはまったく別物になってしまった。そもそもヤツらはまったく私的な株式会社企業である中央銀行制度を作って世界を支配してきた。しかもその私企業は一般とは別世界の特権の世界にある。株主の非公開。年間事業報告書を非公開。米国FRBにわかるように、国が私企業たるFRBに増刷を頼みそれを買い上げ(借り)、民から吸い上げた税で元金利子を返済する。つまり中央銀行は一方的に国にたかるというシステムだ。各国に配置した中央銀行は国際中央決済銀行が管理する。100パーセント世界金融資本の私企業だ。
 世界の民の多くはこの真実を知らないかも知れない。国の一機関であるかのような装いをしているものの、客観的な事実故に、真実を求める人民にはとっくに知られてしまっている。しかも、中央銀行が無から生み出す札は例えコンピュータに打ち込むだけの数字とはいえ、市中にはペーパーの紙幣として機能する。この札は現在ではキャッシュレス(コンピュータ上の数字だけ)に取り替わろうとしている。ある意味では当然の世の流れだ。ところが札は中央銀行を通じてヤツらが管理できるが、対抗するように登場した仮想通貨は必ずしもヤツらが管理できない。
 中央銀行システムが揺らぐ今、新たな通貨として、ビットコインのような仮想通貨システムを己の作ったものでとってかわり、かつ、原油決済も信用も裏付けもないドルでないものでやろうという動きが現実になってきた。それこそ中国の元をベースにしたものだ。これに並んで、イランではドル以外での決済を主にしようとし実際に始めていた。イタリアも新たな仮想通貨の実現を進めてきた。
 これで明確なように、ヤツらが私兵の米軍や国連軍を動かして中東で横暴を振るってきた相手国が、すべて中央銀行システムを導入していない国であり、この度のようにドルに代わる仮想通貨を現実にしてきたところなのだ。
 「そのようなウイルスを撒いたら、ヤツら自身も感染するだろう。そんなことをするわけない」という反論が多い。幾度も指摘していることだが、ヤツらは兵器もそうだがそれを実践に移すときには、先に敵がそれを使って攻撃してきたら防御できるかというのが鉄則だ。ウイルス兵器も同じで、満州での317石井部隊はそうした研究をしていた。今回のウイルスも同じで、ヤツら自身は別世界いる。ワクチン相当品や治療薬は手にているとみて間違いない。
 「われ統治するもの、おまえされるもの」「オレ上級国民、おまえ下僕」「おれ人間、おまえゴイム(家畜)」というのが現代政治(統治、支配、所有している民の管理)の例外な原則。科学、知識、医療、宇宙等についての知識と運用のすべては、統治するものと奴隷である民との間ではまったくかけ離れている。先に紹介したジョージア・ガイドストーンに書かれている内容、ユダヤキリスト教原理主義の経典、悪魔崇拝思想においては、その規定と認識は絶対だ。
 第二次世界大戦終結時の原爆使用や東京大空襲での理由を思い起こせ。その機会でのゴイム抹殺が本音なのに「米国民200万人以上犠牲を救うため」だと民に言う。人口削減計画はもろゴイム抹殺なのに「地球上では食料がまかなえない」と民をだます。
 この場に及んでも、ヤツらが思考誘導する「新型コロナウイルスは自然発生した」「ワクチンなど開発中だがあと何年もかかる」「治療薬などない。アビガンは検証されてない」を信じているのか。
 そしてヤツら自身の行為が民の間の認識として浮かび上がった真実を「陰謀論だ」として、だまされている民に「フェイクニュース」として排するようになったことだ。これはヤツらの私設機関であるCIA(米中央情報局)が1960年代に正式に決めたこと。民はかならず支配の真実を認識するようになるに違いない。それをあくまでも歪めておくためには「陰謀論」として、民が信じるのを排していくことだ。ヤツらが100パーセント管理する報道機関・マスコミの視点こそが正しいと貫き通すことだと。

◆旧左翼がヤツらの思考攻撃に有効な反撃ができない理由

 世界人民の決定的な思想である階級思想。その核心である人民権力思想。これが理解できない、あるいは歴史的なパリ・コンミューン、ロシア革命、中国革命の歴史から核心を学べなかったことだ。左翼に誇りを持っていたその時期は、おそらくパリ・コンミューン、ロシア革命、中国革命に感動したことだろう。大いに勉強し理論を勉強したはすだ。だが、核心思想を文字で追ったかもしれないが、それを言葉づらでしか理解しなかったことだ。
 当然の結果として、レーニンが理論面で厳しくたたかった改良主義に完全に陥ってしまった。日本共産党の議会主義はその典型だ。第二インターで「戦争を内戦に転嫁する」という思想を理解できずに、戦争の主犯にまるめこまれ、戦争に加担したが、まさにそれだ。
 逆にそれだけ敵(支配者)の思想的な攻撃が効をきたしていると言える。逆にそれだけマルクスやレーニンの説いた教えが「わかりにくいもの」と宣伝されているとも言える。当時理論戦線をリードしたのが革命的なインテリゲンチャであったがゆえに、巧みな論争も民がかみ砕くには難しい表現に終始したのも、内的な要因であった。だが、これは歴史的な制約としてこれからの主敵に向かうたたかいでは、克服していかなければならない課題だ。
 歴史的にパリ・コンミューンのときのフランスの人民の行動を揺り動かしたもの。ロシア革命の過程でロシアの全人民が奮い立った熱情の根源。中国革命の人民のこころを揺さぶる英雄的なたたかいのかずかず。フランスやスペインでの人民闘争のなかでの勇気と団結。これらは実際にあった歴史の遺産だ。実際に多数の人民が奮い立ったのだ。その根底には、例え小難しかろうとも、革命の思想の核心が民の思想をとらえたとこがあったのだ。
 これからの人民に課せられた課題は、マルクスやレーニンの革命思想の核心をどうかみ砕いて人民大衆のものにしていくのか、ということだ。実は、この思考と行動、民のひとりひとりの思考の発展こそが人民権力そのものであり、それが組織に発展していくことがやがて革命を手にする核心なのである。
 教条主義というのがある。それは左翼世界ではマルクスやレーニンの教えを真理だとして、文言そのままを、どんな情勢下でも守り通すことに異常に重きをおくことを指す。日本共産党が自ら議会主義に走ったときに、多くの共産主義者はそれを改良主義として非難した。ところが共産党は反対派を教条主義とよんだ。日本は「資本主義が高度に発展した結果として、議会を通じての革命が可能になった」として今もその路線を走っている。
 当時教条主義と非難され人びとはどうだろう。共産党とは違う過ちに陥っている。それは現代がすでにレーニンの時代とは大きく変わっている点が見えないという過ちだ。レーニンは当時のロシアを取り巻く政治情勢を「資本主義の最高の段階としての帝国主義」と規定した。つまり、資本主義の「最高」の段階。現在は資本主義の世界だ。当時から連続している。だから「最高」はさらに高くなったかもしれないが、あくまでの帝国主義時代だとして、そこから認識が発展しないループに陥っていることだ。
 ループというのは、当然に人民の主敵について「帝国主義」と規定することで、その次の革命の課題が論理的につながらない。理論が自己破綻してしまい、たたかう方向が明確に見いだせない。何が革命の主題だったのか、その核心がつかめない。ぐだぐだといくらでも革命を論じられはしても、何を言っているか少しも民にはわからない。人民大衆から浮くどころか、敬遠の対象になる。

 レーニンは別のところでも指摘しているが、帝国主義が領土の拡張、分捕り合戦をしているという。発達した資本主義が帝国主義になり、その帝国主義同士がいがみ合い対立し主導権と覇権をきそっていると。この構図であったことから、つまり互いの足の引っ張り合いが存在するという環境が、ロシアでの革命成立のスキができた。レーニンは歴史が生んだ偉人。彼はこの歴史的なスキを革命のチャンスとして逃さなかった。
 現代はどうか。国際金融資本が世界を一元的に睥睨して、スキを作らない。できると、以前では考えられないような速度で、集中的な手を打ってくる。そのために、レーニン活躍時代のようなスキがなかなかできない。グローバリズムで統一的な人民闘争の圧殺をしてくる。つまり、敵は国際的にばらばらではない。NWOの時代になっていて、それは圧倒的なひとつの力を誇示し見せつけることでの支配ということである。
 つまり、帝国主義同士の覇権の争い、いがみ合いは卒業し、帝国主義という国家を支配する企業(国際金融資本とグローバリズム企業)が、発展したゴールとして一元的に手を結び、圧倒的な軍事力、物量、資金、情報をみせつけ、敵対するものを封じていくという時代に移行したのだ。
 それは第二次世界大戦中に芽生え、20世紀の後半に確立していった歴史の流れだ。第一次世界大戦では、巨大砲と機関銃、飛行機、戦車等が開発されて戦争の様相が大きく変化した。第二次世界大戦では核爆弾を開発使用、情報戦、細菌兵器がさらに戦争の様相を変えた。軍事産業の質と量の変化は帝国主義同士の対立の限界を知らしめ、国家、国境は国際金融資本の世界人民の分断支配の単位、道具の役割が主になっていく。特に現代における戦争は、無数の軍事衛星を考えずに論じられない。けた外れに次つぎと発展するコンピュータとAI等は戦争の様相を別次元に上げている。衛星あるいはUFOのようなものから気象兵器で、あるいはレザーとかプラズマ兵器でジュッと相手の戦闘部隊ごと蒸発させる時代だ。
 領土は取れない、露骨な植民地主義はとれないことから、新たな世界支配の構造を作っていく。勝戦国は国際的な政治機関として国際連合を作った。各国の中央銀行を統括支配する国際決済銀行の構造が明確になった。国際的な経済機関として世界銀行、IMFを作った。政治的、経済的支配を国家対国家、国家対世界機構で進めていく構造へ。新自由主義、国際金融資本の一元化支配へと発展していった。
 クラウゼヴィッツの「戦争論」というのがある。多くはいまだにこれを引用して戦争を論じるが、これが第二次世界大戦の途中までの規定だといっていい。国対国でたたかっていた時代の優れた戦術論としての規定だが、現代では通用しない。これをベースに過去の戦争は論じられても、現代の戦争は論じられないことを見抜くことだ。
 支配の方式は、①継続的小規模戦争(大戦争はもうできない)、②経済的戦争(エネルギー、食糧、医療の主導権をとる)、③目に見えない恐怖(放射能とウイルス、自然災害にみせた気象兵器で底知れない恐怖状態に置く)、④思考誘導(報道・マスコミによる目くらまし・フェイク報道)、⑤情報支配(コンピュータ、AI、無数の監視機器)だ。これで、支配者自身は別世界に住み、民は恐怖のうちに間引きされ、最終的には5億人程度のロボット・奴隷として存在する状態にすることだ。
 色合いの異なるイスラム圏と旧共産主義国家の転覆が世界一元支配の道程で残された課題になった。
 資本主義はあくなき寡占化の流れを作り、国境を越えて手を結ぶようになる。グローバリズムの流れを本流にして世界をまたにかけた一元支配に収れんしていく。
 もともと国単位で発生し成長した独占資本が自国の政治屋をカイライとして動かしてきた。
それが国境を越えた独占資本同士の結託に成長し、その頂点に国際金融資本が一元的に各国の中央政治にカイライを配置する構造になった。各国の人民を収奪するのは帝国主義時代に、体制として定着してしまった。しかしとどまるところを知らない独占資本と帝国主義は国際的に手をつなぎ、世界中の人民から一元的に収奪していく方向に走った。
 こうした資本主義の寡占化、政治的には帝国主義への成長(発展)の流れに、体制的に同調しない勢力が存在し、地球全体を餌食にしたい欲望の邪魔として立ちふさがるのが中東を中心にしたイスラム圏と旧共産圏の国々だ。国際金融資本とその配下の「自由主義・資本主義陣営」国家は、イスラム国と旧共産国家に対して、あらゆる言いがかりをつけていく。謀略的な政権の転覆。スパイを大量に送り込み内部からの混乱・紛争を起こして、それを解決する名目で、国際的機関が介入していく構造になる。
 国際的な政治機構も経済機構も、国際金融資本の私兵である。国際金融資本は、グローバリズム企業群を各国においている。各国のグローバリズム企業群(多国籍独占資本)が、国単位の中央政府を国単位でカイライ支配し、世界的には国際機構である国連、世界銀行やIMFを動かして、「自由主義・資本主義陣営」国家を支配するだけではなく、転覆の対象であるイスラム諸国や旧共産圏諸国に政治的、経済的支配の手を広げている。
 経済で各国を支配しているのは中央銀行制度だ。国際金融資本が各国に私兵、私企業としての中央銀行を作らせ、国際的には国際決済銀行(BIS)が統括管理している。
 NWOは圧倒的な、相手が絶対に太刀打ちできないほどの力を見せつけることで支配する方式だ。それだけの科学力、物量、兵器、資金を持っている連中がいる。それが国際金融資本であるのは否定しえない事実だろう。「米国」などではない。「国」など政治を動かす単位ではない。単なる分断支配の道具に過ぎない。米国は、第二次世界大戦を通じて、目的意識的に作り上げた虚構の国家だ。地球支配者が「国」による政治を真実らしく見せるために作り上げた、100パーセントカイライの国家だ。
 世界から民を収奪して20世紀の終りの時代ごろまで、米国民の栄華を作り上げた。確かに民にもある程度だが富は分配された。だがそれは宣伝用のもので、米国の非白人への差別を見たらいい。自由民権とかマイノリティーとか女性や黒人の進出とかが話題になったのは、何と何とわずか数十年前だ。アメリカンドリームなどと世界に宣伝したその裏で、差別と暴力、野蛮をつくしてきた国が米国だ。米国は成立以来から悪魔教の巣窟で、つい最近までそのまま実行してきたのだ。ネイティブ原住民の抹殺、黒人奴隷等々、現在の主敵の思想そのものを露骨に実行してきた国なのだ。
 それが初期は全面で中央政治を担ってきたのだが、第二次世界大戦を通じ、20世終盤までの時期にシステムが変化した。その当時の連中と思想は現在のユダヤ・ロビーとなり、表の中央政治はカイライの政治屋がするようになった。しかも世界金融資本と悪魔崇拝主義者であるロックフェラー、ブッシュ家等の一見普通に見える政治屋だ。それが背後の世界金融資本と一体で911を起こした。イラクやアフガニスタンへの侵攻を実行した。だが、どう隠しても表裏一体のそのやり方が民の支配の形態に過ぎないことがばれてきた。同時に米国の金融資本は寡占化が極度に進み、米国民の持っていた富まで収奪の対象にしてきたため、民は現在究極の貧困にまで陥っている。トランプ登場の背景となった。
 トランプ登場で世界金融資本に反対する民は声を上げていく。軍も諜報機関も警察も行政も分裂した。中央政治はトランプ派とユダヤロビー+民主党という構造になった。新型コロナウイルスの目的はトランプ派の一掃もターゲットにしている。

◆日本病、依存症を排した人民権力の構築だけが根本的な対応だ

 この度の新型コロナウイルスの攻撃は、いかにグローバリズムの犯罪は罪が深いか、つまり、全世界の経済がガタガタになる。本気とはいえ、たかがこの程度(ジャブで、次、その次とヤツらの手はこれから連続する)で、民の生活は大きく振り回される。そう、ヤツらはタイをグローバル時代のふざけた経済と社会というところに人民を誘導しておいて、いきなり梯子をはずしたのだ。人民が求める生活、経済、社会は、この程度の攻撃で犠牲を最小限にできる、揺るがないものだ。
 虚構のドルマーケットなどもともと破綻していい。人民の生活にはもともと無関係で、混乱を起こすためだけに存在してるものは不要。食料とエネルギーは元来的に輸出入などやってはならない。グローバリズムの美名であおり、民の依存症を極限まで慢性にするものだ。
 あらためて、世界の支配構造を明確にしたい。これは世界人民を支配しているものは誰であるか、すなわち主敵を明確にすることでもある。世界人民が支配のくびきから解放されるためには、主敵を葬り、支配体制をくつがえし、人民による人民の世界を実現しなければならない。
主敵を明確にすることで、おのずと、分断支配の道具である国家単位の自国における敵も明確になってくる。
 革命は各国人民が基本的には自力で中央政治をになうだけの、自らの人民権力を構築することである。世界中の人民のたたかいを励まし、連携しながら、人民権力を足場から作りあげることになる。
 敵の中央政治権力のなかで、競い、自らの権力がとってかわれるほどの力を備えたときに、ゼネストでとってかわるのが革命だ。各国に人民権力が国単位で革命をなしとげ、国際金融資本の支配を断ち切る。革命権力同士の国際的な連携の力の度合いが、世界人民の解放のバロメーターになる。
 人民権力の成長を阻止しせん滅するのが敵の目標になる。国際金融資本の拡張を阻害するものには、全精力を傾けて弾圧してくる。その歴史的な反動に立ち向かい、跳ね返すのが人民権力の、避けられない解題になる。
 人民をロボットして奴隷のように自在に従わせることしか念頭にない敵は、巨額の買収資金と、膨大な近代兵器と、買収して魂を売った多数の私兵を抱えている。これらはすべて、人民権力を封殺するためのものだ。この戦力はあなどれない。地球の歴史から敵が永遠に消滅するのを避るために、あらゆる陰湿、あらゆる手段で立ち向かってくる。人民はそれでも、ゼネストのときには勝たねばならない。
 つまり、人民にとって、最終的な決戦はゼネストだ。ここで敵に負ければ、人民自身が自らの権力を再構築するにはおそらく、気が遠くなるほどの犠牲と期間と忍従を追うことになるだろう。逆に明確なのは、人民側に絶対に勝つだけの作戦がなければゼネストによる決起は、してはならないということだ。敵に勝つだけの十分な力を持ったときにだけ決行できる。それだけに、革命の客観的な情勢が到来しなければ、革命は成功しないということである。
 革命の情勢に必要なのは、次のようなことがあげられる。まだまだそんな情勢ではない。
 第一に、敵の権力が存在しなくても、人民権力が日常的に機能するようにまで成長していること。
 第二に、敵権力の行政機構のすみずみに人民権力の組織がいきわたっていること。
 第三に、敵の暴力機関である軍隊、警察、私企業形態の暴力機関、マスコミ、通信・運輸・医療・農業等の組織内にも人民権力の力が浸透していること。
 第四に、人民大衆の過半数が人民権力を信頼し、浮き草のような浮動層が少なくともゼネストでの決戦に邪魔をしないところまで変化していること。
 第五に、敵の支配権力が人民の支持を得られず、自ら崩壊する危機に瀕していること。
 ゼネストは敵権力に対する人民権力の正面からの対決である。人民のゆるぎない不退転の決意である。人民権力の決起に対して、軍隊、警察、私企業形態の暴力機関等の先端の兵士が「親族、同胞である同じ人民に銃は向けられない」という姿勢で、そのまま人民権力側につくような事態に発展する情勢でなければならない。
 それまでは、人民権力側の組織は、敵権力の組織内で、徹底的な「面従腹背」をつらぬく。つまり、決起までは普段と同じように指示に従いながらも、決起時には人民権力に忠誠を尽くす。敵の命令にそむき敵の命令は実行しない。
 ゼネストは敵の武力の行使と正面から対決するという点で、明確な暴力沙汰である。ゼネストを双方の犠牲なく、完全な無血にできるかは、ただただ人民権力の準備=力にかかっている。実際の敵は一握りで自らは何もできない。すべては手先を使ってやらせる。手先は魂を悪魔に売った人民の裏切り者だ。だが多くは、だまされている。単に業務として「人民弾圧」をするものだ。
 だまされているのを正気たらしめるのは、人民の決意と団結だ。多くの「手先」たちが、人民のゼネスト決行の意図を正義、人民側の巨大な利益、人民の解放のためだと認識すれば、人民側につく。少なくとも人民の行動をあからさまに攻撃することをしなければよい。

 足場から人民権力を構築することといえば、難しく聞こえる。確かに難しいのだが、逆に構え過ぎなければたやすいことでもある。もちろん、それには民としての自覚と勇気が必要だ。あらあゆる社会のしがらみをいったん排し、遠い視点をもち、目先に存在するヤツらの支配そのものから、やがて脱するのだということだけ忘れずに、自分の考えを整理するのだ。急くひつようはない。まず頭のなかでの整理で、行動は先でよい。どうせ、人民権力の建設でしか解決は得られないのだから。
 下記のような民としての基本的な視点をもち、そこからことを見て、周囲の身近な人びとと語り合っていくことだからだ。
 第一、人へ迷惑をかけない。
 第二、カネとモノのとりこにならない。
 第三、地球と未来に負荷をかけない。
 第四、戦争の根絶、安寧な生活。
 第五、人間としての誇りと尊厳