2022.05.13(金)~15(日)開拓団・単独行
樹木分布図を作成

●5月13日(金)
タブノキの新芽が垂直ににょっきりと伸び、シロダモの新芽が房のように垂れている。家にも上がらず、まず周囲の樹木を見てまわる。家をとりまく樹々の樹木分布図をつくりたかった。先々週とまったく同じような雨中出撃となったが、きっと樹に会いに来たかったのだろう。
ザックの荷を解いて食糧をテーブルに並べ、タバコ一服。80本巻いてきたからこれで二日はなんとかもつ。ビールも冷蔵庫にまだたんまりある。
晩飯の仕度までには時間があるので、無精にも縁側から双眼鏡で観察をはじめた。西側の土手にあるタブの大木と並ぶようにそびえる大木が、新芽のつき方でこれもタブノキであることがわかった。葉をつけている枝までが高すぎるので今まで判断ができなかった。駐車場の脇にある大木もタブノキだった。妙に嬉しくなる。傘をもって外に出てじかに樹をみた。

中学生の頃、家のまわりはまだ荒れることなく整っていた。遊びに行ったとき、親父が土手から伸びる木の枝をつかんで、黒い小さな実をとって口に入れた。甘いんだよ、と言ったが私はさほどは甘いとも思わなかった。デコの実と言うんだと聞いた。食べてみたのはそれ一回きり。それから何十年もたって親父の残した故郷の思い出記にこのデコの実のことが書かれているのを読んだ。デコの実とは何の木の実だろう。このあたりの方言だろうと近所の農家の年寄りに聞いてみてもわからない。土手にあった木も、荒れ放題の竹やぶになったとき枯れてしまったろうと、ずっと気にかかっていた。
11年前に開拓団をはじめたころ、ジャングルとなっていた庭の竹や木を片っぱしから切りはらった。木のいくつかは残った切株から新しい芽を出して育った。いまになってやっとそれが何の木だったかわかるようになった。
井戸端にあった朽ちかけた大木を始末したあとに若い芽が出て、いま背丈以上に伸びた。タブノキだった。丸い小さな緑の実がついていたのを見て、もしやと思った。この実は熟すと黒くなる。鳥たちの好んでついばむ実だ。甘みもあるらしい。あのデコの実はこれだったのかもしれない! 井戸端の木は猛烈な竹藪のきわにあって、一方の枝がこちらに伸びて、もう一方は竹藪をくぐった隣家の畑に枝をのぞかせている。せめてこちら側だけでも取り囲む竹を切ってやりたい。雨のなか、明日の最初の仕事をこれに決めた。
夜から翌朝にかけて雨風ともに強まった。家の周囲の排水溝にはザアザアと勢いよく水が流れる。やはりこれがあるとないでは大変な違いだ。しかし懸案の排水溝整備の土木仕事はこの先、夏が終わるまではできない。

昨夜は「偲ぶ会」で遅くなり、今朝はいつもの朝仕事をしてきたので寝不足だった。早目に布団に入り爆睡。

●5月14日(土)
6時半起床。雨は強く庭は水浸し。南西の風も強い。敷地の外にある竹藪のなびき方で風向きがわかる。家のまわりの土手にこんもりと繁る常緑の森が風を防いでくれる。三年前の猛烈な台風では五六本の木が根こそぎ倒されたが、家を守ってくれた。思い入れのあるモチノキは5人がかりで滑車を使って引き起こし、みごとに蘇えった。すばらしい防風林の一角になりつつある。

古いカッパに防水スプレーをしてみたので、効果のほどを試したかったが雨の中に出る気乗りがしない。午前中には雨があがる予報だった。はたして10時前に雨は小降りになって、まわりの森で小鳥が鳴き始めた。そしてぴたりと風がやんで陽射しもでた。紙と鉛筆を持って植生図つくりにでる。
これまで違いのわからなかったヤブニッケイとシロダモの区別が新芽のおかげでわかった。そのうえで葉裏をみるとなおはっきする。その区別ができたところで何になるんだと問われても自分だけの楽しみとしか言えない。ヤブニッケイは木そのものにいい香りがあるし、葉のついた枝をを風呂にいれればその香りがただようという。こんどやってみようと思う。いまほんの小さな蕾がついている。花は6月に咲く。その実は冬のあいだの鳥たちの貴重な餌になる。この家のまわりの森に野鳥のさえずりが絶えないのも、これら木の実が豊かにあるからだろう。
もう蚊がではじめていて、メモをとりながらもちょっと油断すると手や指を食われる。蚊刺されにはドクダミチンキがすこぶる効果を発揮した。ドクダミをウオッカに一年漬けた抽出液だ。10分ほどで痒みがおさまる。なにもしなくても痒みはじきにおさまるが、これをぬると痒みのぶり返しがなく刺されたことを忘れる。もう無敵の薬を得たような気になった。
メモをとり終えて椅子にすわってまわりを眺める。なんと見事な森だろう。土手に立ち並ぶモチノキ、マテバシイ、ヤブニッケイ、タブノキ、トベラ。珍しい樹があるわけではないが、気のあった常連さんがカウンターに並んでいるようだ。みんな守り神のようにみえる。隙間の所々に残した竹も防風林の一翼を担ってくれている。

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ひとつだけ気になってしかたない所がある。蔓性の木本がのたうって周りの木にからみついている。人の腕よりはるかに太く、まるでジェットコースターの軌道のようにうねっている。蚊を払いながら幹をたどっても根元にたどりつけない。ヤマタノオロチのようだ。常緑の葉をつけて密生しているから、防風の役にはたつが、絡まれた木の負担もあるだろう。キヅタ(木蔦)のようだがまだ判定ができない。さてどうしたものかと…。

井戸端のタブノキと、入口の前にある若いヤブニッケイを救出するために、まわりを取り囲む竹の伐採をはじめた。
数十本の竹を切りはらったが、あとで焼却できるように短く断裁するのも一苦労だった。たちまち汗だくになった。
陽も暮れかかるころ、ウグイスの声もやんで、キジの鳴き声もやんだ。また椅子に座ってタバコをふかし、まわりの森をながめる。飽きることがない。東の空に満月に近いおぼろな月が浮かんだ。

●5月15日(日)
5時半に起床。早すぎるがもう習慣になってしまった。空はどんより曇っている。午後からはまた雨になりそうだった。
土手の南側におおきく張り出しているヤブニッケイの枝に、ダンチクが絡みついていた。風にあおられると木の枝先の葉も芽も痛めつけられて枯れてしまう。
最後の一仕事にこの邪魔ものを切りはらうことにした。あか道からぬかるみの中に降り、ナタを振るった。やっと救出を終わったときにぬかるみに足をとられた。泥のなかに倒れかけ、ズボンに泥が跳ねあがった。まずい、こんな泥まみれではバスにも電車にも乗れない。着替えたばかりの服だった。あわててファンヒーターで乾かし、タワシで泥を落とした。帰りには市内の三義民の碑を訪ねるつもりだったが、もうそんな余裕もなくなってしまった。
しかし、この雨の間をぬって来た甲斐はあった。大切な樹たちともいままで以上に接することができた。森や木も、きっとほめてくれただろう。畑や野菜の世話はいっさいできなかったが、満足。

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月末の開拓団本隊では、また笑いが森にひびくのだろう。