冬のとっかん単独行その2(2021.212~2.14)
排水溝を掘り出す

2月12日(金)
13:20八重洲発。
めずらしく10人以上の乗客。安房白浜まで行くバスだったが、ほとんどの客は館山駅で降りた。15分待ちで効率よく乗り換えのバスが来る。ところが今日は平日だった。土日とは運行が異なっているのをうっかりしていた。途中までしか行かれない。次のバスは1時間後だった。1時間待つより途中から歩くことにした。
さいわい平日は学童のために小学校回りとなるので、あの切り通しまで乗ることができた。30分の歩きだ。切り通しののり面の補強工事はまだ続いている。

歩きはじめてすぐ、東側の堰をのぞいてみた。水位は低く、無惨な倒木が水につかり台風の爪痕がまだそのまま残っている。

道路には山藤の種が落ちていた。何年も前、山岳部でこの近くを歩いていたとき、遠くでパーン、パーンと鉄砲が弾けるような音が聞こえた。山藤の実がはじける音だった。懐かしい。少し拾ってきた。満タンのザックを背負って30分の行軍は疲れる。
16:20現地着。
もう咲いているかと思った庭の梅は蕾も膨らんでいたがもうひと息。

2月13日(土)
9:45仕事開始。すっかり埋もれてしまった排水溝を掘る。
一昨年の台風が家裏の大木や竹をなぎ倒して、土手の土ごと根からめくれあがってしまった。この破壊力は尋常ではなく、水路を作っていた石垣のありかさえわからなくなっていた。


ここから先は反対側から掘らざるをえなかった。

やむなく水路の最上流にあたる元の井戸の跡から掘り出すことにした。ここは溝も浅く、底の岩が平らに削られているので探しやすい。これはたやすくみつけられたが、堀りすすむにつれて底もわからぬ泥堀りになった。
ぶっつづけの6時間。やっと下流から掘った水路とつながった。

バケツで運んだ泥はゆうに30杯をこえている。さすがに疲れた。泥水まみれの軍手を脱いで、シャベルやカマを洗う。やっと終わったという思いだ。午後3:40。
たてつづけに缶ビールを2本あけて、チェーンスモーク。
こちらに来てはじめての焚火をした。最大の課題だった排水溝をなんとか掘り上げてほっとした。
夕食をすませてから、じわじわと疲れがでてきた。風呂につかって体を温めほぐす。
夜11時すぎに地震。震源は福島県沖。大した揺れではなかったが東京ではかなり揺れたらしい。nhkラジオは地震情報に切り替わる。浜が近いのでいざとなったら裏山へにげなければならない。家は海抜20メートルに満たない。堰までの山道が脳裏に浮かんだ。

2月14日(日)
7:30起床。背と腰が少し痛い。が、この程度ですんだのも、草刈りスタイルのトレーニングを週三日かかさなかったたまものであろうかと。
昼過ぎに平砂浦で投げ釣りをするつもりでいた。
午前中に庭の草取りをして、荒れ地をのぞきに行った。藪の奥に梅の老木が花を満開につけていた。幹の中はウロになって痛々しい姿だ。

まわりは竹に覆われている。助けねば! カマ、ナタ、ノコギリを取りに戻って、藪に突入した。
梅にからみつくように我がもの顔で生えている竹とダンチク、陽をさえぎって高々と伸びている竹。五、六十本を切った。切り口が尖らないようにノコギリで切り、ナタで寸断する。蔓はカマで払う。とても十分とはいえないが、応急処置はできた。今年は実がつくだろうか。次回はもっと範囲を広げよう。
蘇鉄はとみると、実が十分に採れごろになっている。三脚を持ってきて、最もよく育っている株の実を採った。

この実も今年は放置しないで処理し、幹の生長点を綺麗にしてやろう。
そんなこんなで釣りに行く時間がなくなってしまった。
家の横、西の土手の下は草の蔓が地面を覆いつくしている。試しにカマを入れてみたが、すさまじい。片手間でできるようなものではなかった。ハランの群生のわきにヤブランが黒い実をつけていた。これを少し増やしてみようか。ここにミョウガも植えたい。ちょうど時期だ。


刈り取った蔓草の山

やりたいことはきりがない。今日も泊まってゆっくりしてもよかったが、明日は雨の予報だった。仕事もあまりできないし、浜のバス停までカッパを着るのもいやだった。
この日のうちに帰還。