【その57】

   ユビュ王の夜         mai

気まぐれで始めたフランス語の宿題をするために、千代田図書館へ。

両手に大きな鞄、これ見よがしに分厚い辞書を二冊も入れて、それからロラン・バルトを2冊、ユビュ王の漫画本を1冊。

わたしの髪の毛はぐちゃぐちゃで、化粧は全部落ち、手はガサガサ、セーターは毛玉だらけ。

エレベーターに乗り込み9階、空いている机を見つけて鞄の中身を全部出す。机の上にノートや鉛筆や辞書が散らばる。

途端にむくむくと、忘れていた感覚がよみがえる。ああ。おかえり。懐かしきわたしに接吻。

10年あるいはもっと前。居るべき場所は図書館だった。

生きる意味も保証も全てがそこにあった。本当にぜんぶ。

昼時つまらない菓子パンを齧るだけで、一体なにをそんなに頭に詰め込んでいたのか、

詰め込んだものが脳内で発酵してやがては腐臭を放ち始めるまで

とにかく虫染みのように図書館に居続けた数年間があった。

そんな懐かしさに浸りつつ、辞書をパラパラめくると、それだけで痺れるほど楽しい。

が、しかし。その歓びもせいぜい一時間。

脳ミソの身体能力が著しく低下している。

毎晩何も考えず酒ばっかり飲んでるせい。

頭が痛いだけでなく、脇やら膝の裏側やら、まつ毛の先端やら、もう全部痛い。

だから早く帰ろうと、さっき広げた荷物をさっかかかき集めて鞄に詰め込む。

そうだ。

しまださんが、九段下におでん屋台があると言っていた。

ようし。そこで一杯ひっかけて帰るとしよう。

大急ぎで横断歩道を走る。荷物が重すぎてよたよたする。

ところが屋台が見つからない。駅の出口全て見渡すが屋台などどこにもなく、

ただ武道館帰りの奇怪な女らがあっちにもこっちにもぎゃあぎゃあと。

後悔先に立たず。

成光に戻るには遠くへ来すぎた。

(ここで白状すると、図書館の前に成光で餃子&瓶ビール済。)

しゃあない。とにかく家に帰ろう。

電車に乗り、路線図を見上げる。

いらぬノスタルジーに拍車がかかる。このまま乗っていけばあの駅に着く、などと。

何年前だか思い出せないけれど、何年か前の今日、

私は確かにあの駅にいて、ただならぬ思いを抱えてホームに立っていたはずだ。

宜しい。それすらも今は昔。

そしてコンビニで購入したワンカップ(高清水)を飲みながら今ここに至る。

あの窓の辺りにどでかい本棚を設置したいと、30分前からメジャーを探している。

そしてやっと見つけた。

【メモ】

横150×縦160×奥行22

横50×縦160×奥行14

横100×縦160×奥行22