風がゴウゴウとうなる。なにもかもなぎ倒そうとしている。
竹林の束が弓のようにしなって頭の毛を隣の大木にまきつける。木はもっと大きな頭のなかにそれを飲みこむ。
嵐がえんえんとつづく。夜が近い。狂宴のようなシルエットの踊りのなかから声が聞こえた。
笑っているのかな……誰が……森か…
「切ったな」と聞こえた。
「なにを」と聞き返すとすぐ答えがかえってきた。
「シイの木だよ」
二年前にシイの大木を切ってしまった。庭に張りだしていてやむをえなかった。
「おれたちの土地だぞ」と、また聞こえた。
「切りたかったわけじゃないんだ」
「ああ、わかっているさ。おまえのことは…」
「どんなふうに?」
「いつも、おれたちの肌に手を当ててじゃないか。立派だなって言ってた。いいやつだと思ったよ」
「本当の気持ちさ。大きな木はえらいよ」
「シイもまだ死んじゃいないから、切られた株から枝を出してる。生かしてやってくれ」
「もちろんさ。死んでなかったのがうれしいよ」
ごうごうと唸る風のなかで、まわりの木たちが会話を聞いていた。
苔むした石垣がうなずいて、こんどは地面から声が聞こえた。
「俺たちをとっぱらって、コンクリのU字溝を入れることもしないようだしな」
まわりからいちどきに声が聞こえた。
「おれたちの土地だからな」と。
三十年もほっておいて、いまさらおまえたちがあるじになると言っても土地の精霊はそうすんなりとは明け渡さない。
木立の上からまた声が聞こえた。
「人の来なくなったところは、人間たちとは別の世界になっているんだよ」
「わかってるさ。だから、一緒にいた昔のように戻したいんだ」
「そうだな、それも悪くはない。おまえの親父のことも思い出すよ」
「親父がなにかしたの? あなたは誰なの?」
「入口のモチノキさ」
「ああーっ、あのモチノキか。親父が木の皮を搗いてトリモチを作ったって…」
「そうさ、おまえの親父さんは、おれの木肌を剥いで入口の岩に掘ったすり鉢穴で搗いてトリモチを作って遊んでいたんだ」
「うん聞いた。親父が子供のころだから、……百年も前のことだね…」
「親父がつついたあの穴は、まだ残っているだろう?」
「ああ、残っているよ。壊さないようにとっておこうと思ってる」
「昔のように戻すのだったら、みんな静かにするだろうよ。わがままなやつらが多いから仲良くやりな…」
風のうなりを断って家に入り、シルエットも見えなくなった外の暗闇をのぞいた。森がつつんでくれている。
ここで生きていた爺さんも婆さんも親父も、もうこの世にはいない。木と岩と土だけが生きつづけている。
「俺たちの土地だぞ」という彼らに、人間は何をしてやれるのだろう。
大地の精霊と神々の言葉をもっと聞きたい。
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