【その37】

家族の灯り   mai   

ただ今公開中「家族の灯り」の面白さ、生半可ではない。
放蕩息子の8年ぶりの帰還の物語である。
夫婦はテーブルに横並びに座っている。
母は嫁と夫を責めながら、息子の不在とどん底の貧困を嘆く。
父はそんな母を宥めたり話をそらしたりしながらじっと苦悩に耐えている。
虚空を見つめながらの会話ともつかぬ会話が、暗闇に浮かんでは行き場を見出せないまま霧散する。
嫁は涙で頬濡らしながら佇み、義父の肩にそっと手を置く。
そんな夜を、この三人は、まるで何百年来の習慣のように繰り返してきた。
ところがその晩扉が開く。そして不在だった息子が姿を現す。
スクリーンの中、誰もが悲しみや怒りを訴える。その内容はそれぞれ違うけれど、何処にでも転がっているような話ばかり、文学も映画も絵画も言及しつくしたテーマ、ああもう、今更そんな愚痴を並び立てて何が面白い。
ところがそこはオリヴェイラ、御歳105歳の監督である。そうは問屋がおろさない。
陳腐どころの騒ぎじゃない。全てが想像を越えて到来する。そして演じている、やはり70過ぎの役者達が、共謀者としてそこにいる。あまりに圧倒的で、何か笑っちゃうのだ。
真面目なのに戯れているし、絶望的なのに輝いている。全編通して、痺れるような奔放さ。
むふふ。むふふが止まらない。
岩波ホールにて。