【その34】 |
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母の誕生日だ。 宝石いらない。バッグもいらない。ハンカチも文房具も傘もいらない。そんな母に、新巻鮭を買って、実家に帰る。 綺麗な腹の形をしている、と喜んで、母は早速鮭をさばきにかかる。 午後からは金沢漁港へ。漁船に乗り込み海へ漕ぎ出す。母は一投目からアジを釣り上げる。面白いように次々当たりを出す様を見て、船頭さんも操縦室から顔を出し「お母さん上手だねぇ!みんな当たってない中で、じゃんじゃん釣ってるね!」 要領が掴めず、絡まる釣り糸を解くのに苦戦中の私は、それを聞いて誇らしい気持ちに。あ、母の引き上げる竿の先に、今度はピンクの、わあっ、小さな鯛だ!綺麗〜!! とここで、私も最初の手応え、くるくると引いていくと、母の釣り糸が引っ張られる。なーんだ、おまつりか、とがっかりしたのも束の間、絡まっているその先に小さなアジがついている。ところが感動を味わう時間もなく、母が私のアジを外してポイとクーラーボックスに放り入れてしまい、アジとの対面ならず。 母曰く、海釣りは時間との勝負。一投でも多く投げ入れべし。周りのおじさんたちのように、途中で飯食ったり休憩してはいけない。 という訳で、女二人、立ち続けて魚に挑む。 突如、母が身を固くする。その気配を察知したスタッフのおじさんが私を押し退けて母の横に立ち海を覗き込む。なんだなんだ、でかいな、ゆっくり引いてゆっくり…と網を手にする。母が無我夢中でリールを巻く。 ゆらり。と、黒い影が海面に現れる。でた〜、黒鯛!!でっかい!周りのお客さんもざわめいて、手を休めて覗きにくる。母は喜びのパニックで、口に手を当てて何も喋れない。 と、母の隣のお兄さんにも黒鯛が当たる。わあわあとざわめく船。まい、黒鯛の群れが来てるよ、頑張って、と母!わたしの竿使っていいから!というので、母と場所交換、2センチ位のエビくっつけて海へ釣り糸下ろして暫くすると、ズンっ、と来た。 わぁ〜来たぁ〜とぐるぐる引っ張り上げるとまたも母の釣り糸に絡まっているその先に、怪物みたいな黒鯛の姿。網に引き上げて貰い、ずどーんと床に落とす。 持って持って!写真撮るから、とスタッフのおじさんが駆けてくる。それで、エラに手を入れて持ち上げてカメラに魚見せた。 針が唇の先に引っかかってて、取ろうとするとめくれて、小さな歯が沢山見える。パベコ(うちの犬)の歯にそっくりだな、と思った。その後も母はさらに黒鯛一匹釣り、その日の回の漁獲量一等賞。私はアジと黒鯛のみ。 帰宅して、さて解体作業だ。まずは黒鯛のウロコ取りから。周囲に飛びちるウロコを食べにくるパベコを追い払いながら、次は腹を切る。自分の魚は自分で。デカイから、内臓が、魚というよりは動物っぽい。アジやサバのようにすっと取れなくて、最後はむしり取るような形になりスプラッタ。 一度に二枚に下ろすには包丁の丈が足りないので「どうしよう、腹からと背から、二回に分けるしかないよね」と母に助言を求めたら、こうやったらいいんじゃないの、と母、私に変わって捌きにかかる。「分かった。あ…全部やっちゃダメ!私がやりたい、ダメ!」「私もやりたいの!私の誕生日なんだから!」と魚捌きの取り合いで小競り合い。 捌いた魚をどうするかも問題だ。魚焼き器は勿論、フライパンにもパエリア鍋にも収まらない。泣く泣く三分の一の切り身にして、とりあえず塩焼きに。あとは刺身としゃぶしゃぶで。 二時間近くかけて、釣ってきた魚全ての下処理を二人掛かりで終えて、漸く酒と魚にありつく。釣ったばかりなので、正直味はまだまだ薄い。明日、明後日くらいに良い味になってくるだろう。 筋肉の味。生き物の味。歯ごたえのある刺身を食べていると、あの最初のずんっという引きの力が自分の体に引き継がれるような気持ちになる。 三人がかりで半身食べ、黒鯛二匹半と新巻鮭一匹、その他小さい魚色々を残し、私は実家を後にした。冷蔵庫が魚に戦略されても、困る様子一つなく、喜びに満ち溢れている母の顔をみて、ああ私の母だなぁ、と改めて感じた一日だった。 左の怪しいのが私。 |