今日もお陰様で楽しくしゃれこうべで過ごしました。ちょっと酔っ払った。調子にのって、ぐだぐた言いたい放題しちゃおう。鱒二の話。
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いま、鱒二の「かきつばた・無心情」を読んでいる。味わい深い短編集。その中の「かきつばた」で、こんなシーンがある。
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「どうも眠れない。不眠症ほど、ばかばかしいものはない。」
私が寝床に起き上がると、屏風の向こうに寝ていた家内が云った。
「いま貴方は、鼾をかいていました。ご自分の鼾で、ご自分が目をさましたのです。」
この断定は意外であった。
「そんな筈はない。ぼくは、さっき柿の実が屋根に落ちたのを知っている。二つ、続けさまに落ちる音がした」
「では贋の鼾をかいたのですね」
「ばかな。眠れないのに、贋の鼾をかくなんて、見えにもならないんだ」
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屏風越しの女房の断定にムッとする主人公が面白い。せっかく自分が不眠で悩んでいるのに、自分の鼾で起きただと?「贋の鼾」って、なんだそりゃ!
でも、読んでる私は「ああ。どうせ寝てたんだな。」と思ってしまう。語り手が「寝てない」と断言しているにも関わらず、それを完全に疑わせてしまう女房は凄い。
鱒二の小説には女にやり込められて悪あがきをする男がしばしば登場するのだけど、そうした時の鱒二流減らず口が、私はとても好きだ。
同じ本に入っている「ワサビ盗人」では、捕まった泥棒がこんな憎まれ口をたたく。「ちかごろ、ワサビの値が高いから悪いんだ。ヤマメなんかも値が高すぎるから、川に毒流しするやつがあるんだ。お互いさまだ。」
自分の非を潔く認めて謝罪する姿はかっこいい。でも、それが時に難しい。自分でも分かっているのだ、下らぬ見栄を張っているということ、みんなが私を馬鹿だと思ってるにちがいないということ。でも、引き下がれない。引き下がった方が、よっぽど簡単だということも分かっているのに、それが出来ない。そういう時ってある。私にはある。カッコ悪いなぁ、情けないなぁと思う。鱒二はそういう人間をたくさん書いてくれる。
無駄足、独り相撲、暖簾に腕押し、元の木阿弥。すかしっ屁のような小競り合い。そんな話をたくさん書く。それらを経て主人公が成長する物語ではないところが、また鱒二の好きなところだ。そう簡単に、成長などできるもんじゃない。
「珍品堂主人」のラストはこんな感じだ。
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今年の夏の暑さはまた格別です。でも珍品堂は、昨日も一昨日も何か掘出しものはないかと街の骨董屋へ出かけて行きました。例によって、禿頭を隠すためにベレー帽をかぶり、風が吹かないのに風に吹かれているような後姿に見えているのを自分で感じているのでした。先日、丸九さんからの手紙を見て、一年後には伊万里なるものが実質的な相場になると予想して、前祝に飲みすぎて腹を毀したのです。このところ、下痢のために少し衰弱しているのです。
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これで終わる。飲みすぎて下痢で衰弱しているのです、で終わちやゃう。かわいそうに。一念発起して若い女の乳房に手を伸ばしたのを目撃されてみんなに騒がれたのも、憎っき女ボスに勇気を出して喧嘩売ったら「たんま」と制されておじけづいちゃったも、最後は下痢の話で締めくくられてしまう。
だから鱒二は面白い。
因みに鱒二の本名は井伏 滿壽二さん。
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