ムクドリ話の続き
そんなわけで、昼となく夜となく、暇さえあれば「鳥の巣」対処法を調べていたのだが、決定的な答えは得られない。ただ一つだけ分かった事がある。彼との同棲生活は、残念ながら難しい。ヒナの鳴き声だけならいい、しかしダニの大量発生や異臭騒ぎはゴメンだ。
となったら先ずは現状把握だ。
換気扇から羽ばたきが聞こえるからといって、必らずしも鳥とは限らない。ティンカーベルかもしれないし、もしかしたら新種の何か、例えば羽の生えた小さいおじさんとかかもしれない。なんにせよ、向こうに悪意はないのだから、まずは話してみればいい。ここはお前の住む場所ではなくて、家で鳥の唐揚げなんか作る時に(しないけど)換気をする為の空気の通り道だということを。ちょっと飛べば新宿御苑があって、確かにカラスに襲われる危険性はあるけれど、こんな真っ暗で硬い換気口なんかよりもずっと人間らしい、もとい鳥らしい生活がおくれるだろうという事。これから生まれてくるヒナにとっての本当の幸せとは何なのかを、向き合って語り合わなければならない。見つめ直さなければいけない。
そう決意して、えいやっとベランダから身を乗り出して覗いてみた。「こんこん、失礼します、ご在宅ですか?」すると突然ビュッと鳥が飛び出してきた!!どっひゃぁっ!飛び立つ鳥を顔の真横に感じ、その大きさに慄く、で…でかい!!
鳥はびゅーんと飛んで、向かいのマンションの手摺に止まって「ぎえっ」と鳴いた。この可愛くない鳴き方とオレンジ色の嘴、間違いない、ムクドリだ! Wikipediaで調べてみると、ムクドリというのは体長24センチとある。24センチだと
〜??チワワくらいあるじゃないか!こんな狭い所に巣作ってどーすんのさ。寝袋で出産するようなもんですよ。なおかつ子育てするつもり? 寝袋出産寝袋育児!たまごクラブひよこクラブ、ちゃんと読んでる?!
恐る恐る空き家になった換気口を覗く。葉っぱの先が辛うじて見えるだけ。まだ卵は生んでないようだ。多分。そう信じて菓子の空き箱をぎゅうぎゅう詰めてやった。ちょっと隙間が空いてるが、あんだけ大きな鳥だもの、これなら入れまい。チワワが針の穴を通れないのと同様。
ムクドリきっと、楽しい散歩から帰ってきて我が家が菓子箱に占拠されてて驚くだろうな。だが、ゆけ、ムクドリよ、世界は広い。新宿御苑のベンジャミンがお前を呼んでる。ぎゅうぎゅう。菓子箱詰める私の一挙一動、電線の上からムクドリじっと見ていた。許せムクドリ。お前と一緒に暮らす訳にはいかないのだ。
これにて一件落着、おやすみなさい。住む世界の違うものどうしが一つ屋根の下に住むなど所詮は夢のまた夢。夢ならさっさと醒めねばならない。
しかし翌朝、夢から現実への手招きは、またも鳥の羽ばたき音。むくりと起き上がり、耳そばだてる。
バサバサっ。ゴロゴログウゥ。
おかしいな、入れなくしたはずなのに…換気扇を下からコンと叩いてみる。しーん。念の為、まさかとは思うが、と、ベランダに出て換気口を覗いてみた。菓子箱は詰め込まれたままだ。胸撫で下ろした次の瞬間。ボッッ!!またムクドリ飛び出してきた!!ひゃああっ!!
そんな馬鹿な、あんなに丸々太ってるくせにどうやって入ったんだ?大慌てで携帯で調べると、たった5センチの隙間があれば通過してしまうという。
あゝ、菓子箱なんかじゃ駄目だったのだ。どうすればいいんだ…天を仰ぎ見ると、上の階の換気口がアルミホイルで塞がれているのを発見!こんな近くに同志がいたとは! しかもグッドアイディア! 早速私も真似してホイルで塞いでみた。虫一匹入る隙間もないし、如何にも危険な感じにギラギラしててムクドリきっと嫌がるだろうな、ぐふふ。さらばムクドリ、私は仕事に行ってくる。
その日は夕方から雨だった。帰り着いて我が家の排気口を傘越しに何となく見上げる。愛の巣を奪われた哀れなムクドリ思いつつ。
ところが目を疑う光景!
我が換気口より垂れ下がる、あれはナニ?落ち武者の前髪ですか? アルミホイルがここまで鳥によってビリビリにされている様を目撃した者がかつてあっただろうか、ムクドリの狂気すら感じられる。怖い!何か怖い!悪気はないなんて嘘、悪意しか感じられない!そして道には見覚えのある菓子箱が、雨に打たれて無残な姿に。あわれ3階さんの換気口にもポッカリ穴が空いている。
家を見上げて呆然としているのを目撃した管理人さんが不審そうに声かけてきたので、かくかくしかじかと説明。「え、2階も??3階からよくムクドリ飛び出してくるなぁと思ってたけど、困ったねぇ、ははは」
笑ってる場合ではない。
策を練らねば!管理人さんを残して階段を駆け上る。
(もしかしたら) つづく。
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