序 章
静かに風が樹木の葉を撫でる音と、遠くにかすかな川の流れが聞こえる。
山あいの小さな山村にはもうほとんど人は住んでいなかった。わずかに残った人々もすでに年老い、あとは安らかな眠りにつく日を待つだけだった。
どの家も藁葺きの古びた、それこそ何百年も経っているもののように見えた。柱の木は黒く日に焦げ壁土も干からび、ひび割れている上に何十回となく修繕した跡が残っていた。
この村の最も山手に小さな沼があった。草木がぼうぼうと生い茂り、昼なお暗く陽のささぬ水面はそれでもどこか神秘に澄んでいた。
この村には伝説があった。
まだこの世界が神話の時代に最も近かったころ、黄金色に輝くものが天からこの村に舞い降りた。その光を見付けた一人の村娘が何事かと恐る恐る沼へやって来た。
そこにはこれまで見たことがないほど美しい若者が倒れていた。
娘は若者を助け、村へ連れ帰った。
しかし、その若者は、天を割り、地を焦がす、荒ぶる竜の化身だった。
若者を恐れた村人は、娘を責めた。
やがて、娘と若者は追われるままに、その村から姿を消した。
その若者と娘がどこへ行ったのか、誰も知らない。
ただその沼だけが、今も変わらぬ姿のままひっそりとそこにあった。