■ 風の奇跡 ■
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夜明け前の朝露の降りる森。深く、道のない道をかき分けて歩く。
腕の中の、まだ温もりの残る身体。
息をしなくなってどれくらい経つだろうか。
叫び出したい感情も、苦しい悲しみに飲み込まれて吐き出すこともできなかった。
そしてようやくにたどり着いた山頂には、巨木が一本出迎えてくれた。
秋の落ち葉が風に舞っていた。降り積もった病葉が、踏み出す度に足元でカサカサ音を出していた。
花なんて咲いている筈もない。
分かりきっていた。しかし。
レイヴァンは、その木の側まで歩み、そっとセレムを横たえさせた。
「やっぱり守ってやれなかったんだ…俺は…」
セレムの頬に、額に口づける。
溢れてきた涙が、ポトリとセレムの頬に落ちて流れる。
「すまない…」
その時。
風が舞った。
顔を上げると、遠く水平線が白みかけていた。
夜明けが近かった。
遥かに続く平原を夜の暗闇からゆっくり目覚めさせていく。
ふと、その薄明かりの中、レイヴァンの眼の端に白い物が映った。
何とは無しに目を向けたそこに、枯れ葉に混じって、一房だけ、白い花があった。
こんな季節に、その枝だけに花が咲いていたのだった。
「…こんなことが…」
ふらりと立ち上がり、レイヴァンはその枝に近づいた。
夢か幻かと疑うが、確かにそれはそこにあった。
「信じられない…」
ゆっくりと手を伸ばす。
震える指で一つだけ花を摘んだ。途端、ぱあっと、他の花が一気に散っていった。
レイヴァンの手にある一輪だけを残して、あっと言う間に全ての花弁は枯れ葉に紛れて消えてしまった。
まるで魔法のようだった。