■ チョコ大作戦


「これ…俺に?」

 差し出された小袋に、寛也は目を輝かせた。

 今日はバレンタインデー。好きな相手に贈り物をする日だ。日本では女の子から好きな男の子にチョコをあげる日として定着している。最近では逆チョコなんてものも流行っていると言うが。

 そんな特別な日、寛也は杳から呼び出されてその家を訪ねた。そして、目の前にそれを差し出されたのだった。

「うん。ヒロ、甘いものも辛いものもOKだったよね?」
「OK、OK。何でもOK」

 否、嫌いな牡蛎でも杳がくれたものだったら、全部食べ尽くすだろう。

 寛也のこの答えに、杳はくすりと笑って、それを寛也に握らせてくれた。

 黒を基調としたシックな紙袋に、真っ赤なリボンが飾られているそれは、明かに手作りを思わせた。

 もしかしてと期待しつつも、そんなことは有り得ないだろうとこれまでの経験が否定して、今日のこの日が近づくにつれ、次第に落ち着かなくなってきてい寛也だった。

「すっげー嬉しい…ホントに俺に? これ、手作りだろ?」
「まあね。ちゃんと食べてよ。で、感想、聞かせてね」

 澄ました顔は照れ隠しか。

 ドキドキしながら、寛也はそのチョコの袋を大切そうに手のひらに包み込んで頬擦りまでしようとした。




 その時。




「杳兄さんっ!!」

 いきなりノックもせずに、翔が転がり込んできた。それは、かなり血相を変えた様子だった。

「翔くん、いつも言ってるだろ、ノックくらいしろって」
「これ、何だよっ!?」

 杳に差し出したのは、小さな紙袋。あれっと思う寛也。自分のものと全く同じものではないだろうか。

「何って…一応、トリュフのつもりだけど?」
「僕が聞いてるのは、この中に何が入ってんのかってことだよっ! 唐辛子じゃないっ!!」

「え?」

 寛也はギョッとして自分の手の中のものを見る。

「違うって。その中に入ってるの、豆板醤だよ」
「唐辛子みそだろっ!!」

 顔を真っ赤にして涙目の翔は、今にも火を噴きそうな勢いだった。その彼が、ふと、後ずさる寛也に気づいた。その手に握られているものを見やって、鼻先で笑った。同じ目に会えと言っているようだった。

 慌てて杳に目を向けると、にっこり笑顔が返ってきた。

「大丈夫。ヒロのは別のが入っているから」

 は? 何が? 何が入ってると…?

 無邪気に微笑む杳に、それ以上何も聞けない寛也だった。





 その夜、生まれて初めて、寛也はチョコを食べて泡を噴いた。






  END




ヒロにはなかなか幸せが訪れませんね。
って言うか、杳はいたずらっ子ですか?
大作戦なのは、いたずら大作戦です。
小さい頃、翔の布団の中にバッタの大群を放り込んだり、かくれんぼをして翔が納屋に隠れているのを知っていながら外から鍵をかけたりと言うエピソードが、枝分かれして没になったお話の中にありました(笑)。好きな相手程、いじめたがる…。


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