【技術立国への構造改革】 岡田元浩記  2020/9/12 改定  

【歴史を紐解けば・・・日本史】

「貴い」と云うのは「たふとい」⇒「手が太い」⇒「腕力が強い」⇒「軍事力が強大」と

云う事だそうで、日本でも長年武家政治が続いた。そして大阪夏の陣で、家康が

輸入した大砲が大阪城の天守閣に届いたので、遂に内戦が終った。其処で家康

は、「飛び道具とは卑怯なり」と云って、ハイテク兵器を禁止し、武器は日本刀だ

け、戦力は柔道と剣道だけに洗脳した。そうすれば、剣道の名人も寿命尽きれば

更新されるので、各藩の軍事力は「米作高」⇒「養える武士の数」で決まるから、

管理の見える化が可能。其れで300年の太平が維持された。所が欧米先進国の

植民地が遂に日本に及んで鎖国が通用せず、各藩は個別に戦って敗れ、幕府も

不平等条約を結ばされて倒れ、明治時代に成り、鹿鳴館で改定に失敗し、岩倉

使節団もゼロ回答に逢い、そして、ドイツに行ってビスマルクから、「西欧列強は

表面紳士的だが、自己の利害に関する話に成ると居直る」と諭されたので、軍国

主義を指向、そして、米国の東洋進出を牽制する為、英国が売って呉れた軍艦で、

黄海海戦での日本の勝利が予測出来たので、開戦の1週間前に、米国側からの

申し出で、不平等条約の改定が出来たそうです。

そして日本の産業が関税に守られて居た時代でも、戦争にハンデは無いの

で、武器技術が劣って居た為に、天皇の赤子(兵卒)を無駄死にさせたと成ると、

司令官は自決を求められた。詰り軍の幹部は、自らは前線に出なくても、

技術開発には文字通り「命がけ」だったのです。ですから大東亜戦争の初戦

では、東南アジアの植民地を開放する大勝利を収めたのですが、桁違いの米

国の工業力の前に、原爆開発で遅れを取り、負けた。

其処で戦後マッカーサーは、日本が再び技術開発を経て、軍事大国に成ら

ない様、航空機産業も自動車産業も禁止し、政界、マスコミ界に「文系独裁

組織」を定着させたのですが、朝鮮戦争が始ったので、日本人の生活水準を

上げ、共産主義の防波堤にする為、自動車工業は許可したので、戦争中日本

軍幹部が命がけで育てた技系人材が復活し、今や日本の自動車は80%を輸

出し、「アベのミックスの4番バッター」と云われ、一時GMから、デトロイ

トの街まで破綻させたのです。そして、巷間「ホンダの台頭は戦後の奇

の様に云われますが、戦時中の飛行機屋、軍艦屋が寄ってたかって、たかが

オートバイなんか突ついて居れば、見る見る世界一に成るのは当たり前、

奇跡でも何でも有りません。更に平和条約締結で飛行機も許可に成ったの

で、ホンダのビジネス・ジェットが、発売僅か3年で,機数世界一に成ったの

です。

  

然し、最近の最近DNAの研究が進んで「ベンチャーのDNA」が特定され、其れ

が7個以上連なって居る人を「ベンチャー屋」と呼ぶのだそうです。そして西欧の閉

鎖社会を嫌って、未知の大陸を目指した米国の白人の子孫のベンチャー屋含有率

は30%で、2位がシンガポールで、日本人は1.8%に過ぎないのだそうです。

其れは、日本人は北方米作民族で、米は年に1回しか採れないので、伝統を守

って居ても冷害にでも遭えば餓死者が出たそうですから、新しい事にチャレンジす

る奴は「危険人物」として村八分に成ったのだそうで、例えチャレンジして成功して

も、危ない橋を渡った事で非難され、誰も褒めて呉れず、失敗すれば袋叩き。

然し西欧狩猟民族は、獲物との知恵比べに勝たなければ食えないので、作戦

計画を立てる者が、リーダーとして尊敬されて来たのでしょう。

ですから、私はホンダのアイデア・コンテストの審査委員長だった時、ベンチャー

屋を濃縮しなければ、アイデアがアイデアを生む連鎖反応が起きない事を悟り、

表彰式の演説で「入学試験や入社試験をアイコンだけにするべきで、アイデア提案

書を見れば、基礎学力や技術経験が判りますが、逆は真じゃない」と云い、今でも

其れをネット上で紹介して呉れて居る方も居られます。

そして、田原総一郎さんは「日本を支える技系の労働者は9%程度に過ぎず、

更に格差は拡大を続けて居るのが問題だ」と云われました。然し「文系独裁社会」

の日本では、スポーツ選手など、体力で順位を付けるのは良くて、技術力で評価

すると「差別」と云って騒ぐ、詰まり文系指導者の眼の利かない分野の差別を認

める事はタブーなのでしょう。

そして、「文系vs技系」と云う視点で、戦後日本の自動車の歴史を紐解けば、

昭和30年、私がホンダに入った時、自動車工業は一流の学生の就職先とは思わ

れて居なかった。其れは、文系経済人の間では、「日本の経済力が、マイカーが普

及する状態に成れば、フォード、GMが乗り込んで来て、トヨタ、日産と云えどもアッ

と云う間に踏みつぶされる」と云われて居たのです。ですから、日産は「銀行が経営

して居るので最も安全な会社」と云われて居のです。増してホンダは、前年にホン

ダ社長が東大航空の佐貫先生を通訳に使って、米国やスイスに出張し、最新の工

作機械を5憶円発注したのですが、折からの不況で不渡りに成り、倒産させるには

惜しいと思った三菱銀行が、役員を送り込んで救済したのです。従って私が相談し

た親戚の銀行屋は、「就職先としては論外」と云いました。然し、学生時代から特許

を出して居た私の「技系人」としての評価は違って居たのです。私は学生時代から

バイトで運転手をやり、親戚のスクーターも借りて乗ったのですが、そもそもスクー

ターは、戦時中米空軍が、飛行場の中を移動する為、農機具のエンジンを流用し

て作った物だそうで、公道上の交通機関としては、色々不満が有り、「私ならこうし

たい」と思って居たのですが、或る時デパートに飾られて居たホンダのスクーター、

ジュノーを見たら全部直って居た。其の設計姿勢、コンセプトを見て、凄く清々しい

感じがしたのです。でもあんな火の玉社長が怒鳴りまくって居る会社とは知らなか

った。そして、社長のコンセプトに、部下の技術が付いて行けなかったので、ジュノ

ーも、エンジンがオーバ―ヒートしたり、フロントフオークが折れたり、問題だらけ

の車で、私も入社後その対策をさせられたのです。

一方、当時の自動車会社は、日産を筆頭とする様に、「文系人」の経営が良し

とされ、文系人から見れば、日本の自動車工業の主体が、マイカーに成るに当たっ

て、「西欧先進国に完成されたマイカーが有るのに、泥臭い日本の技術屋に、基礎

研究から始めさせるのは、採算的に不経済で、技術的に失敗するリスクも有る」更

に、例え成功しても「会社の舵取りを技術屋に渡すと、文系経営者が浮き上がる」

ので、いすゞが「ヒルマン」、日野が「ルノー」、日産が「オースチン」を導入した。然

し、人間は母親の胎内で最初は「お玉杓子」の様な恰好から始って、海の中で魚

から進化した過程を辿るのだそうで、自働車も、開発過程無しに、完成した設計を

導入しても、モデル・チェンジが利かない。そして自働車は、ヨーロッパでは、技術

優先の機械工業だったのですが、米国では「ファッション業」に進化して居た。です

から、米国には「教習所」が無く、大学には「自動車部」が無かった。そして「マイカ

ーは、女性が一番好きなドレスを着て行き、其れに一番合う車を買う」時代で、同じ

シャシーに着せ替え人形の様に、種々の車体を乗せて売って居たのです。然し日

本の様な小型車のマイカーでは、車体のデザインに、其処までの自由度が無いの

ですが、マイカーは街中で走るので、「ファッション業」としては、服飾業界と同じく、

1年で飽きられて仕舞う。ですから、日本のマイカーは、足回りの設計を含めて「毎

年新車を出さなければ、持たない」と云う、世界一厳しい競争社会だったのです。

そして自働車は、大衆商品なので、極秘の最新技術も、市販すれば直ちに公知に

成る。欧州には伝統を重んずるカルチャーが有って、簡単に特定の車種の設計の

風格が捨てられ無かったが、日本は、自動車後進国で、そんな縛りは無いので、各

社車のモデルチェンジが出揃えば、最適設計は容易にバレるので、恥も外聞も無く

真似る。ユーザー側から見れば、「どれが元祖でも関係無い」

其の結果「ルノーは」一時期、日本のタクシー業界を席捲したが、日本のGNPが

上がって、タクシーの主体がクラウンに移ると、日野は「コンテッサ」を作ったが、

クラウンには対抗出来ず、本格的なマイカー時代を前に、マイカー市場から消え去

り、最後は、トヨタのトラック部門の傘下に成った。そして、いすゞが導入した「ヒル

マン」は、日本一乗り心地の良い車で、其のショック・アブソーバーの構造は、ホン

ダのS800でも真似たが、当時、日本には高速道路と悪路が混在して居たので、

其れに合ったクラウンに駆逐され、いすゞもマイカー業界から消え去った。日産

も、「ダットサン」と云う、日本最古のトップ機種を持ちながら、上記文系支配者の理

論で「オースチン」に切り変えた為、一度もモデル・チェンジが出来ず、「ダットサン」

に戻したが、売り上げ高のジリ貧が続き、今度は機種の代わりに、「ゴーン」と云う

人材の輸入をした。彼は自動車好きのアマチュアで、プロの技術屋ではないが、文

系独裁で、技術や外人に弱い日本のマスコミは「V字回復」と報じて居ます。でも

彼は、土地バブルに便乗して売り上げの長期ジリ貧で余った、戦前からの工場の

土地を売って、借金を埋めただけで、事業としては、池田物産等、旧来の家臣を切

り捨てた結果、ゴーン就任以前からの売り上げのジリ貧は変わらず、遂に戦後発の

ホンダにも抜かれる羽目に成り、何処にも売上の「V字回復」は見られず、溜りかね

て彼を追い出した西川社長も「新機種が出て居ない(開発競争に負けっぱなし)」と

云って居ます。

そもそも、日本では、戦後の大衆商品は、「官尊民脾」の時代は終わり、聳える大

企業も、お客様の一人一人に訴えて気に入って頂くので、民主選挙と同じ「商品民

主主義」なので、国鉄を始め、官営では成り立たなく成ったのです。なのに、今でも

官営のフランスのルノーは、上記日本だけで無く、米国でも、ワーゲンとの企業戦

争に負け、撤退したのです。米車は、砂漠地帯で使う場合は大型のラジエーターを

積むのに、フランス人は、第1次大戦の結果、ドイツとの国境に「マジノ線」と云う地

下要塞を築いたのに、第2次大戦では、中立国のオランダから攻め込まれ、一旦

国が潰れたのを、米国の経済力、技術力に基ずく軍事力で復活させて貰ったの

に、其の恩を忘れ、米国人を「出稼ぎ人の成れの果て」の様に下げすみ、フランス

本国の様なエアコンも普及しない寒冷地仕様の車を輸出した為、ロスからベガス

に行く砂漠で、続々オーバー・ヒートして乗り捨てられたので「ルノーの墓場」とし

て、米国では有名ですが、日本では日米自動車戦争の関係者以外、殆ど知られて

居ません。

そして、戦後は日本でも「商品民主主義」の時代で、国鉄を始め「上意下達」の、

国営企業は、続々民営化する中で、国営だから敗退した「ルノー」と、「文系支配」

だからジリ貧の日産が組んでも、底無しのジリ貧が直る筈は無いでしょう。

是に対しトヨタは、自動織機以来、歴代技術系社長で、ファッション業化した米国

の自動車産業を本命と理解し、個々の技術はシボレーをモデルにしたが、ファッシ

ョン業と云う本筋を見誤って居らず、日産の宣伝文には「技術の日産」の文言が見

られるけれど、「技術のトヨタ」と云う広告は見た事が無い。そして、トヨタは、リーマ

ンショックの時にも、一人の解雇者も出さず、トヨタの社長は「従業員の雇用が守れ

なければ、経営じゃない」と云い、今回のコロナ下でも、黒字決算を維持して居るそ

うでは有りませんか。

然し日本の文系独裁政権は「アベのミックスの4番バッターは自動車」と云い乍

ら、「観光立国」等と云って居る。ギリシャの様な有名な遺跡を持つ国でも、自動車

産業が無く、観光収入でドイツのマイカーを買って居ては、EUの生活水準は維持

出来ず、破綻したのでしょう。

そして、最大の弊害は教育界も「文系独裁」に成って居る事です。戦前でも「でも

しか先生」と云って、実業界で稼ぐ能力が無いから、「先生に”しか”成れないから、

先生に”でも”成るか」と云われた。実業界で役に立たない先生に教われば、役に

立たない卒業生が排出されるでしょう。ですから、教育界が「文系独裁」なら、国際

技系産業戦士は育たない。例えば、英語教育は工学部も英文学者が握って居るの

で、私は大学の工学部を卒業しても、英語で「1+=2」とも、「01+01=20(アセン

ブラー)」とも云えなかった。教科書で習った覚えが無いのです。ペン習字も同じ。

例えばフォードから外注への発注図面の手書きの文字の「U」は、「V」との識別性

を重視する為、「おむすび」型に成って居たのです。

「バイオリンのお稽古は、4才から始め無ければ遅い」と云うのは誰でも知って居

る。然し最近は、フィギュア―・スケートからF1ドライバー迄、「進化の過程に無い

フィジカルな能力は皆同じ」と云われて居ます。然し其れは「文系独裁」の教育界の

話で、実は「技系の発明能力に関する頭脳内の筋肉の強化」も4才からなのだそう

です。然しそんな、技系幼児教育のルートは無い。

 

更に、 故ソルジェ・ニーツィン氏の説では「民主主義は崇高な理念では無く、政

治の暴走を防ぐ『手段』に過ぎない」のだそうです。詰り「ブレーキ」機能だけで「エ

ンジン機能」は無いのだそうです。

そう云えば、米国国歌は軍歌の様で、歌詞はドンパチですが、米国の国是を示

す歌は、カラオケにも有る「アメリカ」と云う唄の様で、其の歌詞は「我が国はピル

グリム・ファーザーの遺志を継承する『自由』の国で、山谷の木々迄、自由を謳歌し

て居る・・・」と云うので「民主主義」は各個人の自由の間を調整する手段に過ぎな

いのでしょう。

然し、マッカーサーは、当時の米国社会を象徴する「レーシズム(有色人種蔑

)」で、敗戦で最貧国に成った日本人を統治する為に、「日本人の知能は17才」

と云い、「自由主義」は抜きにして「民主主義」だけを持ち込んだ。そして日本国民

も、軍国主義で負けたショックから、「民主主義」を崇高な理念と錯覚して受け入

れ、政党名も、今でも「民主」と云えば正義の象徴「崇高な理念」と受け取られて居

る。だから「自由民権思想」が薄く、官僚統制国家に成っても、反発心が感じられな

いし、其の官僚も政府に忖度して、元原子力委員長の班目先生の云われるには

「不作為の理由を考えた人間が出世する」のだそうです。

帰国子女の多い女子アナも、帰国して見て、如何に米国が自由の国だったかを

痛感するのだそうです。そして、上記、我々日米自動車戦争に勝った切込み隊員

も、米国に攻め込むには、其の認識が大切でした。

 

然し、我々はマッカーサーに命を救われても居るのです。戦後、特に東京の様

な大都市では輸送インフラの壊滅で、深刻な食糧危機に逢い、大量の餓死者が

出る所を、マッカーサーが軍用食料を配って、救ってくれたのです。其れは、軍

用の大きな缶に入った「ランチョン・ミート」と「バター」の缶詰で、私も何も食う

ものが無い日々、「ランチョン・ミート」だけを食い、「バター」を舐めて生き延びた

のです。

そして、敗戦の際、 ドイツが第一次世界大戦の敗戦から立ち直って第二次

大戦を始めた様に、「我々も又やるんだ」と誓い合ったのですが、米軍は、昨日ま

で殺し合って居た日本人が餓死しても「ざま見ろ」の筈の所を、食料を配って餓

死を止めて呉れた事に、戦前からの生活大国アメリカの懐の深さに、圧倒されて、

敵愾心は吹っ飛び、従順な「アメリカのポチ」に成ったのです。ドイツのコール元

首相も「一生アメリカに足を向けて寝られない」と云って居たそうです。でも、其の

缶詰の缶が、最初は戦地で目立たない様に、カーキー色に塗ってあったのが、

途中から、塗装を止めて、光った缶に変ったのですが、当時は其の理由が判りま

せんでした。でも、最近のテレビに依ると、米国は自由の国ですから、戦争が終

われば、軍用缶詰工場の従業員は即日解雇される筈の所、全米が戦勝に沸き立

って居る中で、戦争に協力した従業員を即日解雇では拙いので、日本向けに生

産を続けさせたのだそうです。

 

そして「レーシズム」は米国だけでは有りません。戦後のテレビ報道に依れば、

ヒットラーは更に酷い「レーシズム」で、白人の中でもユダヤ人を差別して大量虐

殺したそうで、「日独伊防共協定」で、ドイツに行った、黄色人種の日本海軍の技

官に対し、「バーゲン・セールの必要は無い」と云って、原爆とレーダーを教えな

かったそうで、其の後、日本は技術陣の総力を挙げて両技術の開発に特科した

けれど、遂に敗戦までに、原爆とレーダーの敵味方識別装置(今のトランスポ

)の開発が出来なかったそうです。特に原爆は、理研の仁科博士の指揮下で

開発を進めて居た事は、私の父を含め、技系国民は皆知って居た。私の高校時

代の物理の先生も其の一人で、私も戦後高校の物理部の部活で、「ガイガー・カ

ウンター」を作ったのです。私の担当は、市販の電球を割って、中の導線部を取り

出し、ガラス管の両端に溶着させて、センサー部を作る事でした。

ですから、我々技系国民に取って「原爆開発遅れ許すまじ」だったのですが、戦

後、技術は他人事の「文系独裁政権」が「原爆許すまじ」に改竄したのです。其れが

今、はやりの、公務員に依る「公文書偽造」の走りで、後述の様に、其れが本轢死

事件の処理にも関係して居る。

 

【西洋の歴史】

 一方、西欧先進民主主義国では、「天動説」論者が圧勝し、「地動説」論者は、

世間を惑わす者として、永らく投獄されたそうで、その反省から、技系のマターは

一般投票に依らないと云う「コンセンサス」が得られた様です。然し、当時の日本

は鎖国だったので、今でも、一般投票で勝った議員が、「技系法」も決めて居る。

 今時「天動説」と云うと素人でも笑うけれど、ハイテク革命下のこんにち、同じ事

は日本でも起きて居るのです。

日本の株式会社では、社長が一番偉く、嘱託医は、一般に「執行役員」ではな

いでしょう。でも彼が「ドクター・ストップ」を掛ければ、社長も反対しないでしょう。

然しハイテク革命のこんにち、お客様から、従業員から、其の家族の生命や経済

迄に渡る安全に関する技術問題は「医学」以外の「工学部門」にも沢山有るので

す。ですから、西欧先進国では「オフィサー・イン・チャージ」と云う、「技系法」に

関する安全責任者を設けて居るのです。

 ですから、自動車等、先進国に輸出する会社は、相手国に商品の安全性を保

障する責任者「オフィサー・イン・チャージ」を設けて居るのですが、日本の法体

系に無いので訳語も無く、知って居るのは、通産省の輸出担当課長位で、マスコ

ミも知りません。そして、国内の株式会社内では何の法的権限も無いのです。

 

【開かれた 日本の特許庁】

 国民の安全は憲法で保証されて居ますが、其の物理的、技術的限度は、国家

の経済力、技術力の限度迄で、其れから先は「不可抗力」でしょう。

ですから、故緒方貞子教授の書「米国憲法」にも記されて居る様に、米国憲法

の第一条には「特許制度に依る技術革新」が政治目標の一つに成って居ます。

然し、戦後マッカーサーは、日本が再び技術大国を経て軍事大国化しない様

に、其の条項を抜いた「新憲法」を押し付け、更に官界からマスコミ界迄「文系独

裁組織」を定着させました。ですから、今でも憲法改正論の中に、其処は入って

居ません。

 然し、新憲法には無くても、日本にも明治時代から特許制度は機能して居り、

勿論今では、政府の指揮下の機関として国際的にも機能して居ます。例えば、

特許を許可すれば、世界中から告訴される恐れが有るので、先ずは拒絶査定を

して、ネット上の公開された場での議論を求めますが、拒絶理由に対して「どう書

けば許可されるのか」の指導文を付けて呉れるので、特に譲れない理由が無け

れば、其の通り書けば、特許権が貰える。譲れない理由が有れば、審査官に面

会を申し込めば、技術者として対等に話し合いに応じて呉れ、更なる指導が頂け

るのです。

ですから、当初は弁理士先生にお願いしますが、或る程度場数を踏めば、直

接特許が申請出来るのです。

 

【閉鎖的な 日本の検察庁】

然し、日本の司法は違う。弁護士資格が無ければ、事実上刑事訴訟は出来な 

い仕組みに成って居り、其の上、特に技系事件は事実上門前払いに決まって

居る様だ。

 

其の訳は、米国では上記憲法に従って、米国の弁護士は、先ず先端技術を

学び、次に「技系法」を学んでから、「文系法」を学んで弁護士に成るのだそうです。

然し、日本の官界、司法界は、マッカーサーの「文系独裁」政策の結果、「文系

法」だけ学び、法学部在学中でも司法試験に受かれば、「天下御免」で弁護士に

も検事にも成れるらしい。日本でも司法研修生は工場見学もしますが、パック・ツ

アーの様に、サーっと通り過ぎるだけで、其れで、自動車六法等を読んで判る筈

は無いでしょう。例えば、戦後の自動車工学の頂点に有る、自動車用エアー・バ

ッグの性能は、衝突テストで確認しますが、衝突テストをした車は売り物に成りま

せんから、エアー・バッグの法規には、異次元の高度な計測工学が必要です。

 

ですから、検事は、「技系法」の事件が起きると、

「技系法」に対する無知がバレない様に、「不起訴」で門前払いするのが生活

の知恵らしい。そもそも、検事の机の上には「六法全書」が、聖書の様に置いて有

り、「自動車六法」等々は無い。技系法の訴状が出ると、パソコンで検索して、法

の存在は確認するけれど、法の基に成って居る先端技術を知らなければ、法文

だけ読んでも理解出来る筈は有りませんから、「生兵法は大怪我の基」で、其れ

で刑事告訴したら、相手側の「技術鑑定人」との技術論争で、技術に対する無知

がバレて、行き詰まる恐れが大きいので、告訴人の話は、一見丁寧には聴くが、

其れはガス抜きで、決裁は、「不起訴」の3文字だけ、訴状の何処が悪いのか、ど

うすれば、法廷に出て裁判が受けられるのか、特許庁の審査官の様な指導は

無く、「法廷で公開の裁判を受ける」と云う基本的人権が阻害されて居る。其れは

「刑事判決」とも云える「不法な越権行為」では有りませんか。

そして、検察庁発行のパンフレットに依れば、「検察審査会」に不服申し立てが

出来る」と記されて居ますが、其処は、検事より未だ酷い。検事は一応訴状に付

いて口述に依る追加説明も聴いて呉れますが、「検察審査会」は其れも無く、

パンフレットには書いて有りませんが、「弁護士以外とは逢わない決りに成って

居る」のだそうです。そして、いきなり「慎重審議の結果」として「不起訴」の通知

だけが来る。当然審議の経過も非公開、審議すれば、訴状に対する質問も必要

な筈ですが、一切有りません。どう見ても、審議自体が虚構化して居るとしか思

えません。

 

問題の石橋被告事件も、裁判自体は、毎回、ネット上で予告されて居るので、

私も一週間通いましたが、抽選で当選しなければ、傍聴出来ず、折角当選しても、

傍聴制度自体が形骸化して居て、検事と弁護士の間で「甲何号証」とかの遣り取

りが多く、一部しか判りません、問題の「二人轢き殺した直接犯」が何故不起訴な

のかの審議は非公開の様で、検事が不起訴と決めた法的根拠も非公開。詰り、

事実上「検事判決と云う越権行為」で、法廷には上げられず、マスコミの報道もなく、

特許の様なネット上の検索も不能。更に、記者席は前席に確保されて居ますが、

マスコミも文系独裁社会ですから、技系法は知らない様で、私のHP「小嶋裁判

傍聴記」にも記した様に、閉廷後、記者が私の元に来て「今日は、お互い何が云

いたいのか」質問するのです。然し、司法資格の無い、私の解説を記事にはしな

いので、国民の知る権利は阻害されて居るのです。ですから、本事件の解析をす

るには、下記の説明が必要でしょう。

 

【冗長性】

戦前の東京の路面電車は、先進国からの輸入品で、先端に可動式のバンパー

が付いて居て、酔っ払いが線路に寝て居ても、バンパーの下端が当って後ろに傾

くと、其の後に有る網がパタンと降りて、抄くい上げる様に成って居ました。詰り人

命を大切にする「冗長設計」に成って居たのです。其れは当時の日本のカルチャー

には無かったので、我々技系青少年に、強い印象を与えたのです。其れは「フール・

プルーフ(馬鹿でも安全)」「フォーゲッティー(忘れて居ても安全)」と云う、先進国の

設計思想の基礎だったからです。でも、其の後に現れた国産の車体には、そんな

装置は廃止されて居ました。其処までして、人命を守るカルチャーが無かったの

でしょう。

 

【庇い合い】

戦後に成って日本にも「人権思想」と「冗長性」が浸透して来ました。戦後の

「信頼性工学」に依ると、人間は訓練された人でも、5万回に一回はポカミスが避

けられ無いのだそうで、其の際相手が、法的優先度に関係無く、相手のミスを庇

う様にすれば、相手が庇い損ねる確率も5万分の1ですから、事故に成る確率は

5万の2乗分の1に成り、飛躍的に安全性が向上するのです。然し、自働車の取

説にも、免許の更新時、金を取って売り付ける教科書でも、見た事が有りません。

 

【KT法】

 皇后陛下の母校「ハーバード」の教科書が有名な論理手法「KT法」は、戦後の

技術先進国、米国を中心に普及し、日本でも、自動車、家電、石油関係等、国際

企業では、外注に至る迄、会議は全て「KT法」用語で行われ、其れが国際勝ち

組企業の指標に成って居り、過って週刊誌にも、「検察庁も取り調べに使って居

る」との記事が載りました。

其の第一定石は「ステートメントの分離」です。其れは、対策手段の異

なる問題、特に対策が真逆だったりする問題を「団子」で議論すると、正

解が得られないからです。

そして、KT法の教科書には、「詭弁を弄して、黒を白と云いくるめ様とする

人は、『ステートメントの分離』を阻止して『団子』で議論しようとするので、先ず、

其れを排除する必要が有る」と記されて居ます。

そして、KT法の基礎定石はもう一つ有って、其れは「2値化」です。戦後、コン

ピューターの世界は、アナログ電圧をその侭使う「アナコン」から始まりましたが、

2.5ボルトを敷居値として、「ハイとロー」に二分する「デジタル化」に依って、圧

倒的な高速、大容量化を成し遂げたのが「デジタル・コンピューター」です。そ

して、「KT」法も其れを真似て「マストとウオント」に2値化して処理するので、会

議でも「その問題はマストかウオントか?」と云う会話はしばしば登場します。マス

トは対策が必須の問題。ウオントは、経済とのトレード・オフで、順位を付けて

対応しても良い問題を云います。

 

【直接犯】

 刑事訴訟法の教科書を見ると、上記KT法の「ステートメントの分離」以前の時代

から、犯罪は被害の大きさで分類されるのだそうで、その中で殺人が最高で、物理

的に萩山夫妻を轢き殺した「直接犯」と、周囲でお膳立てをしただけの「間接犯」に

分けて裁くべきでしょう。なのに、本事件は、検事段階で、「直接犯」は「不起訴」と

云う「検事判決で無罪」。「間接犯」の石橋被告だけが法廷で裁かれ、懲役18年

に成ったそうで、外野から見て話が逆転して居る。然も其の「間接犯」は上記「庇い

合い」に逆行して、下記の様に多くの点で事故発生を逆に「煽って」居るのに、

其れに対する司法の対応は、全く聞こえて来ません。

 ネットに依ると、甲南大法科大学院の園田教授は「法の拡大解釈と云わざるを

得ない」と云われますが、そんな程度では無い様に思います。

 

【技系法】

上記「ステートメントの分離」に依り、法は「文系法」と「技系法」と

に分けて議論する必要が有るのです。

個人の倫理観をベースとする「文系法」が基礎ですが、ハイテク革命の今日、

国民の安全は「技系法」も使わなければ守れません。

其れは「文系法」では、犯罪は「犯意」に依って生まれるとされ「犯意なき者は、

是を罰せず」で、捜査で犯意が立証出来なければ、「愉快犯」と云う奥の手も有

るらしいけれど、一般に「失念」「過失」「不作為」は、100人殺しても罪に問えない

らしい。

然し「技系法」は違う。例えば、自働車は文明の利器で有ると共に「走る凶器」

の面を持って居るので、車は自然には走り出さないので、車に乗って走り始める

事が「文系法」上の「作為」で有って、「其れに付属する技系法に対する不作為は

犯意と見做すと云う刑法学上の見解が有るそうで、車の発進操作だけして、後は

「脇見運転」と云って横を向いたまま、何もしないで暴走させたら、死傷事故が起

きるのは当たり前、自分の命も危ない。ですから、発進操作後の「定常的脇見

運転」は、「文系法」上の「失念」「過失」「不作為」には当らず、「死傷事故が起き

ても良い」と云う「故意の犯意」の証拠でしょう。

 

【道交法⇒性能規制⇒第26条】

そして、途上国時代の「技系法」は、「設計基準(デザイン・ルール)

と云って、設計手段を指示したのですが、其では、設計者の自由を奪い、

技術の進歩を阻害する為、先進国では「性能規制(パフォーマンス・スタン

ダード)」と云って、手段は自由で、結果をだけを求める形に変り、日本

の道交法のブレーキ性能も、「衝突回避」と云う結果だけを求める様に成

りました。

即ち、道交法第26条 (車間距離の保持)第一項には

「車両等は、同一の進路を進行している他の車両等の直後を進行するときは、

その車両が急に停止したときにおいてもこれに追突するのを避ける事ができ

るため必要な距離を、これから保たなければならない。」

と記されて居ます。

 

上記道交法に依れば、「その車両が急に停止したときにおいても」と記されて居

ます。然も報道に依れば、当該殺人トラックの前には2台トラックが居て、何れも萩

山夫妻の車を避けて走行車線に移ったそうですから、「急に停止したとき」では無

く、「前から停車して居た時」の車間距離も保って居なかった事に成るので、石橋

被告は、「道交法26条」違反に依る殺人事件には関係無く、「追い越し車線上での、

掴み合いの喧嘩」と云う別件では有りませんか。

 

【バードン・シェアリング】

其処で、上記法律で求める「必要な距離」を得る手段として、「全自動」にすれ

ば文句有りませんが、全自動で、警察が飲酒運転を許可するには、未だ10年単

位先でしょうから、当面は、運転者とコンピューターが、得意分野を分かち合う

「バードン・シェアリング」が必要です。

 其の第一工程は、同法の求める 「必要な距離」の算出です。其れは、高校の物

理の教科書レベルの計算ですが、暗算は無理なので、現在、車に100個も使用

されて居ると云うマイクロ・コンピューターの担当分野でしょう。

一方、ベンツ社は「自動車は、タイヤと路面との摩擦力に頼って居るので、ハイ

テク機器を使っても、其の限界は越えられ無い」と云って居ます。其の摩擦力は

「乾燥路、雨、雪、氷結」で大巾に低下する上、現行のセンサー技術では、前方

路面の摩擦力の自動測定は困難なので、ドライバーの担当分野とし、ドライバー

が目視で観察し、マイコンに入力します。そして、事故の判例も踏まえた「必要

な距離」の計算式は河原崎法律事務所から、ネット上に公開されて居ます。其の

代表的計算例は下記表1の通りです。

 

表1

実速度 km/

100

100

100

100

路面

乾燥()

雨 ()

雪 ()

氷 ()

μ

0.8

0.45

0.15

0.07

乾燥路相当速度

100

133

231

338

横滑り危険度

1.8

5.3

11.4

制動距離 m

49.2

87.5

263

562

空走時間 秒

0.75

0.75

0.75

0.75

空走距離 m

20.8

20.8

20.8

20.8

停止距離 m

70

108

283

583

10

メトロノーム周期 秒

2.5

3.9

10.2

21.0

詰り、乾燥路を時速100キロで走行時、道交法26条の求める「必要車間距離」

は、「70m」ですが、ドライバーは、距離で示されても、目測は困難なので、

「メトロノーム」を使って「2.5秒」と云う時間間隔にして、提示する必要が有る

のです。ドライバーは此れと周囲の景色との関係を流し読みする必要が有りま

す。其れは、「バードン・シェアリング」として、再びドライバーの担当に成りま

すが、「メトロノーム」は、スイッチを入れて居る間は、連続的に鳴るので、容易に

合わせる事が出来ます。

更に、上記「メトロノーム」の、例えば「2.5秒」は、最小値ですから、何もぴっ

たり合わせる必要は無いので、長めに取る事は安全サイドの誤差「フェール・セー

フ・サイド」として自由ですから、「メトロノーム」の使い方としては、前車の後端部

が、陸橋とか、道路標識とか、目標に成る物を通過してから、「メトロノーム」が鳴

り、次の「メトロノーム」が鳴った後に自車の前端が其処を通過すれば、「フェー

ル・セーフ」が保障されて居る事に成ります。更に上記弁護士事務所の計算式

は、相当に緊張して走行した場合の値ですから、依り「リラックス」した運転をし

たい場合には、吹鳴間隔を水増ししたりする選択肢も有り得ます。

 

問題は、「秒間走行距離の車間距離を取る」と云う概念は、高速道路上の

実態調査の結果、既にトラック便等のベテラン・ドライバーには、普及して居る

様ですが、その値は調査の結果「2秒」なので、道交法の求める「前車が急に停

止したとき」には追突事故と成る状態が蔓延して居るのです。

其れは、高速道路上では低速制限も有り、法の求める「前車が急に停止し

たとき」を体験する事が出来ないので、料金所で「前車が普通に停止したとき」

の経験に引きずられて居るのでしょう。増して雨や雪に成れば、更に認識との乖

離が大きく成るので、雪が降れば追突事故が多く報じられるのでは有りません

か。ですから警察は、本事件を受けて、1万件以上の「車間距離の不足」を検挙

したそうですが、過小車間距離の蔓延は、メーカー側が、上記道交法の求める

車間距離の計算結果を、「メトロノーム」で運転者に知らせる「バードン・シェアリ

ング」を惰って居る、PL法の「設計の欠陥」「警告の欠陥」のせいで、メーカーを

告訴し、リコールを求めるのが筋で、運転手を検挙しても始まらないでは有りませ

んか。

 

一方、時速100キロを越えれば「キンコン音」を出す「速度警報器」は、昭和

50年から11年間、全車強制装着と成り、更に大型トラックは、屋根の上に法定

速度超過を外部に示す警告灯の装着も強制されました。然し昭和61年に「強制

装着法」は廃止に成りました。

其れは、速度は速度計に表示されて居るので、法定速度を守る気が有れば

「キンコン音」に頼る必要は無く、然も法定最高速度は一般道では25km/h位迄

有り、高速道路でも、曲線部分では、80km/hの所も有り、標識は100km/hでも、

雪や氷等、路面状態が悪い時は、速度を落す必要が有るので、100km/hに固

定された「速度警報器」は余り意味が無いからでしょう。

 

然し装着は禁止されて居らず、今もOPとしてネット販売されて居り、採否はユ

ーザーの自己判断に成りましたが、平成7年のPL法施行に依り、「リスク・マネー

ジメント」が、メーカーの責任に成り、更に平成27年に、日本政府の特許庁が是

を、「メトロノーム」として利用する事の効果を認め、公示したので、自動車会社

は、是を道交法26条に、最低限必要な手段として採用する責任が発生したもの

と思います。

自動車は近代社会に必須の手段で有る反面、「走る凶器」として、毎年千人

単位の死者が発生して居るので、メーカーは死者数を既得権益として安住す

る事無く、一人でも減らす為、充分な緊張感を持ってPL法に対処する責任が有

るものと思います。

そして、本轢殺事件は「メトロノーム」が装着されて居れば、当然防げた筈のも

のと思います。従って取説で「メトロノーム」の必要性に付いての特許庁の公示

を知らされて居なかった当該トラックの運転者の責任は薄く、自動車会社が「未

必の故意に依る殺人罪」で、厳しく罰せられるべきものと思います。勿論其れは

「一罰百戒」で、上記「過小車間距離の蔓延」を止め、同種の追突殺人の続発を

止める効果が有るものと思います。

 

そして、「メトロノーム」の効果が明らかに成れば、保険会社も放って置かない

でしょう。保険会社は理屈では無く、採用車の事故に依る支払額が減れば、機械

的に掛け金を下げるからです。

 

【自動車会社の責任】

 上記の様に、道交法26条は、自由主義先進国用の結果規制ですから、最低限

のデジタル計算結果で有る「メトロノーム」を利用せず、山勘で走ると云う暴走行

為を放置しても、其れは自動車会社の選択の自由でしょう。

然し、「メトロノーム」は日本政府指揮下の特許庁が、最低限の手段として効果

を認める公文書を発行して居るのですから、デジタル庁の必要性も叫ばれて居

る時代に、自動車会社がデジタル計算情報の不通知を実行したことは、技術的

に容認出来ない暴挙で有って、その結果当然起きた本轢殺事件は「未必の故意

に依る殺人罪」で、しょう。

選択の「自由」の責任は「企業側」が負うので、自由主義国では、民事賠償責

任の他、「懲罰的罰金」がセットに成って居るのです。

 

【閣内不一致】

 内閣指揮下の特許庁が「メトロノーム」の必要性を認め公示して居る中で、同じ

内閣指揮下の法務大臣が、横浜地裁が、自動車会社が、「メトロノーム」が、技術

的に最低限の選択肢で有る事を認めず、不採用として居る責任を問う様「訴訟

指揮」をして居ないのは、閣内不一致では有りませんか。日本は「技系法」も機能

する法治国では有りませんか。

 

【公文書改竄疑惑】

テレビでも紹介された、早稲田の大槻教授の書「文科系が国を亡ぼす」の対策

編として発刊し、国会図書館の蔵書にも採用された私書、「経済学では、不況は

直らない、技系主導政治が日本を救う」の「武道館より運転道館」の項に記した

様に、レーシング・ドライバーは、「周囲の車は、全部自分がコントロールして居る

つもりで走るべき」と云われて居り、日本の初代F1ドライバーの中島悟氏も、ヘリ

コプターの上から全体を見て居る様に運転するべき」と云って居られる。

其の為には、上記私書にも記した様に、前方だけで無く、、「脇見」も、 「リア

ビュー・ミラー」で後方を見るのも、全て安全運転に必須の工程で、其れを直列

的に順次見て行く必要が有るので、其れは「計測工学」上のプログラム用語で「シ

リアル・ポーリング」と云い、各区間に割り当てられた時間の比率を「ディユーティ

比」と云います。

ですから、当該トラックの運転手は、「メトロノーム」が付いて居る場合には、

「脇見運転」をしたければ、先ず前を見て、前方に「メトロノーム」の1区間の車間

距離に加えて、例えば脇見の分1区間を加え、2区間の車間距離を取ってから、

1区間分脇を見る様にしなければ、上記道交法26条に合格しないでしょう。です

から「メトロノーム」が付いて居ない場合は、山勘に成りますが、其れでも、「定性

的」には、同様の行動を取らなければ、道交法違反に成り、何時追突しても可笑し

く無い「暴走行為」でしょう。

追突すれば、相手が大型トラックなら自分の命が危ないので、前を全く見な

いで、横を向いた侭走って居た、詰まり前を見る「ディユーティ比」ゼロとすれば

自殺願望か精神異常ですから、当該殺人を犯した運転手が、現場の警官の調査

に対し、そんな証言をする筈は無いので、「脇だけを見て居た」と云うのは、弁護

士か検事が改竄したとしか思えません。勿論「だけ」とは書いてないのでしょうが、

警官の調書は、「シリアル・ポーリング」に成って居る筈なのに、其れを故意に写

し忘れて「脇見」だけ書くのが「(KT法の)団子」でしょう。

 改竄の目的は、「(KT法の)ステートメントの分離」に成って居た調書を「脇見

運転」だけの「(KT法の)団子」にする事に依り、「道交法」と云う技系法を無視し、

「文系法」だけで法廷に上げれば、「脇見は過失ですから、犯意は無く、何人殺し

ても無罪」と云う筋書きなのでしょぅ。其れが詭弁で有る事は、マスコミや、一般人

から違和感を訴えられ手居るだけで無く、ネット上でも法学者から指摘されて居

るでは有りませんか。

 ですから、差し戻し審では、事故調査の現場の警官の調書や、運転手の生の

証言との乖離を詳らかにするべきでしょう。

 

【庇い合い違反】

 私書「武道館より運転道館」にも記した様に、教育界の「文系独裁」 の結果、

「日本人は教育熱心」と云われて居ますが、自働車の運転実技に付いては「免

許取得」と云う義務教育のみで、大手運送会社でも、鈴鹿サーキット等での高等

教育を受ける例は希です。だから「周回遅れが道を譲らないと失格に成る」と云う

「技系公序良俗」も知らない。米国では、追い越し車線で、後続車に追い付かれ

ても車線を譲らないと違反で、私の目の前でも、ハイウエー・パトロールがブッ飛

んで行って、強引に巾寄せして、路側帯に押し出して捕まえた。日本の文系企業

の奥さんが、其れで捕まって「法廷最高速度で走って居るのに何が悪い。加速し

てスピード違反しろと云うのか」と怒って居たそうです。詰り上記の様に、米国の

社是は「自由」ですから、高速道路で道を譲らない「被せ運転」の方が重罪なので

しょう。

 本法廷でも、萩山夫妻の運転歴を紹介して、萩山夫妻の運転は充分「技系公

序良俗」に逢った物で、其れに不満を持った石橋被告の方が「はぐれ者」として

居る様ですが、自動車会社の取説の方が「PL法の、警告の欠陥」では有りませ

んか。家電の取説はPL法の警告に、冒頭多くのページを割いて居るのに、自働

車の取説はPL法に対し、余りにもずさんに見える。「自動車は免許制度も、更新

時の講習も有る」と云うのでしょうが、其の講習にも「庇い合いの実技」に付いて、

何も書いて無く、執筆責任者の氏名も無く、抗議しようとしても、「お答え出来る

人は居ません」と門前払いなので、上記検察審査会と同じ、一方通行なのです。

過ってエイズ問題で、松村製剤課長が、国会で「権限は有りますが素人ですか

ら」と云い、安倍教授は「一民間人の俺に何の責任が有る」と云ったと報じられた

のを思い出す。

 

 具体的に云えば・・・

【庇い合い違反その1】

 戦後の自動車工学の進歩の一つが「衝突工学」です。戦前のブレーキは、通常

ブレーキも、緊急ブレーキも、人為操作に頼って居る為、失心や操作ミスが有れば

機能しないので、第3のブレーキとして「エアーバッグ」に象徴される、自動ブレーキ

が開発されたのです。詰り、衝突時、車体の潰れに依って運動エネルギーを吸収し、

80G程度以下の衝撃で停車させ、「ライド・ダウン」と云って、「乗員も其のGに載

せて救う」と云うものです。此の為、自働車の開発時点の試作車のコストは、量

産時の30倍掛かるのですが、自動車会社は其れを沢山使って、大量の衝突テス

トを行って、80Gに抑える為の開発を行うので、株主資料を見れば判る様に、市販

車一台当たりに、1万円に付いて居る例も有るのです。ですから萩山夫妻が殺さ

れた時点では、既に双方の女性に止められて、掴み合いの喧嘩は終わり、石橋

被告は自車に戻りつつ有ったそうで、其の証拠に石橋被告は死んで居ない。そし

て二人の子供も「ライド・ダウン」で助かって居るでは有りませんか。ですから、

萩山夫妻も、車の取説や、免許更新時に、毎回、金を取って売り付ける教科書に

「第3のブレーキ、自動ブレーキ、ライド・ダウン」の事が書いて有れば、追い越し

車線上にボケッと立って居なかったでしょう。そうすれば本殺人事件は起こらず、

単なる物損に終わった筈です。

 詰まり本殺人事件を、業者側の、PL法の「警告の欠陥に依る殺人罪」で裁く

事が、続発を止める鍵(クリティカル・パス)でしょう。

 

【庇い合い違反その2】

 同様に、追い越し車線の直ぐ右にはガードレールが有る筈で、其の大手メーカー

日本鋼管は、大型バスを斜めにぶつけて、性能試験をして、効果を確認して居

る動画を配信して居り、私も大学では見て居ますが、取説や、免許の更新で見た

覚えは有りません。是も「警告の欠陥に依る殺人罪」でしょう。

 

【庇い合い違反その3】

 昔の車検では、車の後方に置く「3角板」や、「発煙筒」の常備が求められて居ま

した。然し、法廷で「ベテラン」と云われた萩山夫妻は知らなかったのでは有りま

せんか。其れも「警告の欠陥に依る殺人罪」でしょう。

 

【庇い合い違反その4】

 脅迫罪と云うのは、回避する選択肢を奪う事が条件だそうで、報道に依れば、  

石橋被告が被せ運転で停車した時、萩山夫妻との車間距離は10m位空いて居

たそうですから、萩山夫妻は、直ちに走行車線を越えて、左の路肩に移動し、其

れから掴み合いの喧嘩をするなり、警察を呼ぶなりすべきでしょう。若し10m

いて居なくても、外国ではピッタリ着けて駐車し、バンパーで押して出る習慣の国

も有るそうで、国産車も其れに備えて、バンパーは15マイル/hの衝突に無傷で

耐えれる様に出来て居るので、一寸押せば車線変更出来るし、一寸バックする 

選択肢も有る。何しろ、後続車は「衝突工学」の教科書に云う「近寄り速度」100

キロで迫って来るので、上記道交法26条で、衝突回避の第1責任は、後続車に

有りますが、萩山夫妻の方も「庇い合い法」の趣旨を教わって居れば、事故を回

避する選択肢は可能だったでしょう。

 詰まり本殺人事件を、業者側のPL法の「警告の欠陥に依る殺人罪」で裁く事が、

続発を止める鍵(クリティカル・パス)でしょう。

 

今回の差し戻し裁判では、新しい裁判員が選任されるそうですから、是非、担

当弁護士の高野先生共々、上記を知って欲しいと思います。私は技術屋ですか

ら、石橋被告の量刑を云々する立場には有りませんが、以上に依り、自動車業

者側の罪が浮き彫りに成り、先進国の様に、「懲罰的罰金」が科せられれば、

石橋被告の量刑は下がるのでは有りませんか。

 

【補足説明】

「先導車」

 日本人は「相手の気持ちを忖度して譲り合うカルチャー」に優れて居り、其の象

徴が、外人がびっくりする、「渋谷のスクランブル」だそうですが、ハンドルを握る

と、譲り合う余裕が無く成るらしい。其れは「文系独裁教育」のせいで、私書にも記

した様に、各街に有る、平和国家に馴染まない「武道館」を止めて、「技系心、技、

体の運転道館」にし、余裕の運転を普及させるべきでしょう。

何時の時代にも「はぐれ者」は居るので、徳川時代には、家康の洗脳に依り、

手段は「徒手空拳」でしたが、今はマイカー時代の「はぐれ者」に驚かない、心、技、

体の運転道館が必要でしょう。其の為には、運転道が普及すると管理能力の欠

如がばれる「文系管理職の独裁」の掃除が必要でしょう。 

私は、知らない街を走る際は、先ず「煽り運転」を探して、路を譲り、先導車に

すれば、出会い頭の衝突に逢わない。特に地元のタクシーは、無線で「何処そこ

の前は、注意して運転して下さい」と云われて居るので、その後ろに付ければ、

ねずみ取りに逢わない。

 

「路上ストップ・ウオッチ」

上記「メトロノーム」は、上記の様に、コスト増が殆ど無く、然も、自

車内だけのオフライン・システムですから、装着車と非装着車の混合交通が

可能ですが、ドライバーの担当部分「バードン・シェアリング」が、「流れる

景色の流し読み」と云う動画に成ります。其処で市街地等、交通量の多い地

帯では、道路を横断する歩道橋や、標識等の上に、車線毎に下向きに画像処

理装置を設け、通過する車両の後端を検知した時点で、路上ストップ・ウ

オッチをスタートさせ、後続車の前端を検知した時点で止め、その計測時間

を「ストレージ機能」に記憶させ、「車間距離のデジタル計測値」として後続

車の背面にレーザー等で送信して、車間距離として表示させたり、上記、自

動車間距離型クルーズ・コントロール装置に利用させ、同時に、路上ストップ

・ウオッチはリセットし、後続車の後端を、次の車の後端として検知して再び、

路上ストップ・ウオッチをスタートさせる。

此のシステムを使えば、上記「メトロノーム」の様な「景色と比較しての流

し読み」は不要に成り、手付けずで精度が得られ、ドライバー側の「バードン・

シェアリング」は、「乾路、雨、雪、氷」の路面状態の観察だけで済む様に成り、

そして、本装置装着車と非装着車の混合交通も可能なのです。

 

「乾路相当速度計」

更に、上記弁護士事務所では車間距離のみに注目して居ますが、9行目

の右端に示す様に、氷結路に上では、停止距離は583mと云う極端な値に成る

ので、車間距離以外の危険「フェーラー・モード」が出て来るのです。其れは曲線路

や、車線変更時の横加速度に依り、タイヤが横滑りしてスピンが発生する事です。

其れは、上表の4行目の「乾燥路相当速度(エクイバレント速度)」に示しました。

詰まり氷結路上を100km/hで走れば、横滑りし易さは338km/

に当るのです。ですから、其れが100km/hを示す様に、実速度を下げれば

良いのです。詰り曲線路に入ってから、遠心力に耐えられず、横滑りが始

ってから、速度を落そうと思ってブレーキを掛ければ、タイヤの縦方向滑

りに依って、横方向の滑り耐力(コーナリング・パワー)も落ちるので、一

層スピンが酷く成り、収拾が付かなく成るので、曲線路の手前で「乾路相

当速度計」が100km/hを示す様に、予め速度を落して置く必要が有る

のです。

ですから、「クルーズ・コントロール」の目標速度を「実速度」で無く、

「乾路相当速度」にして置けば、路面を目視で「雨、雪、氷」と切り替

えるだけで良いのです。

 

 

 

 

「特許番号」

 

自動車用乾燥路相当値表示式速度計 (通称 エクイバレント値表示)

特許第2727523

主として4自動車用クルーズ・コントロール装置 (通称 プロポ式)

特許第3059627

適正車間距離告知装置 (通称 メトロノーム)

特許第5752923

車間距離測定装置 (通称 車上ストップ・ウオッチ)

特許第5396598

車間距離測定用ストップ・ウオッチ機能を備えた,自動車用安全装置

      (通称 路上ストップ・ウオッチ)  特許第6240832

 

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