このごろ
観覧車の姿が見えないのは
私が年をとったからだろうか。
このごろ
人々の姿が全く見えないのは
どういうわけか。
人々は
向こうの丘の遊具のことも
古ぼけた私のことも
忘れたのか。
ただ
ばらが香る季節だけは
桜の梢越しに
人々が行き交う姿が見える。
なぜだろう、
ばらをめでる人々の声が聞こえるときだけは
見えてくるのだ、
観覧車がゆっくりと回る姿が。
いつか
そのことに気づいた人々は
きっとここまで上ってくるだろう
再び私の黒い車体をも見上げるだろう。
だから 私は
外側は古ぼけていても
心構えだけはしっかりと保って
小さな駅舎とともに人々を待つ。