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 第64話 「たとえば、河童美人」

  こんにちは。おいらは、飼い主も家も名前もとくに決めていない犬であります。川ぺりをうろついていると、いろんな人たちと出会います。犬にとっては、違いがわからないこともあるけれど。
        * * * * * * * * * * * *

 今年は雨の日が多くて、おいらは雨に当たらないところを選んで散歩しています。今日は川ぺりの小さなギャラリーに行ってみました。小さなテーブルに、お菓子が盛られていることもあるんだよ。

 そこに展示してあるのは、墨で描かれた裸の女の人の絵です。頭に小さな帽子のようなものをのせていて、裸の背中にだけ何かをくっつけているんだ。絵を見に来た人たちは、ちょっぴりほっぺを赤くしながらニコニコと絵を見ています。
「先生の描く河童美人は色っぽくて素敵よね。」
「うん、のびのびと生命力にあふれていて、いやらしいところがないよねえ。」
 ふうん、頭に何かのせているこの絵の女性を「かっぱびじん」と言うらしいよ。
 そのうち、作者のおじさんがやってくると、お客さんたちは「先生」を囲んでお話ししたり、絵を背景に記念写真を撮ったりし始めました。

 そういえばおいら、前に都会の大きな美術館に入ってみたことがあるんだ。いろいろな絵や彫刻が展示してあったけれど、そこにも裸の女性がポーズしている彫刻や、寝そべっている大きな絵がたくさん飾られていました。
 それらを見学している人たちの表情は、「かっぱびじん」を見る人たちとは違っていました。真面目な表情で顔を近づけてみたり、後ろへ二・三歩下がって全体を眺めては「ほほう。」と小さく呟いたりしていました。おいらにはなにが「ほほう。」なのか、よくわからなかったけれど。

 ・・ギャラリーを出たら、雨はやんでいました。川ぺりの道には、捨てられた雑誌のページがバラバラに落ちています。そこには若い女性の裸の写真がいっぱいです。水着を着ている人もいるし、「かっぱびじん」みたく何も着ていない人もいるんだ。ギャラリーでほっぺを赤くしていたおじさんやおばさんは、きっとこの写真も「色っぽいね」とニコニコするか、美術館の見学者みたく「ほほう。」と感心するのだろうなあ。おいらはそう思いました。

 あれれ、全然違うよ! 通りかかった人たちは、足元に散らばった写真にチラリと目をやると、見てはいけない物を見たようにすぐ目をそらして「いやあね。まったく。」と憎々しそうに呟いて行ってしまいました。
 「かっぱびじん」と美術館の彫刻の女性と、雑誌の写真の女性と・・何が違うのかなあ?

 おいら不思議で、その人たちの後について行くと、また「いやあね、あんなにくっついて。」と不快そうに呟きました。視線の先を見たら、川ぺりで高校生らしいカップルがピッタリくっついて「チュー」していました。
 ふうん、「チュー」ていうのも、雑誌の裸の女性並みに「いやな」ことなんだね。

 だけど変だなあ。おいら知ってるよ、川ぺりのカップルの「チュー」を不快そうに見るおばさんたちが、大好きなテレビドラマ「冬の○ナタ」のお兄さんとお姉さんが「チュー」するのを見て、ドキドキしているのを。
 わんわん。またね。

(2008.6月掲載)