第62話 「私のつまらないお父さん!」
こんにちは。おいらは、飼い主も家も名前もとくに決めていない犬であります。川ぺりをうろついていると、いろんな人たちと出会います。犬にとっては、食べちゃいたいこともあるけれど。
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おいらがいつもの5月のように、咲き始めたお花のにおいをかいでいたら、近寄ってくる女の子がいました。 「わんちゃんはいつもこの辺にいるんだね。前から知ってるよ。つまらないわんちゃんだね! よしよし!」 と言いながらなでてくれました。おいら「つまらない犬」と言われて少し不思議な気がしたけれど、とってもかわいがってくれる気持ちは伝わるから、やっぱりうれしくなりました。 ・・それから数日後、たまたまもぐり込んだ小学校で、自作の詩を発表する声が聞こえてきました。それが、その女の子の声だったんだ。
「宿題の詩を書いてきましたか? お父さんかお母さんについての詩ですね。じっくり観察して、よく考えて書いたかな? それでは読んでみて下さい。」 先生に指名されて、その子は立ち上がって読み始めました。
「私のお父さん。
私のお父さんは、とてもつまらない。 私のお父さんは、とても小さい。 毎日まいにち、家族のために働いて、 いつもニコニコ。
晩ご飯の時、 『今日は学校、どうだった?』と聞く。 『今日は会社で、こんなおもしろいことがあったよ』 と、会社の話をしてくれる。
ご飯が終わると、 いつも一緒にお皿を洗う。 お父さんはピカピカにこだわる。
だからうちのお皿はいつもピカピカ。
こんなお父さんを毎日見ていると、 『お父さんは本当につまらない、小さい人だなあ』 と思う。 お母さんよりずっと、つまらなくて小さい人だな。」
ニコニコしながら読み終わった女の子とは対照的に、先生はとても変な表情をしました。 「お父さんのことをバカにしてるようにしか思えないんだけれど・・。だって言葉のつかい方、おかしいんじゃないかな。「つまらない」とか「小さい人」だなんて、子どもが大人に向かって言うことじゃないわよねえ。・・うーん、前から思っていたけれど、もしかしてあなたは言葉の意味をいろいろ、間違えておぼえているんじゃないかしら。 ほかのみんなも聞いて下さい。詩を書くには、自由な発想が必要です。だけど、明らかに意味が違う言葉を選んだら、聞いた人が混乱してしまいます。5年生になったのですから、正確に表現できる言葉を選ぶことで、自由な思いを表せるようになりましょうね。それでは次の人・・。」 今度は女の子の方が、首をかしげて困ったような表情をしていました。
先生に「言葉が間違っている」と言われた女の子が気になって、おいらは数日後にその子の家を探して行ってみました。 窓からコッソリのぞいてみたら、なんと部屋の壁の真ん中にその詩が貼ってあるのです。そして詩の横に赤いペンで「お褒めくださってありがとう! とってもつまらなくて小さいお父さんより」と書いてあるから、ビックリ!
そうか! おいら、わかったよ。この子が言う「つまらない」とか「小さい」ていうのは、先生が考えているのとは意味が全然違うんだよ。 ほかの人は「つまらない」と言う時、楽しくなさそうな顔をしています。大人の女の人が男の人に「つまらない男!」とか「あんたって肝っ玉が小さい男!」と言うのを聞いたことがあるけれど、あれは確かに、学校の先生が言うような、バカにした意味なんだ。
だけど、女の子がお父さんのことを言う「つまらない、小さい人」は「いつも変わらない、ギューって抱きしめたいくらい、大好きな人」ていう意味なんだよ。「食べちゃいたいぐらいかわいい」ていうのと近いんじゃないかなあ? この前川ぺりで、あの子がおいらをなでながら「つまらないわんちゃんだね!」て言ってくれたときも、そんな気持ちだったのだよね。 言葉の使い方が不自由な先生になんかわかってもらえなくっても構わないよね。「つまらないお父さん」本人がわかって喜んでくれるのだから。 わんわん、わんわん! またね。
(2007.5月掲載) |