第61話 「ウィキうつしの脳みそ」
こんにちは。おいらは、飼い主も家も名前もとくに決めていない犬であります。川ぺりをうろついていると、いろんな人たちと出会います。犬にとっては、写せなさそうなこともあるけれど。
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まだ梅の花も咲いていなかった今年の初め頃、おいらは大学生のお兄さん二人がお話ししているのを横で聞いていました。 「レポート書けた?」 「あー、うん、ウィキ丸写しで何とかなりそう。」 「それはまずいんじゃないの? ばれたら・・。」 「大丈夫だよ。俺、バイトで時間ねーし。」 学校の勉強の話らしいけれど、おいらは「ウィキ」てよくわかりません。勉強のことで「丸写し」というのだから、図書館に置いてある百科事典みたいなものかな? と思いました。
そんなこと忘れていたのだけれど、今日川ぺりを歩いていたら、 「おーい、留年生!」 「うるせえっ。」 とか言ってふざけながらやってくる人たちがいました。よく見たら、あの時のお兄さんたちです。「留年生」と呼ばれたお兄さんは、例の「ウィキ丸写し」が先生にばれてしまったみたい。だって「留年」ていうのは、同じ学年をもう一度やり直すことなんだよ。
「だーから言ったこっちゃない。」 「うーん。だって、ネットであちこち調べたら、どこでも同じことが書いてあったんだよ。ていうことは、世間一般で認められている意見ということだろ?」 「あのなあ。お前がそこまでおバカとは思わなんだ・・。ウィキに書かれたことをみんながブログとかにコピペして載せているだけなんだよ。よく見てみろよ、どの人の文章も一字一句同じはずだよ。みんな、自分で考えて書いてる文章じゃないんだよ。」 「あっ! ははー。そういうことなのかー!」
「まあ、偉そうに言ったけど、実は俺も最近気がついたんだ。最初はウィキ○ディアってすげー百科事典だなって感動してさ。知りたいことは何でもウィキ頼みにしてた。 だけど、もっと詳しく調べたくて更に検索して、あちこちのサイトやブログに当たってみると、一字一句違わない文章だらけだ。これってみんな、ウィキからまるまるコピペしてるんじゃないか?ってピンときたよ。結局ウィキ○ディアなんてのは、タレントの出身地とか、『あの事件は何年に起きたんだっけ?』程度のことをサクッと調べるのに使うくらいがいいんだよ。」 「ウィキをコピペする」と、たちまちレポートをまとめられるけれど、勉強にはならないみたいです。そういえば図書館では、小学生や中学生が本を借りて、ノートに一生懸命書き写しています。あの方が、「コピペ」よりも頭の中にしっかりと入った気持ちになりそうです。そういうのが本当の勉強なのかな?
そのうち、猫背のお兄さんに追いつきました。こちらのお兄さんが声をかけます。 「おーい、お前もレポート出せずに留年したんだって? びっくりしたよ。はっきり言ってお前すごっく真面目じゃないか、こいつと違ってさ。なんでレポート出せなかったわけ?」 猫背のお兄さんはぼそぼそと言いました。 「う、うん。僕このごろ、自分の意見というのに自信なくなってきて・・。調べて考えて、『これは僕のオリジナルな考え方だ!』って思っても、少しネット検索すると、同じようなこと考えている人が必ずいるんだよね。自分の意見なんて、今までに聞いたり読んだりしたもののコピーにすぎないんじゃないか?なんて考え始めたら一行も書けなくなってしまったんだよ。授業受けるのもなんか怖くなってしまった。」
えー! そこまで悩んだら、せっかく大学に入ったのに勉強できなくなってしまうね。お話を聞いていたら、おいらは脳みそが流れ出て、ネットとかウィキとかブログとかいうものと混ぜこぜになってしまいそうな変な気持ちになりました。
わんわん。またね。
(2008.4月掲載) |