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 第60話 「懐かしいものたち」

  こんにちは。おいらは、飼い主も家も名前もとくに決めていない犬であります。川ぺりをうろついていると、いろんなお話が聞こえてきます。犬にとっては、残したいものもあるけれど。
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 今年は桜が咲くのがずいぶん早いなあ。おいらもお花見に忙しいんだ。ある日、桜を見上げながら川ぺりをどんどん歩いていると、静かな住宅地の中に入って行きました。
 ある一軒の古い家に、人がポツポツと入って行きます。よく見ると「昭和のくらし方博物館」と看板があります。「昭和のくらし」て何かな? 犬の入場料は書いていないけれど、おいらは入ってみることにしました。

 博物館といっても、何だか普通のお家みたいです。それほど大きくもない庭には小さな花々が咲き始めていて、縁側は開け放たれて居心地良さそうです。見学に来た人たちも同じ気持ちらしくて、お庭を眺めたり、部屋の中の家具や道具にそっと触れたりしながらニコニコしています。おいらはこの家の飼い犬みたいなふりをして縁側の下でウトウトしました。

 おばさんたちがお話ししています。
「本当に懐かしい道具ばっかりあるわねえ! 足踏みミシンが特に懐かしいわ。やっぱりこういうものは後の世代に知らせるために残しておきたいね。」
「懐かしいと言えば、私のふるさとも今では古い町並みが有名になって、観光客がたくさん来てくれるのよ。だけど元々は、開発に取り残され、貧しくて新しい家も建てられなくて、仕方なくそのままだったのよね。それが時代が変わって、古いものは素晴らしいってみんなが言ってくれるようになって。村の人たちも保存に力を入れるようになったのよ。」
 ふうん。人間は「懐かしい」というのが好きみたいです。川ぺり町にも、わらぶき屋根のとっても古い家をいくつも保存している民家園があって、カメラを持った人がたくさん来るんだよ。

 おじさんたちもお話ししています。
「・・東京の中央郵便局も歴史的建物だけど、老朽化で建て替えるようになるらしいなあ。本音は『都心の一等地に5階建てはもったいない』ということみたいだけどな。」
「大きい物といえば、南極観測船はどうなったかね? 関係者は保存したいが、経費がかかるから引き取り希望がないと聞いたよ。引き取るところがなければ鉄クズになるそうだ。」
 へえー。古いもの、懐かしいものを保存しておきたくても、お金がなければゴミになってしまうのだね。それにしても、懐かしさには物の大きさは関係ないのだなあ、おもしろいね。どんなに大きな物でも、それを愛する人たちの心の中には魔法みたいに保存できてしまうのかな。

 そういえば、川ぺり町には少し前まで、モノレールがありました。でも、遊園地と一緒に使われなくなり、今はもうありません。この前、なくなってしまったのを知らずに、写真を撮ろうとやって来た人がお話ししていました。
「取り壊すの早すぎないかあ? 西の町のモノレール跡は、まだ所々残っているのになあ。そこでは30年も忘れられていた車両を今度整備して、公開することになったらしいよ。」
「ぜひ見に行きたいなあ。ここにあったモノレールは、お別れ見学会をして間もなく解体されちゃったからなあ!」

 おいら、わかったよ! みんながいつまでも残しておきたいもの、懐かしいものが「昭和」なんだね。
 よく考えてみると、懐かしいものをなんでもかんでも残しておいたら、新しいものを作る場所がなくなってしまいそうです。新しいものをどんどん作りたい人たちにとっては、「昭和」は邪魔なものなのかもしれません。
わんわん。またね。

(2008.4月掲載)