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 第58話 「ヨコパマ・ファナティック」

  こんにちは。おいらは、飼い主も家も名前もとくに決めていない犬であります。川ぺりをうろついていると、いろんなお話が聞こえてきます。犬にとっては、寛容になれないこともあるけれど。
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 おいらがいつもいる町は、「川ぺり市」というんだよ。名前の通り、川沿いに細長い町です。そして、隣の町は「横ぱま市」というのです。ちょっと長い散歩をすると、「ここから、横ぱま市」という看板が出てくるから、おいら知ってるんだ。

 ある日、このふたつがひとつの町になるという噂が広がりました。「合併」というのだそうです。合併すると、住んでいる人たちのためのサービスが充実したりして、いいことが多いのだって。
 合併するとなると、新しい市の名前を決めなくてはいけません。そのことで大騒ぎになってしまったんだ! 正確に言うと、騒いだのは横ぱま市の人たちなんだよ。

 おいら、おもしろそうだから、横ぱま市内をあちこち歩いてみました。するといろんなお話が聞こえてきました。
「横ぱま市は県庁所在地ですし、横ぱまの名前を残すのは当然のことです!」
「開港の地、新しいものに寛容で異国情緒あふれる土地のイメージ、日本中の誰もが憧れる横ぱま市、この誇らしい地名をなくそうというのですか!」
「パマッ子からは数々の文化人が輩出しています。我々パマッ子の誇りをもって、市名の変更は絶対に反対します!」
 どうやら、横ぱま市に住んでいる人たちは自分たちを「パマッ子」と呼ぶのがとってもうれしいらしいんだ。そのパマッ子にとっては、新市の名前は何が何でも「横ぱま市」でなければ許せないみたい。
「せっかく憧れの横ぱまに住んでパマッ子になれたのに・・。市名が変わるのだったら引っ越したい!」
と言って、ついには泣き出す人が出る始末です。
 なんだかずいぶんと大げさだなあ。

 こんな広告が新聞に大きく出ました。
「YOKOPAMAは単なる地名ではない。世界的なブランドである。」
 ただそれだけしか書いていません。でも、それを見たパマッ子たちは、「横ぱま市の名を残そうという運動の一環に違いない」と話して喜んでいました。

 同じ日、「横ぱま市役所」と書いた車が一台、川ぺり市にやって来ました。そして「川ぺり市の人たちもぜひパマッ子になってください! 横ぱまに三日住めばパマッ子ですよ。横ぱまは、皆様もご存じのようにエキゾチックな魅力にあふれ、新しいものや人に寛容でおしゃれな町なんです」と呼びかけながら走り回りました。「追いかけてヨコパマ」とか「ブルーライトヨコパマ」とか「横ぱま市歌」とかを流しながら。
 それに影響を受けたのか、横ぱま市内でも「私たちの市名を残しましょう」とかいうチラシを作って配ったり、ちいさな集まりで盛り上がったり。おいらはいろいろな催しに出くわしました。

 おいら、なんだか怖くなってしまいました。パマッ子はあまりにも「横ぱま」という名前やイメージにこだわりすぎているようです。新しい物や人に寛容なら、新しい市名を積極的に作るくらい当然だろうになあ・・。それとも「横ぱま」という市の名前が消えると、寛容な心や異国情緒もなくなってしまうのかな? パマッ子は永遠に、ひとつのイメージに寄り掛かりたいみたい。

 ・・数日して、とんでもないことがわかりました。合併の話は嘘だったのです。インターネットで偽物の横ぱま市役所のページをつくり、わざわざ新聞広告まで出したり、川ぺり市に「横ぱま市役所」と書いた車でやって来たりと、そんな大がかりなことを「アートパフォーマンス」として仕掛けたグループがいて、それを一般の人たちが熱病にかかったみたいに信じてしまったのです。
 グループの人たちは、ずいぶんとあちこちから叱られたみたい。だけど、世間を動かす芸術行為の大成功に、平気な顔をして笑っていました。結果的に恥をかいたのは、心の狭さがばれてしまったパマッ子たちだったようです。

 そういえば、川ぺり市の人たちがこの騒動に関わったという話を聞きません。もしかすると、「横ぱま市川ぺり区になってもいいや」と思っていたのかもしれないね。隣同士の町なのに、ずいぶん違うなあ。まあいいや。わんわん。またね。

(2008.3月掲載)