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 第55話 「掃除の心もトイレの穴も奥が深いらしい」

  こんにちは。おいらは、飼い主も家も名前もとくに決めていない犬であります。川ぺりをうろついていると、いろんな人たちと出会います。犬にとっては、とてもできないこともあるけれど。
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 おいら、今日はかわった人たちに出会いました。いつもの川ぺりにいると、「歩こう会」みたいな人たちが十数人歩いてきました。だけど、ちょっと違うみたい。河川敷の公園にあるトイレの前で立ち止まりました。持っていた荷物を下ろすと「さあ!始めましょう」と声を掛け合い、トイレ掃除を始めたのです。立てかけた旗竿には『お掃除の心・推進隊』と書いてあります。

 その中には小学生も何人かいました。その子たちは、大人たちが始めたことを見て「うわー、キタナーイ!」「マジでやるの?」などと言っています。すると、大人の一人が言いました。
「うん、わかるよ、誰でも最初はそうだよ。だけどね、その『イヤだな』という気持ちを抑えて、まずはやってごらん。1時間も便器を磨き続けると『こんなに有意義なことはない』と思えるようになるよ。手を便器の穴にしっかりと入れてこするほどに、いいことがあるんだ。試してみる?」
 子どもたちは抵抗がありそうだけれど、道具を渡され、一人ひとつずつの便器を磨き始めました。

 おいら、その光景を見ていて、昨日のことを思い出しました。近くの保育園のお庭で、子どもたちが土と水をこねて、泥団子を作っていたのです。みんなが手にいっぱいの泥をすくってこねている中、一人の女の子は小さな指先にちょっぴりの泥を取って、ちょぼちょぼと作っていました。

 すると、その手つきを見ていた子が言いました。
「あれー、やっちゃん、なんでお手々に泥がついてないの? お団子作るときはこうやって、お手々にいっぱい泥を持たなくちゃいけないんだよー! お団子作るときは、お手々に泥がいっぱいついている人が偉いんだよ。」
すると、そばにいる子も口々に言いました。
「そうだよ、手に泥が少ししかついていない人は、真面目にやってない証拠なんだよ。」「私なんて、お手々の表も裏も真っ黒でしょ、だから偉いよねー。」

 そう言われたやっちゃんは、困り顔です。でもみんなが自分に注目しているので、目をつぶってたくさんの泥を手にすくい取りました。すると、みんなが「わー、偉いー!」と褒めました。
 やっちゃんは、どろどろになった自分の手を見て、泣きそうです。本当は、手が汚れるのがどうしてもイヤなのに、「汚す方が偉い、真面目だ」とお友達が騒ぐから、仕方なくやったみたい。

 ・・おいらがそんなことを思い出している間も、『お掃除の心・推進隊』の人たちは懸命に便器を磨き続けました。本当に素手をトイレの穴の中に突っ込むのだから、おいらびっくり! 犬のおいらでもとってもできません。雑巾で最後の一拭きを終えると、最初は「きたない!」と騒いでいた子どもたちが「ワー!きれいになった!」と言って拍手をしています。
 全員が道具を片づけ、手を洗って集まりました。大人が「今日はどうでしたか?」と尋ねると、小学生たちは「始めは汚くていやだったけれど、磨いているうちにうれしくなってきた。」とか「これからはイヤなことでも進んでやってみようと思いました。」とか話しました。

 このトイレ掃除隊、とても人間らしくて立派なおこないに見えるけれど、おいらはやっぱり変な気持ちです。「トイレ掃除で心がきれいになる」とかいう話のルーツも、はじめは保育園の泥団子作りの会話みたいだったのかも?て考えてしまうのです。
 こんな風にややこしく考えるおいらって、やっぱりばかなんだよね。

 ・・あれれ、ひとりだけ、青い顔をして目に涙をためている子がいます。どうやら、ピカピカになった便器を見ても、気持ち悪さが引かないみたい。みんなから「心がきれいになっていない!」と怒られなければいいけれど。
 わんわん。またね。 

(2007.12月掲載)