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 第54話 「しゃべりすぎない!」

  こんにちは。おいらは、飼い主も家も名前もとくに決めていない犬であります。川ぺりをうろついていると、いろんなお話が聞こえてきます。犬にとっては、うんちみたいなこともあるけれど。
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 秋がだいぶ深まってきました。おいらがいる川ぺりも、日が暮れるとだいぶ寒いんだ。だから、散歩やジョギングする人の息も白いのです。
 そんな中、白いため息をつきながら歩いてくるお姉さんがいます。「あーしゃべりすぎた。恥ずかしい・・」てね。

 この人のこと、おいらはだいぶ前から知っています。何をしても、すぐに恥ずかしくなってしまう人なんだ。
 仕事でちょっと失敗すれば恥ずかしいし、人に話しかけられて、うまく答えられなかったら恥ずかしい。川ぺりでおいしいパンを食べているとき、知り合いが通りかかったので恥ずかしい。そんなことを、おいらにお話ししてくれるのです。

 お姉さんはおいらを見つけると、いつものようにニッコリ笑って近づいてきました。
 「わんちゃん、ハァ、しゃべりすぎちゃったよ。職場を異動した人と久しぶりに食事したら、ついつい上司の悪口をしゃべりすぎちゃってね・・。『いらないことをしゃべらない!』って、会う前から心に決めていたのに、やっぱり言っちゃった。ぜーんぶ言っちゃった・・。自分がイヤになるよ。あー恥ずかしい!」
 おいら、お姉さんになでられながら、ちょっぴり不思議に思いました。だって、川ぺりで散歩しているおばさんたちのお話を聞いていると、「悪口をたまに言うとストレス発散になるわよね!」なんて言って笑っているからです。

 「おしゃべりでストレス発散、なんてことを聞くけれど、私はだめだなあ、そんなのは。自分一人で思っている分には構わないけれど、人にしゃべるのはだめだわ。悪口が形を持ってしまう。孫悟空のわっかみたく、頭が恥ずかしさでキューッと締めつけられるような・・。」
 「ストレス発散」ていうのは、イヤなことがふっ飛んで消えることらしいけれど、お姉さんの場合、おしゃべりではイヤなことが飛んでいかないみたいです。かえって、おしゃべりでくたびれてしまうのだね。

 「・・ま、いいか! ここであんたをなでていると、ぜんぶが遠いところの話みたいだ。とにかく、今から週末だ! まあ、来週も頭切り替えて何とかガンバロウ。わんちゃんまたね!」
 お姉さんはそう言うと、仕上げにおいらの背中をポンポンと軽く叩いて帰って行きました。
 そうかあ、今日は金曜日なんだね。お姉さん、楽しい週末を過ごしてね。お姉さんのストレスも恥ずかしい気持ちも、おいらが消化してうんちにしておくから、任せておいてよ。
わんわん。またね。

(2007.11月掲載)