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 第51話 「差し障りある日本最高齢者のこと」

  こんにちは。おいらは、飼い主も家も名前もとくに決めていない犬であります。川ぺりをうろついていると、いろんな人に出会います。犬にとっては、褒められないこともあるけれど。
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 9月には「敬老の日」というのがあります。長生きしている人を「おめでとう、これからもお元気で」と褒める日らしいんだ。
 川ぺりにも、お年寄りがたくさんいます。大きなお家に住んでいる人もいるし、川ぺりの小屋に「住んでいる」お年寄りもいます。「100才おじさん」も、そんなひとりなんだ。

 どうして「100才おじさん」かというと、人とお話しするときに必ず「め、明治22年、9月7日生まれ! と、当年とって117才!」と言うのです。それが本当ならば、すごい長生きじゃないかなあ! 腰はかなり曲がっているけれど、腕はガッチリと太いし、しわの中に半ば隠れた目の光はちょっと怖いくらいです。
 おじさんが本当に「明治22年9月7日生まれ、当年とって117才」だとすると、敬老の日にはうんと褒めてもらえるんじゃないかなあ? 町や県の偉い人がやってきて、お祝い金や贈り物をくれるかもしれません。だっておいら、そんなのを老人ホームで見たことがあるよ。
 だけど、そんな話がある様子はありません。それどころか今年は、おじさんの誕生日に大きな台風が来ました。

 その日、川ぺりに住む人たちの多くは、川の水が増えることを警戒して早々と避難してゆきました。本当にすごいことになっちゃったんだ! 野球のグラウンドも、ミニゴルフ場も、河川敷がみんな水没してしまったのです。
「100才おじさん」はというと、知り合いの人たちが避難を何度も促したのに「行かんいかん!」と言って小屋の前に踏ん張ってしまいました。おいらは水が怖いから、他の人と一緒に高いところへ逃げました。「100才おじさん」が心配だったけれど。

 そこに、ヘリコプターが救助に飛んできました。逃げ遅れて水に浸かっている人をひとりずつ、つり上げて救助しています。「100才おじさん」も、助けてもらえそうです。
 それなのに、腰まで水に浸かったおじさんは、腕で大きなバツ印を作って、助けてもらおうとしないのです。その代わりに大声で叫んでいます。おいらにはどうしてか、おじさんの口が動くのがハッキリと見えました。「め、明治22年9月7日生まれ、ほ、本日にて118才!」てね!

 ・・あれから1週間、近所の食堂のテレビで、日本最高齢者だというおばあさんが表彰される様子を見ました。113才だそうです。ベッドに寝ているおばあさんに偉い人が花束を持ってきて「おめでとうございます。日本一ですよ! これからも元気で長生きして下さいね」と言いました。周りでは家族とか老人ホームの人が拍手しています。

 変だなあ。「100才おじさん」は、あの台風の日で118才になったはずだよ、だからおじさんの方が日本一のはずだよ。今日も川ぺりで、ひとり黙々と台風の後片づけをしているはずです。長生きをしても、川ぺりの小屋に住んでいては「褒められる権利」がないのかな? せめておいらが、咲き始めたコスモスでも持って行ってあげようと思うんだ。
わんわん。またね。

(2007.10月掲載)

 

※このころの台風のニュースで、増水した河川敷へ救助に来た人に両腕で「✖️ (バツ印)」を作って拒否している男性を見た記憶があります。もしその人が日本最高齢だったら・・と空想してみました。