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 第47話 「福祉事務所でのもうろうとした会話」

  こんにちは。おいらは、飼い主も家も名前もとくに決めていない犬であります。川ぺりをうろついていると、いろんな人たちと出会います。犬にとっては、たまらないこともあるけれど。
        * * * * * * * * * * * *

 おいら、今日は「生活保護」というのを知りました。お金がなくて、困っている人から相談されちゃったんだ。
 たまたまおいらが、どこかから飛んできた「無料相談会」と書かれた大きな布の上に座ってぼんやりしていたら「あのー、弁護士さん、ですよね? 相談会ですよね?」と声をかけられたのです。おいらに話しかけていると思えないから無視していたら、ポンポンと肩を叩かれました。振り返ったら、その人はおいらをじーっと見つめています。

 その人はおいらの隣に座り、真面目に話を続けます。
「実は私、お恥ずかしいのですが生活保護を受けたいと思いまして。私は病気で働くこともできませんし、身よりもなくて援助してもらうこともできません。で、私と一緒に福祉事務所に行って、職員の方に話をつけていただけないでしょうか? 私、話すのも苦手で・・」
 仕方がないので、おいらは一緒に行くことにしました。

 その人はおいらを連れて、福祉事務所という建物の中に入り、廊下の隅の窓口へ向かいました。
 「恐れ入ります。生活保護を受けたいのです。こちらは弁護士さんです。」
 すると、職員はおいらをチラッと見てから「ああ、そうですか。ここにお座り下さい。」と言って椅子を勧めました。
 「それではこの『生活保護開始申請書』の記入が必要です。で、審査の為にはいろいろと調べさせていただきますが・・。」
 そう言いながら、『収入申告書』『資産申告書』『家賃地代等証明書』『同意書』なんていう書類が次から次へと出てきます。そうして、どんどん早口になっていきます。

 「病院に通われているのでしたらこちらの証明書も、それから調査のため、ご自宅に伺いますのでその時には貯金通帳も見せて下さいよ、それから生命保険に加入しているなら、それを解約したらいくらかお金が戻りますからね。車は?持っていない? ご家族は?」
「あ、ええと、両親もいないし、兄弟とは音信不通。結婚もしたことありません。」
「で、仕事の方はいつからしていないのですか?新しい仕事は探していますか?病気で働けない?まだお若いし、そうは見えませんがね?」
「そ、そんなこと言われても、もう有り金はこの財布の小銭だけです。貯金どころか、家賃も払えません。電気もガスも止められそうです。食べ物も買えなくて、スーパーの試食コーナーで腹を満たしているのです。今日はまだ、何も食べていません。」
 「ああそうですか。もし保護が受けられるとしても、申請から2週間ほどかかりますが。それまでどうしましょうねえ?どうしますか?どうしても生活保護が必要ですか?働けるようになったらすぐに辞退してくれるでしょうね?生活保護が税金から出ているって、わかっているんですか、あんた? スーパーの試食、上等じゃあないですか!」
 職員の人は、話し方がきつくなってきました。というより、なんかおかしいよなあ、脅しているみたいでこわいし・・・。

 そこへ、隣の部屋から出てきた人が「あんた!またそんなところで職員のふりしているのか!」と大きい声を出しました。そうしたら、今までしゃべり続けていた「職員」は走ってどこかへ逃げてしまいました。おいらたち、偽物の職員に相談していたのです。
 おいら、わけがわからなくなって「ワン!」と吠えました。それを見て、おいらを連れてきた人が「あ!弁護士が犬になった!」と言って、びっくりして建物から出て行ってしまいました。おいらも困って、走って逃げました。

 おいらを弁護士だと思った人は、あんまりおなかが空いてて、わけがわからなくなってしまったのかなあ。福祉事務所の職員のふりをしていた人のことは謎のままです。
 まあ、本物の福祉事務所の人なら、本当に困っている人を目の前にして、あんな脅かすような話し方はしないだろうし、親身になって相談に乗ってくれるに違いありません。だって、「福祉」というのは「ニコニコ幸せになりましょうね」という意味らしいもの。
 それにまさか、おいらみたいな犬がちゃんとご飯を食べられるような世の中で、おにぎりも食べられずに死んでしまう人なんて、いるはずもないものねえ?
 わんわん。またね。

(2007.7月掲載)