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 第42話 「団塊の同時通訳的こころ」

  こんにちは。おいらは、飼い主も家も名前もとくに決めていない犬であります。川ぺりをうろついていると、いろんなお話が聞こえてきます。犬にとっては、怪しいこともあるけれど。
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 今日は、川ぺりで取材をしている人がいました。雑誌の取材みたいです。ヒゲを生やした、ちょっとおしゃれなおじさんが写真を撮られながら話しています。

 ------今年は団塊世代の大量退職ということで、注目が集まっていますよね?
「ええ、我々の世代は何かと注目されますね(笑)。子どもの頃は教室に50人も詰め込まれました。政治の季節には学生運動で世の中にはっきり意見を言った。社会に出れば、出世競争、結婚して子どもができると第二次ベビーブーム。社会の中堅層としてバブル崩壊も経験して、定年退職を迎えるにも『2007年問題』なんて騒がれてね、社会が放っておいてくれません(笑)」
 どうやらこのおじさん、『ダンカイの世代』というグループの一人みたいです。子どもの頃からずうっと注目されてきたなんて、なかなかの人気者みたいだね。

 ------そのような団塊の世代に対して、厳しい意見も出ていますが、どう受け止めておられますか?
「ホント風当たり強いですよ(笑)。『学生運動は破壊だけで何も残さなかった』とか『会社組織の中では数に任せてのうのうと生き延び、自意識過剰で人の話に耳を貸さない』だの『バブルの時代に良い思いをしやがって』とか。まあ、バブルの時に良い物を選ぶ目を養ったのは確かですから(笑)、これから我々の退職金や年金の使い道、ライフスタイルが注目されるのも致し方ないでしょう。
 だけど、我々の時代の空気を知らない若者世代が、ろくに働きもしないうちから『団塊世代の年金負担は若い世代にしわ寄せがくる』なんて言うのが解せないのですよね・・。我々だって一生懸命働いて税金を納めてきたのに、不思議です(苦笑)」
 おいら知ってるよ、人気者というのは、逆に非難されやすいんだよ。このおじさんは、そのことをよくわかっているね。さすが、60才くらいになると、そういうことも平気で受け止められるみたい。『バブルの時代』とかいう時に養った目線だと、自分に都合の悪いことは見えないのかもね。

「まあ、そんな中傷など気にしても仕方がないですよ(笑)。我々は走り出したら止まらない。人生これからです。仕事人間だった仲間達も、夢中になれることを見つけて新たなる一歩を踏み出すことでしょう。我々は定年なんて言いません、卒業です。」
 おもしろいよね、『定年』を『卒業』と言い換えるとか、そういうのが好きな人っているよね。言葉って、自分勝手に言い換えてみると、少しましに聞こえてくるから不思議だなあ。

 実は、ヒゲのおじさんのインタビューが右の耳に聞こえているとき、おいらの左耳には別の話し声が聞こえてきました。まるで同時通訳みたいに。
 「・・・・彼が同い年とはとうてい思えないよ。
企業の中で実際に上からも下からもいろいろ言われながら勤めてきたサラリーマンの悲哀が本当に彼にわかっているのか。ペラペラと口ばかり動かしやがって。彼の作品を少し読んだことがあるが、大企業に数年勤めたわずかな経験だけででっち上げたご都合主義だ。主人公を『同世代のヒーロー』なんて誰が言っているんだ。まあ、ああいう漫画や発言にうなずく『我々の世代』の輩もいるのだろうがね・・。
 妙な考え方かもしれないが、この前、市長を射殺したヤクザの人生を思う方がまだ共感できる。あいつも団塊なんだ。59才になって、ヤクザなりに人生に焦りを感じ始めていたんじゃないか。若い頃よりも少しずついろいろな能力が低下してゆく悔しさとか、先が見えてしまう虚しさ、厳しい局面を乗り越えた割には、実り少ない人生。」
 こちらの人も『ダンカイの世代』グループの一人らしいけれど、考え方がずいぶんちがうみたいです。この人の『同時通訳』を聞くと、話の途中に妙に笑いをはさむヒゲのおじさんのお話が虚しく感じてしまいます。

 テレビや新聞も、ヒゲおじさんのような人に『我々の世代』を語らせるばかりでは、ますますイメージが悪くなるだけなのにね? まあ、イメージが悪くなって非難されるほどに、学生運動の時代みたいに抗う心、血がたぎってくるのがかえって楽しいのかもね。・・ヒゲおじさんの様子だと、その学生運動さえも本当に加わっていたのかさえ、怪しいけれど。
わんわん。またね。

(2007.5月掲載)