第34話 「名前、それは」
こんにちは。おいらは、飼い主も家も名前もとくに決めていない犬であります。川ぺりをうろついていると、いろんなお話が聞こえてきます。犬にとっては、宝物みたいな話もあるけれど。
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今日は川ぺりをお散歩する人に、赤ちゃんを連れたお母さんが目立つみたい。近くの保健所で「六ヶ月検診」というのがあったからです。赤ちゃんが生まれて半年くらいたつと、ちゃんと育っているかどうか、検査したり相談に乗ってもらったりするらしいんだ。 おしゃべりしながらベビーカーを押しているグループが来ると、おいらはとりあえず少し離れます。何もしないのに、おいらを怖がるお母さんが多いんだ。おいらが赤ちゃんを食べちゃうとでも思うのかなあ?
一人でベビーカーを押して歩いてくるお母さんもいます。その人が、すれ違った散歩おばさんたちに声をかけられました。 「あら、かわいい!」「何ヶ月?」 -----もうすぐ7ヵ月です。 「アブアブアブ、あら、笑ってるわ!」「このかわいいほっぺ、プクプクして!」「今が一番かわいい時期かもねえ!」 -----うふふ、ありがとうございます! 「こんなかわいい子どもを虐待する親もいるんだから、まったく今の若い親にはひどい人がいるものよねえ・・」「そうそう!」 -----うーん、そうですね。なかなか相談相手がいないっていうのはわかる気もしますけど、小さい子に暴力なんて信じられないですよね・・。 「そういえばこの前もあったじゃない? 子どもが3人いるのに保育園にも通わせなくて、そのくせ自分で世話もしない。しつけと称して暴力をふるって、一番下の子が死んでしまった話。それで病院に連絡して発覚したとか?」 「うんうん、本当にかわいそう。子どもは親を選べないからねえ。・・選べないと言えば、あの子どもたちの名前、見た? 最近はやりの、派手というか、変な名前つけて。」 -----・・・。 「今の若い親はペット感覚なのよ、子どもが。だから着せ替え人形みたいに高い服着せて、キラキラ目立つ名前つけてさ、自己満足だけ。そのくせ言うことを聞かないって虐待する。」 「まともな感覚だったら、あんな当て字みたいな名前、つけられないわよ。『外国でも通用するように』とか言うんですってね? 日本人らしい、素直で優しい名前が一番じゃない?」 「変な名前をつけられた子どもなんて、育て方もいい加減で、結局はろくな大人にならなそう。」 -----・・・。
「ほんと、世の中にはいろんな人がいるけど、子育てで悩み事があったら、別に私たちみたいに通りすがりのオバチャン相手だっていいじゃない、話しかけてくれたらいくらでも相談に乗ってあげるわよ、ねえ?」 -----・・はあ。それじゃあ。
散歩おばさんたちがスタスタと歩いて行ってしまった後、若いお母さんはなぜか歩き出しません。おいら、なんだか心配になって、ついそばに寄ってみました。お母さんはベビーカーから赤ちゃんを抱き上げると、ほっぺ同士をギューって寄せました。 「あーいやだ! 大きなお世話! 自分たちの感覚に合わないからって『変な名前』なんて平気で言うなんて・・。虐待事件で死んだ子どもとこの子が同じ名前だって知ったら、あのおばさんたちどんな顔しただろう! 生まれる前からいろいろな名前を考えたけれど、生まれたこの子を見て『顔も見ないで考えた名前じゃ、この子に失礼だな!』って、改めて丸三日も主人と考えてつけた名前なのに・・。」
・・ふーん、おいらは名前がないけれど、名前というのはそんな風に一生懸命に考えてつけるものなのだね。その子のことだけを思ってつけた名前、まるでおいらが土に埋めておく宝物みたいだなぁ。 そういえば、立派な名前の県知事さんとかが悪いことして何人も逮捕されているけれど、その人たちの名前のことはおばさんたち、気がつかないみたい。立派な名前をもらっても、『ろくな大人』にならないみたいなのにね? わんわん。またね。
(2006.12月掲載) |