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 第33話 「崖っぷちのふるさと」

  こんにちは。おいらは、飼い主も家も名前もとくに決めていない犬であります。川ぺりをうろついていると、いろんなお話が聞こえてきます。犬にとっては、生活が変わりそうなこともあるけれど。
        * * * * * * * * * * * *

 おいら、ちょっと寂しそうなおじさんのお話を聞きました。おじさんのふるさとのお話です。
 「俺のふるさとはもう、雪のたよりも聞こえてきたなあ。こっちへ出てきてから30年もたつが、やっぱり思い出すよなあ。知り合いもいくらか住んでいるし。だけどこのごろは、懐かしく思い出すだけじゃ、すまなくなっちまった。どうすべえなぁ? 借金で首が回らなくなっちまったふるさとに、俺ひとりの力じゃ、なあんにもできやしない・・」
 「借金で首が回らなくなる」て、町に「首」があるのかなあ? それに、どうして町が借金するの? 誰から借りたのかな?

 「俺のふるさとは、炭坑で賑わったんだ。今の若い人に言ってもわからんものを、犬に言っても仕方ないことだが、昔はエネルギーと言ったら石油でなくて石炭だったからな。危険な仕事だが、まず住むところは保証してもらえる、もらう方も多いしするから、日本中から人が集まってな。お店や映画館、学校もたくさん出来て、それは賑やかだった!みんな、国を支えているという誇りを持っていたものなあ」
 おじさんが「〜だった。」とばかり話すところを見ると、これは全部昔の話みたいです。それに、ふるさとがずうっと景気がいいなら、おじさんはこんなところでおいらとお話してないよね?

 「お前、寂しそうな目をするなあ。その通りさ、今のふるさとは本当にさびれちまって、人口も十分の一に減った。炭坑がなければ、仕事もない。だから外に働きに出るしかない、俺みたいに。それでも町が全部消えるわけでないから、みんな考えて、観光で稼ごうと決めたんだよ。そのための資金は国が貸してくれると言うから。観光産業が発展すれば、その金も返せるはずだったんだどもなあ。
 ピカピカの博物館や遊園地やら、炭坑のことを学べる施設も作った。メロンを全国ブランドにしたし、いろいろなイベントをやったりもしたようだが、客足が伸びなくて銀行からも借金して、赤字がかさんでいったんだな。とうとう、会社で言えば倒産だ。借金を返すために、町を挙げて倹約しなくちゃいけないんだよ。暮らしに関わるサービスは減るし、公共料金は増額するらしい。こつこつと働いてきてゆっくり過ごせるはずの年寄りまで、辛い目にあうなんてなあ・・」
 町のことを決める議員さんや市長さんを選挙で選んだのは住民だから、みんなに責任があるそうです。
 ふうーん。ある町に「住む」というのは、そんなに責任重大なことなのだね。だけど、真面目に働いて年を取り、もうそろそろゆっくりと過ごしたいな、と自分の生活設計を考えているだけではいけなかったの? それ、本当? 

「この町は俺のふるさとと違って都会だが、臨海部の工場がどんどん海外へ出てしまって税収が減ってるそうだから、借金はずいぶんあるだろうよ。まあ、手○○虫ワールドとかいうテーマパークは作るのやめたというから、それは賢明だったよなぁ?」
  えー! この川ぺりの町も、借金で首が回らなくなるかもしれないの? そうしたらおいら、どうしよう?

 例えば、ゴミ収集の回数が減ってしまうとしたら・・おいらにとっては、ごちそうを探すのに時間をかけられるから、いいな。
 例えば、ゴミ収集が有料になったら・・不法投棄が増えて、おいらにとっては寝床の新しいお座布団を見つけるのに便利かもしれないな。川ぺりに住んでるおじさんの段ボールハウスが豪華になりそうだな!
 例えば、病院が減らされたり、バスに安く乗れるお年寄りのフリーパスが廃止されたとしたら・・病院通いを減らしたお年寄りが川ぺりの散歩を増やすだろうから、おいらにとっては、その人たちからちょっとしたお菓子をもらう回数が増えて、いいな!
 例えば、道路工事とかの仕事が減ると・・失業者が増えて、飼えなくなった犬が川ぺりに捨てられる。でも町は捨て犬狩りのお金を倹約するから、「川っぷち犬」、つまりおいらのライバルが増えるかも・・! それは少し、こまるな・・。

 だけど、おいらは別にこの川ぺりの町にこだわることないのかもしれないなあ。だっておいら、住んでるつもりはないよ、ただ「いるだけ」だよ。
わんわん。またね。

(2006.12月掲載)