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 第32話 「みじかい鎖がついている」

  こんにちは。おいらは、飼い主も家も名前もとくに決めていない犬であります。川ぺりをうろついていると、いろんなお話が聞こえてきます。犬にとっては、息苦しいこともあるけれど。
        * * * * * * * * * * * *

 この前、川ぺりの町から、女の子が一人減りました。おいら本当は知ってるんだよ、その子は自分で死んでしまった、てね。
 それから、おいらが行ったことのない町でも、男の子や女の子が減っているの、おいらは知ってるよ。テレビでやっているよ。落ちている新聞に写真が載っているよ。川ぺりの人たちが、お話ししているよ。
 おいらにとっては学校なんて、広い広い町の中のあちらにポツリ、こちらにポツリとある建物にしか見えないのに、どうしてそこで起こることのために死ななくてはいけないのだろうね・・!
 まるで、短い鎖につながれた犬みたいに、子どもたちは学校から逃げられないらしいのです。

 お役所の偉い人や有名人、以前に自分の子どもを同じように死なせてしまった人などが、呼びかけているそうです。「一人で悩まないで!あなたは一人ではない!誰かに相談を!いやだったら休んでいいんだよ!」てね。
 だけど、鎖につながれている犬みたいな立場の子どもが、そんな呼びかけを受けたって、どうにもならないんだよ。違う国の言葉みたいに素通りしまうんだよ。「学校とは違う世界があるよ、こっちを向いて!」と聞こえたとしても、つながれている鎖が短ければ、向きを変えることもできないんだよ。

 子どもの周りには家族がいて、学校の友達やクラスメイトがいて、先生がいて、保健室の先生や給食を作る人や校長先生がいて、ご近所の家の大人や赤ちゃんや犬や猫やカラスがいて、町には習い事の先生やお店の人や電車を動かす人やおまわりさんやお掃除をする人や何かがいます。
 こんなにたくさんの人と毎日すれ違い、見守られたりお世話になったりしているのに。

 川ぺりを右の方へずうっと歩いていくと、海というすごく広い水が広がっているし、川ぺりを左の方へずうっと歩いていくと、山があって、たくさんの木や動物やきれいな空気があります。目の前の川の中にだって思いがけない世界があるし、足元の地面を掘るだけでも不思議な世界がある。見上げれば広い空があります。
 子どもの周りにはこんなに広い空間、自然、ワクワクすることがあるというのに。

 素敵な洋服、楽しい絵本、おいしいお料理、知らない世界を描いた小説。宇宙や数字や、絵や音楽、名前も知らない草や虫。昔の人が成し遂げた良いこと悪いこと。とても古い物や、今まで誰も見たことがない未知の物。そんなことについて考えること、手を動かすこと、体を動かすこと、人と違うことをやってみること。
 そういうことを知るための手がかりに勉強するはずなのに。今のこの国では、どんなことを試したって自由のはずなのに。

 ・・そうか、子どもたちだけではなくて、大人たちにも、短い鎖がついているのかもしれないね。
 「やらせタウンミーティング」なんかやってる人たちというのは、首輪や短い鎖を好んでつけている大人なんだよね。そんな人たちが学校を運営しているんじゃ、教わる子どもたちに見えない首輪や鎖がついてしまうのも、無理ないよね。
 人間の子どもは犬じゃないのにね・・!
 飼い主も家も名前も鎖もないおいらの方が、何だか人間みたいな気持ちになってきちゃったなぁ。
わんわん。またね。 

(2006.11月掲載)

 

※「やらせタウンミーティング」なんて、2023年現在の作者にも「何だったっけ?」と思うような話題ですが、検索してみれば当時のニュース記事や、衆議院での質問項目として、ちゃんと残っていますので、若い方も興味があれば調べてみてください。