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 第31話 「友達みたいな包囲網」

  こんにちは。おいらは、飼い主も家も名前もとくに決めていない犬であります。川ぺりをうろついていると、いろんな人たちと出会います。犬にとっては、ゾッとすることもあるけれど。
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 おいらはたまに、川ぺりの小学校に行きます。小学校というのは、大勢の子ども達が毎日通って、勉強や運動や給食をするところです。その日、おいらはほかに用事があったのだけれど、給食のクリームシチューのにおいがしたから小学校を優先することにしました。

 廊下をこっそりのぞいたら、ぞろぞろと子ども達が歩いてきて図書室に入ってゆくのが見えました。おいら知ってるよ、「図書室」ていうのは、本棚に本がたくさん詰まっている部屋のことです。おいらもドアの隙間から入ってみました。町の古本屋さんみたいなにおいがする部屋です。

 「今日は自分の好きな本を選ぼう。借りる手続きをしたら、教室で読むんだよ。来たときと同じように、全員揃って静かに戻ること。ほかのクラスは授業中なんだから。」
 先生がそう話すと、子ども達はあちこちの棚の前に散らばり、本を選び始めました。
 本を選んだ子どもは、貸し出しカウンターの所で何かを書くと、本を持ってほかの子を待ちました。担任の先生は、カウンターの所に立って「お、その本は僕も5年の時に読んだよ」とか「それは漫画で説明してあっておもしろそうじゃん」などと言っています。

 カウンターに並ぶ子どもの列が終わりに近づいたとき、ある女の子の選んだ本を見て先生が「えー!そんなまじめな本読むのー!」と、素っ頓狂な声を上げました。言われた子どもは、ギクッとしたように体を固まらせています。「それって、ノーベル賞をもらった人だよなあ?そんな難しそうな本、読むんだ?僕が小学生の時じゃ、考えられないよ。お前、まじめだもんなあ。」

 その子はツバをごくりと飲んで、「あ、あの、新聞で知って、おもしろいかなと思ったのです。」と小さく言いました。すると先生は「そうかあ。マジマは言葉遣いは丁寧すぎるし、読むのはまじめな本だし、なんだか僕よりも先生っぽいよなあ。今度から『まじめ先生』って呼んじゃおうかな?」
 それを聞いて、周りの子ども達は「たっちゃん、それってチョーうけるー」「名字がマジマだからぴったりじゃん」とか言って、大笑いしています。言われた女の子の目には涙が浮かんできました。
 やっとのことで上を向いて「あ、あの、違う本にした方がいいですか?」と先生に質問したのだけれど、先生は「べつにー。『まじめ先生』の好きなのでいいんじゃないのー。」と答えて、図書室を出てしまいました。本を借り終えた子ども達が後をついて行きます。「たっちゃんって、先生なのに友達みたいだよね」「そうそう、敬語つかわなくっていいし、おもしろいし」とかしゃべりながら。

  『まじめ先生』と呼ばれた女の子は、クラスメイトより少し遅れて歩きながら、何か小さく呟いています。おいらが耳を澄ましてみると「がんばれ、がんばれ、がんばれ、」と言っていました。それをほかの子が聞きつけて「ねえ、『まじめ先生』ったら自分で自分に『がんばれ』って言ってるよ、キモくない?」「あー、それって前からだよ、あの子」などとと話しています。
 おいら、なんだかよくわからないけれどもゾーッとして背中の毛が立ってしまいました。そのくせ、尻尾には力が入りません。鼻が乾いてクリームシチューのにおいもわからなくなり、学校から走って逃げました。その日は夜になってもゾーッとしたまんまで食欲が出ませんでした。 

 おいらは学校の生徒じゃないから、ゾーッとしたらすぐに逃げられたけれど、『まじめ先生』は自分に「がんばれ!」と言いながら、あのまま教室に戻って行ったのでした。本当は、おいらみたいに逃げたかったろうにね。
 ひと月くらいして、おいらが再び小学校へ行ったとき、「たっちゃん」のクラスを探してみたけれど、『まじめ先生』と呼ばれていたマジマさんの姿はありませんでした。ただ、お花が置いてある机がひとつあって、かすかにマジマさんのにおいが残っていました。
 おんおん。クンクン。またね。

(2006.11月掲載)