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 第27話 「じゃあ、何色に見えるの?」

  こんにちは。おいらは、飼い主も家も名前もとくに決めていない犬であります。川ぺりをうろついていると、いろんな人たちと出会います。犬にとっては、見分けのつかないこともあるけれど。
        * * * * * * * * * * * *

 このごろ、やっと空気がさわやかになってきました。夜も昼も、よく眠れるよ。 秋になると、おいらのお気に入りの場所、川ぺりの木陰の一角に、赤いお花が群れて咲きます。葉っぱは出てこないんだよ、つぼみのついた茎がにゅーっと伸びてきて、静かな花火みたいなお花が咲くのです。今日もそのお花を見ながらうとうとしていたら、怒ったような顔をしたお兄さんがズカズカ歩いて来ました。
そうして赤いお花を見つけて少しの間眺めていると思いきや、いきなりそれを引き抜こうとしました。おいら、びっくり! なんでそんなことするのかなあと思っていると、お兄さんと目が合いました。 「犬は色がわからないっていうのは本当なのか?」

 質問もいきなりだなあ。そんなことないよ、犬だって色はわかるよ。そのお花は赤いよ。春の桜はさくら色だし、夏のひまわりは黄色いんだよ。今日の空は真っ青だよね。 ・・まあ、おいらの見え方がほかの犬や人間と同じかどうかは知らないけれど。ところで、色の見え方とこの赤い花と関係があるのかな?
 おいらが不思議に思いながらお兄さんを見つめていたら、あわてたようなお姉さんがサンダルをカポカポいわせながら走ってきました。そしてお兄さんをつかまえて「ちょ、ちょっと!何やってるのよ!」

 お兄さんは少しの間黙ったあと、うつむきがちだけれど決心したように話し始めました。小学校の身体検査でやらされた、色のつぶつぶが印刷された紙に数字が浮かんで見えるという色覚検査で、数字が見えなくて友達に馬鹿にされたこと。中学の美術の先生に「やっぱり君のような人は独特な色遣いをするんだなあ。」と言われて、先生は褒めたつもりらしいけれど、自分ではわざと人と違わせたわけではないから恥ずかしかったことなど、お姉さんに一気にしゃべりました。
 「だから、さっきはわざと『花なんか見えない』って言ったんじゃないんだよ。本当によくわかんないんだよ。丘の斜面にこの花、彼岸花がポツポツと咲いてたって君は言ったろ? 緑の中に赤がポツポツあるとかその逆とか、一番見えづらいんだよ。」
 「ええっ!ごめんね、私そういうの、全然知らなかったよー。何で今まで話してくれなかったのー?」
 「だって、言わなくても何も困らなかったし。外見上は何も人と違わないから、色の話題になったら、てきとーに相づちをうっておけばそれで今まではすんできたし。やっぱりさ、色がよくわからないのが自分ではコンプレックスだったから。」

 お姉さんは興味深そうに質問しました。
  「ねえ、それじゃあ、この彼岸花の色は何色に見えるの?緑? 空の色とか信号とか、どう見えるの? リンゴもトマトも赤く見えないの?」
お兄さんは困った顔で苦笑いをしました。
「うーーん。ええとね、この花だってそばで見れば赤は赤だよ。リンゴもトマトも当然赤だよ。空は青いし、信号だってちゃんとわかるよ。人とは違って見えるらしいんだけど、それはうまく説明できないな。ただ、ほかの色と組み合わさったときに、見えにくいんだ。・・こんな話をしたのは、マジで生まれて初めて。」
 「そうなんだ・・。なんか、勉強しちゃったよー。それに、アッちゃんのことも前より深くわかったみたいで、今日はうれしい。なんか涙が出ちゃう。」

 へえー。人間どうしでも、色の見え方が違うみたいです。おいらはほかの犬や人と色の見え方が違うかどうかなんて気にしたこともないけれど、このお兄さんは密かに気にしていたのだね。
別に、「一つの物が同じようには見えない」のは、色に限らないと思うけれどな。今日はお兄さんとお姉さんが仲直りしたみたいだし、まあいいや。わんわん。またね。

(2006.9月掲載)