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 第25話「おいら、戦争画(?)を語る」

こんにちは。おいらは、飼い主も家も名前もとくに決めていない犬であります。川ぺりをうろついていると、いろんな人たちと出会います。犬にとっては、誇らしい時もあるよ。
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 えへん! おいら、川ぺり近くの大学の夏期講座に招かれちゃったよ! ある課題について、みんなで発表しあうそうです。その課題というのが「戦争画」。おいらは拍手で迎えられ、自分の知っていることを、前に出て発表しました。犬のおいらがね・・!

「こんにちは。『戦争画』ていうのは、アメリカの映画のことだよ。主人公のお兄さんが、とっても悪い敵と戦うんだよ。ズバババーンて爆発したり危ない目にあってもそのお兄さんは死ななくて、最後はきっと勝つんだよね。それできれいなお姉さんとチューして、おしまい。」  おいらはそういう『戦争画』の映像や音、悲鳴を想像するだけでぞっとして、背中の毛がブワッと立ってしまいます。だけど、たくさんの人がお金を払って見に行くのだよね。

 

「おいらもっと知ってるよ、『戦争画』て、アニメとか漫画にもたくさんあるよね? 中学・高校生が学校の制服のままで悲愴な顔して、ぞっとするような武器を平気で使って敵を倒すとか。」  聴衆の皆さん、怪訝な顔でおいらを見ています。同世代の子どもが血みどろで戦う漫画を、皆さんの子どもが平気で読んでいることに気がついたのかなあ。おいらはかまわずに話を続けます。
「大人の人が読む漫画にも、『戦争画』はたくさんあるでしょ? 内容はどうあれ、結局は楽しそうに戦闘シーンを描いてるものが。戦闘機からダダダダと機関銃を撃つシーンだの、軍艦の上でこの国の軍隊の人が偉そうなこと言って戦いを正当化するシーンだの。人間の男の人は特に、武器の細かい描写とか、使命感とかが好きだね。絵がきれいだからなんとなくごまかされちゃうけれど、おいら、やっぱり怖いんだ。」  一番前に座っているおじさん、有名な大学教授だそうだけれど、眉をひそめています。もしかして、こんなことも知らなかったのかなあ?

 

「それからこの前ね、『戦争画』を川向こうの「おんぼろ市」の店で売っているのを見つけたんだ。軍艦とか戦闘機の絵なんかが模様になっている古い布きれだよ。男の子が兵隊さんの格好をしてる絵も染められているんだ。それを興味深そうに触れて眺めている人がいたら、お店のおばさんが「それおもしろいでしょ?戦時中の布。四千円よ」なんて言っていました。広げた新聞紙の半分くらいの布きれがお札4枚なんて、『戦争画』は高いね。」
おいらが話すうちに、教室のあちこちからクスクスと笑う声が聞こえてきました。それはどんどん広がり、みんなの肩が震えだしたと思ったら、我慢できないみたいに「わっはっはっ!」「おっかしー!」「ち、違うだろー!」て、大爆笑になってしまいました。

 

えー? せっかく招待してもらったから、知っていること、一生懸命に話したのになあ? おいらは急に恥ずかしくなってしまって、尻尾を股の間に挟んで急いで教室から、大学の門から逃げ出しました。  そもそも、おいらを招いたのは誰だっけ? おいらが話したことが間違っているとして、招いた人はその責任をとってくれるのかな? それとも、おいらがいけないの?
「・・つまり、先の大戦時に軍部の要請によって描かれた戦意高揚目的の絵が『戦争画』です。戦争に協力したということで戦後に非難され、自分の絵を焼いた人もいれば知らんぷりを決め込んだ人もいますが、自分が芸術家として戦争画に関わったことを認め、一生その責任について考え続けた画家もいます。」

・・・うーーん。あれれ、逃げたはずなのに、気がついたら元の教室にいます。おいらの「講演会」は全部、夢だったのだね。人にくっついてこの教室に来たけれど、難しいお話ばかりだから眠ってしまったのです。  「世の中の役に立って褒められてみたい」なんて、犬らしくない気持ちがおいらの心のどこかにあるから、変な夢を見てしまったのかな。
 よく考えると、どんな形であれ「表現する」ていうのは、恥ずかしいね。人から褒められても、非難されても、無視されても。わんわん。またね。

 

(2006.7月掲載)