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 第23回 「子供らの視線」

 こんにちは。おいらは、飼い主も家も名前もとくに決めていない犬であります。川ぺりをうろついていると、いろんな人たちと出会います。犬にとっては、気の毒なこともあるけれど。
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  小雨が降る昼下がり、おいらは住宅街をのんびり歩いていました。そしたら後ろからスタスタ歩いてきた男の人に追い抜かれました。なんだか「おいしいにおい」のする人です。クンクンにおいをかぎながらついて行くと、立ち止まっておいらのおでこをなでてくれました。
 「お前、優しい目をしてるな。少なくとも、人を疑うような目じゃないな。子供たちもそんな目をしてたらいいけどな。」
 えー? それじゃあ、子供たちはどんな目をしているの?

   「俺は魚市場に勤めてるからさ、朝が早くて帰りは今頃、小学生が下校するのとだいたい重なる。それで近頃、子供たちの視線がどうも気になる。っていうか、知らない大人への不信感があふれてんだよ。あの目で見られるとドキッとする。市場の床に転がってるマグロの目と妙に似てんだ。
 前に、友達との話に夢中の子供が手袋を落としたから、何げに『落としたよ』って声かけて手渡そうとしたら、ひったくるように受け取って走って行っちゃった。悪いことしたみたいでガッカリしたよ。それからは子供の方を見ないでサッサと歩く癖がついちまった。」
 このお兄さんの「いいにおい」は市場のお魚のにおいなんだね。どおりでおなかがすくと思ったよ。それにしても、どうして子供たちはマグロみたいな目で人を睨みつけたり、逃げるように走って行ってしまうのかなあ?

  「最近は子供を狙った事件が多いから、『後ろから誰かついてくる時は、思い切って振り向きましょう。怖かったら、走って逃げましょう』なんて教えてるっていうじゃないか。そりゃ正しいけど、じゃあ俺って悪い奴なのかよ!って言いたいし・・。地道に生きてる独身男にゃつらい世の中だよ。子供がウロチョロしてる世の中は平和だなーなんて、その辺をのんびり眺めることもできなくなっちまって。子供にとっては、顔見知りの大人だって信用できないって話もあるし・・」
 そういえば、この前小学校の校庭で変なことをしてたよ。みんなで「助けてー!」て叫ぶ練習をしてたんだ。何度も何度も「助けてー!」てね。おいら、聞いてるだけで気持ちが暗くなってしまいました。だけど、先生たちは真剣な顔で教えていました。変な音のするブザーの使い方も教えていたよ。

 「いっそ早いとこ年を取って、子供のそばにいても怖がられないようなジイサンになりたいよ。いたずらを注意して『なんだよクソジジイ!』なんて言われたってかまわない。俺、ホントはけっこう子供好きだしさ。」

   このお兄さんみたいに優しい人のことが、どうしてほかの人にはわからないのかなあ? きっと子供だけじゃなくて、その親とか地域の人も、マグロのような目になってきているのかもしれないね。おいらは犬の目をした、ただの犬だよ。わんわん。またね。

 

(2006.7月掲載)