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 第22話「歌とか旗とか」

 こんにちは。おいらは、飼い主も家も名前もとくに決めていない犬であります。川ぺりをうろついていると、いろんな人たちと出会います。犬にとっては、くたびれることもあるけれど。
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  このごろ、サッカーの試合に夢中の人が多いみたいです。いろいろな国が対戦する、とても大きな試合らしいんだ。今晩は駅前広場に置いたテレビの前にも人が集まっています。知らない人同士でもサッカーの話題で楽しそうです。

  試合前、おしゃべりしていた人たちが、少し静かになりました。テレビから流れてくる歌にあわせて歌い始めたからです。テレビに映っている選手たちと同じように背筋を伸ばして、手のひらを胸に当ててね。おいら、どこかでこの短い歌を聴いたことがある気がするなあ。

 歌い終えた人の横で、なんとなくそっぽを向いて黙りこむ人もいます。そうして、小さい声で話しています。  「みんなで盛り上がるのは好きなんだけど、やっぱりこれは歌う気がしなくてね。」
 「うん。日の丸も、なんとなく引いちゃうんですよ。この歌や旗でイヤな歴史を思い出す人もたくさんいるわけで・・」

 それを聞いて、隣の人たちが顔をしかめました。
「別にいいじゃないですか、そんなに目くじらたてなくても。サッカーで国全体が盛り上がる雰囲気づくりですよ、ふんいき。」
「そうそう、イヤな歴史とかいうなら、ほかの国にもあるでしょう? ひとつも悪いことをした覚えのない国なんて、あるはずないんですから。それでも、どの国の人も国旗を前にしたら敬虔な気持ちになって、国歌を歌っているじゃないですか。」

  反論された人も負けません。
 「だけど最近、きな臭いことを発言する人が多いからね。サッカーで盛り上がる愛国心を、そういう人たちに都合のいいように利用されてしまうんじゃないか、と思うと歌えないんだ。」

 そこへ通りすがりの酔っぱらいの人が首をつっこんできました。
 「それで、新しい国旗や国歌を作るべきだ、と言うんだろ? だけどそれで苦い歴史が帳消しになるわけでもないだろうよ。新しい国旗振り回して、他の国の人をいじめたらその旗は使えなくなって振り出しに戻る、ってか?」
 「だからー、そうならないように気持ちを新たにして、いい国を作るために歌や旗を新しくするんでしょうが!・・って、別に私は新しくしろ、とまでは言ってないですよ・・。」  

 そうだ、思い出したよ。おいら、春先に近くの高校で卒業式があったとき、お祭りかと思ってもぐりこんだんだ。その時に歌われていたのがあの歌でした。正面のステージには、「日の丸」ていう旗が貼ってあったよ。あの時も、立って歌う人の中にぽつりぽつり、座ったままでそっぽを向いている人がいたなあ。歌とか旗とか名前とか飼い主とか、人間は1つに決めるのが好きだね。
 ・・・あれー、けんかになるかと思ったら、みんな肩を組んで試合の応援始めちゃったよ! おいらはお話聞くのに右向いたり左向いたりして首が疲れたよ。わんわん。またね。

(2006.6月掲載)