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 第21話「去る博物館・萌える街」

  こんにちは。おいらは、飼い主も家も名前もとくに決めていない犬であります。川ぺりをうろついていると、いろんな人たちと出会います。だけどおいら、川ぺりにばっかりいるんじゃないよ、たまにはずんずん歩きたくなってしまうんだ。犬にとっては、都会を歩くのはちょっと冒険だけど。
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 いつもの川を渡ってずうっと歩いてゆくと「都会」があります。ビルがたくさん生えていて、人も車もいっぱいいるよ。だけど、この日に通りかかった街はちょっと変な感じでした。幅の広い道の真ん中を人が平気で歩いたり、ヒラヒラした服を着た人がチラシを配ったり、それを写真に撮る人がいたり。道の両側のビルでは、キラキラして、ピコピコガーガーとゲームの音がして、人だかりがしています。なんだか街全体が遊園地みたいだなあ。

  そこを通り過ぎると、川と電車の高架線が見えてきました。さっきの所より、うんと人が少なくて静かです。
 高架をくぐるとすぐ、「博物館」というのがありました。建物の壁から、大きな黒い「顔」と、大きな丸い鼻の変な「顔」が突き出ていました。おいら黒い方は知ってるよ、これと同じ「顔」の乗り物が、おいらの川ぺり近くの緑地にも飾ってあるんだよ。
 その前で、お話をしている人がいます。あれは「取材」ていうんだよね、お話する人にマイクを向けて、カメラで撮っていました。
 「・・定年には少し早いが、新しい館には移らず、ここの閉館と同時に辞めることにしました。私が勤め始めたのは、そこの道で歩行者天国が始まった頃で、街は電気街としてにぎわっていました。カラーテレビやクーラーが出回り始めてね。」

 ---長い勤務の中で、どんなところに時代の移り変わりを感じましたか?
 「昔はオーディオとかマイコンとか、『マニア』の人が電気街に多く来たんだが、おもしろいことに、そういう人たちが子供を連れてきて、自分は電気街巡りをしている間、子供をこの博物館に置いてゆくんですよ。きっと家で「日曜ぐらい子供の相手をしてやって」と女房殿に言われるんでしょうな。そういう人にとっては博物館が託児所がわり。こぢんまりして、子供だけ置いても安心感があったのかな。」
----今では考えられませんよね、博物館に子供だけ置いてくなんて。
 「うん。でも子供の方も、博物館の中だけとはいえ、一人で自由に行動できるのがうれしいらしくて、楽しそうでしたよ。同じように置いてゆかれた同士で仲良く模型を眺めたり、小さい子が迷子になっていると職員に教えてくれたり。」

 ----子供も大人も、変わりましたか?
「そうそう、博物館に来る人が変わった。鉄道好きのまま成長したお父さんたちが、子供を連れてやってくるんですが「お父さんに付き合ってやってる」なんて風情の子供を見ると、正直なところガックリしたね。
 電気街の方はもっとひどい変わりぶりで。昔の『マニア』の人はもう、子守から自由になって一人で買い物に来るし、今流行のアニメやコスプレだとかいう『オタク』の御仁はたいてい独身で、アイドルの握手会とか、メイド喫茶で『萌えー!』でしょ。うちの博物館との接点がないんです。
 だから僕にしてみたら、この「交通博物館」は老朽化で移転するというよりも、街に来る人たちが変わったから、目の輝く子供たちのための博物館はこの街には不要になったというのが実感です。秋葉原の街全体が、どんよりした目の、成長しない子供の街になってしまったというか・・。」

 ・・ふうん、この街は「あきはばら」という名前だそうです。「コスプレ」ていうのは、さっき見た、ピンクや黒のフリフリで、頭に猫の耳をつけたお姉さんたちのことみたいです。その人たちを取り囲んで写真を撮ってニヤけていたのが「オタク」なんだね、きっと。
 交通博物館は、ピカピカの遊園地みたいな秋葉原の街にお客さんを取られてしまったのかなあ。おいらがいつもいる川ぺりの、向こうの丘にあった遊園地みたいに。
 わんわん。またね。

  

(2006.6月掲載)