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第15話「おっとりゴロの話」

  こんにちは。おいらは、飼い主も家も名前もとくに決めていない犬であります。川ぺりをうろついていると、いろんな人たちと出会います。犬にとっては、なぜか懐かしいような話もあるけれど。
        * * * * * * * * * * * *
 「おいお前、俺のゴロの話を聞け。」
 おいらが川ぺりでのんびりしていたら、向こうから来たおじさんがいきなり隣りに座りました。ちょっとお酒臭いなあ。

 「俺のふるさとは、この川をずっと遡った山の中だ。親父が狩りのために飼っていた犬の仔がゴロだ。ゴロはとろい奴でなあ、体は大きいのにメシ時はいつも押しのけられて、きょうだいにメシをとられちまう。それでも『しょうがないなあ』なんて顔してるところが俺に似ている気がして、後から俺のメシの残りを食わせてやったもんだ。ゴロも俺を見ると特別喜んでな。」

 「仔犬たちも時期が来ると狩りの練習だ。きょうだい達は、練習台の猪が抵抗するほどに血が騒ぐとばかり、噛みついたり威嚇したり。なのにゴロは猪と遊ぶみたいにニコニコしてなあ!狩りになんかならなかった。親父もゴロに狩りは無理だとわかって、俺が遊びに連れ歩いても怒らなかった。
・・奴はそれはきれいな赤虎毛でなあ!ピンと立った耳、賢そうな目、きゅっと締まった体、誇らしい差し尾。頭も悪くないんだ。お座りやお手はすぐに覚えたし、投げた棒切れを取ってくるし。悪さをした時に鼻づらを押さえて叱ると、二度とやらなかった。驚いたのは俺が不良にからまれた時、いつもの顔つきが一変して、牙をむいて不良に飛びかかったんだ!すぐに奴らは逃げていったよ。だけど深追いせずにすぐに戻ってきて、いつもの優しい顔で俺の擦り傷を舐めてくれた。」

 「だけど親父にしてみれば、猟に出ない犬を飼ってるわけにいかなくて困っていたらしい。そこへちょうど東京から『貴重な赤虎毛で性格のいい犬がいるらしい』という噂を聞きつけた人が訪ねてきたんだ。俺ら田舎者にはわからんが、見た目や性格がいい犬に順位をつける展覧会というのがあって、それにゴロがぴったりだと言ってな。親父はその人からずいぶんお金をもらったから、俺が泣いて頼んでもゴロを手放すことに決めてしまった。」
 「ゴロは家族の雰囲気を感じて、東京の人に決して近寄らなかった。俺は親父に言われて、ゴロを裏山に連れて行った。『ゴロ、もう俺たちは一緒にいることができん。東京の人はきっと大切にしてくれるから、おとなしくして、言うことを聞いてな。俺も東京に出て働いて、きっとお前を見に行ってやる。』と言い聞かせたんだ。そしたらゴロは俺をじいっと見つめて『わかったよ』って目で返事をしたんだ。家に戻ると、もうゴロは抵抗せずにその人の車の荷台に自分から乗った。あいつが生後8ヶ月の時だった。」

 「俺は中学を出るとすぐ東京に出て働き始めた。工場の主人が日本犬好きで、犬の展覧会の話を聞きつけてくるから、俺は場所を聞くと出来るだけ出かけていった。もちろんゴロを探すためだ。そしてある時、ゴロを見つけた。すぐにゴロだとわかった。成犬になったゴロは田舎にいた時よりもっと毛並みが輝いてりりしくて、審査が始まる前から他の犬を圧倒していたな!他の犬が緊張して尻尾を下げたり吠えたりしても、ゴロは動じない。俺は本当に誇らしかった!」
 「だけど声はかけられない。奴はもう俺のゴロではなくて『五郎号』なんだ。まわりの人の話では『五郎号』は純粋な日本犬を増やすための繁殖犬をしていて、仔犬たちは高い値段で売れるんだと。もし俺が『ゴロ、こっち来い!』なんて声をかけたら、そんなゴロの価値がなくなってしまうだろう?」

 ・・おじさんが中学を出た頃の話なら、ゴロはもう死んでいるんだよね。ゴロの孫やひ孫の犬は生きているだろうけれど。
 おじさんは長いお話が終わると、今話したことをもう忘れてしまったみたいに「おいゴロ、お前はいい子だ、よしよしいい子だ!」とおいらをなでながら眠ってしまいました。相変わらずお酒臭くて困ったけれど、おいらもしばらくおじさんの横で寝ることにしました。おいらは誰にも飼われたことがないけれど、「飼い主と過ごす」ていうのはこんな気持ちなのかなあ?
わんわん、うとうと。またね。

(2006.2月掲載)